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死神



 ――逃げている。


 そのことに、あれは気付いたのだろう。


 次の瞬間。


 気配が、一気に近づいた。


「――っ!」


 速すぎる


 背後から迫ってくる気配に、最後尾を走っていた子が振り返ったのが分かった。


 直後。



 果実と肉が纏めて一つになって潰れたような音。


 一気に鳥肌が立つ、親からの記憶で知識として知ってはいたが,それがいざ聞くとこんな怖気を誘うとは知らなかった



 振り返る余裕もなく走る


 次の瞬間には、後ろから他の子のつんざく様な断末魔が聞こえた。


「――――」


 鼓膜を震わせるほどうるさかった声が途中で不自然に途切れる,まるで糸を切る様にぷつりと

その不気味さが、その恐怖が間近に来ていることを否が応でも伝えてくる


 さらにその前を走っていた子が、震える肺に大きく息を吸い込む音がして


 洞窟の奥が一気に明るくなる。


 緋色に一面染まり上がる



洞窟の壁を焼き尽くすほどの業火を噴き上げて死神へ最後の抵抗をみせたのだ


 皮膚を焦がすほどの熱波が背中を撫でる


 ジリリ、と痛みを感じる熱さに思わず腕で布から出ている目元を庇いながらなお走る。


足音と荒い呼吸音ばかりが聞こえる中


ふと


ほんの少しだけ振り返ってしまった


それはほんの少しの好奇心、恐怖心ゆえに沸いた無謀な好奇心


 頭に巻いた布の隙間から瞳を覗かせて


 ほんの一瞬。


 背後を振り返ったその時



 洞窟の壁をなぞる様に円を描き燃え盛る炎の中で



 炎を吹く仲間の腹を。


 一息に斬り払い、血の壁の狭間から

憤怒に染め上げた銀の瞳を見開きこちらを見つめる血濡れた鎧をまとう騎士と


 刹那,目が合ってしまった


 まずい


ほんの刹那の出来事、即座に布を引き上げて頭部を全て覆い隠す。


 もう1人が声もなく斬り捨てられたその隙に、洞窟の出口へ飛び込む。


 白く冷たく夜空を照らす月明かりが差し込まぬ夜の森へそのまま飛び込んでいく。


 見上げれば木々の影が、届かぬ月明かりに無数の手を伸ばす様に黒々と浮かんでいる。

薮や枝が足や手を容赦なく打つが、それでも足を止められない。


 まだ近い。


 近すぎる。


 まだ駄目だ、止まれば即座にきっとあの銀の冷たい目が自分を見据えて切り捨ててくる


 肺が爆発しそうだった。乾いた喉が張り付き咳き込みそうになるのを堪える。音を立てたら死神を呼ぶ事になる


 空気を吸うたび、喉が焼ける。


 胸が痛い。


 脚も痛い。枝で切れた手足も、頭もガンガン痛み出す


 それでも止まれない。


 人間の身体を保てなくなりそうだった。


 変化を解いてしまえば楽になるのかもしれない。


 だが。


 次にどんな姿になるのか分からない。


今より足の速い姿ならいい。


 だが――。


 もし愚鈍な身体になったら?手足がなかったら?魚の様な姿になってしまったら?


 その瞬間。


 追いつかれる。切り飛ばされた仲間たちの姿が過ぎる,大きさ関係なく、まるで紙を切るように簡単に切り捌かれていたんだ


 自分もああなる、ほんの一秒程度だろう


 それだけは分かった。



 脚にも細かな傷がどんどん増えていく。


 だが、気にしている余裕などない。


 兄弟たちの気配が、いつの間にか完全に消えていた。


 誰もいない。


 どこへ逃げたのかも分からない。


 ここがどこなのかすら、分からない。


 ただ走る。


 走る。


 あの銀の瞳が。


 頭から離れない。


 振り返ることなど、到底できなかった。


 見たくない。


 もう一度、あの目と合うのが怖い。


 夜空を見上げる。


 青白い月。


 美しいはずの月が、今は恐ろしかった。


 まるであの騎士に、


 私の居場所を密告しているように感じてしまう。

この月明かりの下にいたくない



 ほんの一瞬。


 恐怖心から月を見上げてしまった


 だから気付かなかった。


 目の前に伸びていた枝に。


「――!」


 枝が顔を叩いた。


 反射的に目を閉じる。


 そして。


 次の瞬間。


 足元から地面が消えた。


「――え?」


 身体が落ちる。


 ガクンッ、と。


 全身を何かに掴まれ、そのまま下へ引きずり落とされたような感覚。


 崖。


 そう理解した時には、もう遅かった。


 身体が宙に浮く。


 風圧で頭に巻いていた布がほどけかけた。


「っ!」


 反射的に手を伸ばす。


 飛んでいこうとする布を、命綱でも掴むように必死に手繰り寄せた。


 身体を丸める。


 衝撃に備える。


 岩肌に叩きつけられる。


 そう思った。


 だが。


 ドボン!!


 身体が、冷たいものに叩きつけられた。激しい水飛沫をあげて体が水流に飲まれる


「――――!」


 水、川、谷??


 母体から与えられた知識から候補がいくつか上がるが意味をなさない。


 知識があることと、経験があることは違う。


 水を見るのも触るのも、ましてや泳ぐのも。

 全部、初めてだった。


 肺の中の空気が押し出される。


 代わりに冷たい水が流れ込んできた。


「――っ!?」


 知ってたところで全部初めてなんだ、パニックになるなというのが無理だ


泳ぎ方の知識,と頭の中にはあってもその通りにできやしない、がむしゃらに空気を探して手足をばたつかせて余計悪化して沈んでは浮きを繰り返す。めちゃくちゃ苦しい怖い怖い

死神のことが丸っと全部頭から抜け落ちるほどの恐慌状態。


 その時、ある意味救いだろうか



 突然として頭に強い衝撃が走った。


 ――ごんっ。


 何かにぶつかった。岩あったのか、そう思った所でプツリと意識は途切れた

怖い思いのオンパレードだね

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