↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/16

出口へ

「今日から一年間、人としての基盤を作りながら生活しなさい」


 私たちは黙って彼女を見つめる。


「魔力を喰らい、肉を食べて力をつけるの」


 母体は人差し指を立てた。


「食べれば食べるほど力はつくわ。けれど、力の強い人間を食べれば、その分だけ早く身体も強くなる」


 そこで、女は微笑んだ。


「魔力のない凡人を百人食べるより――力ある人間を一人食べる方が、遥かに価値があるの」


 その言葉に、何体かの子供たちが身を乗り出した。


 強い人間。


 それを食べれば、自分たちも早く強くなれる。


 ならば。


 最初から強い人間を狙えばいいのではないか。


 そんな考えが、私の中にも浮かんだ。


 だが。


 母体はそんな私たちの考えを見透かしたように、懐へ手を入れた。


「ただし――」


 取り出されたものが、宙を舞う。


 ガシャリ。


 短剣が地面へ落ちた。


 僅かに滑り、すぐに止まる。


 美しい短剣だった。


 装飾用の宝石などはない。


 誰かの指の形に癖がついていて、よく使い込まれているのがわかる。何度も磨がれてきたのだろう刀身は、刃こぼれ一つなく仄暗い洞窟においてもなお輝いている。


 冷たく輝く刀身に、母体の美しい顔が映る。


 嬉しそうな顔。この短刀の持ち主も幾度と見てきたであろうその顔だ


「信頼させるのに手こずったけれど……」


 母体は短剣を見下ろした。


「十分、価値のある男だったわ」


 その言葉だけで分かった。


 この短剣の持ち主がどうなったのか。


「その肉のおかげで、お前たちをたくさん作れたのだし」


 銀色の刀身に映る母体の顔は、満足げに笑っていた。


 一人。


 たった一人の人間。


 それを食べただけで、十数体もの子供を生み出せるほどの力になった。


 どれほどの人間だったのだろう。


 子供たちの間に、ざわめきが広がる。


 興奮。


 期待。


 自分もそんな人間を食べてみたい。


 そんな感情が、互いの間を伝わっていく。


 だが――。


 私は少し違うことを考えていた。


 そんな大物を捕まえるのは難しいだろう。簡単なら女はもっともっと子を作っていたに違いない。

でもきっと無理だったのだろう、この一体だけが特別でー


 そう考えていた、その時だった。


 ――キィィィィィィン。


「……っ」


 突如脳を針で刺したかの様な痛みが走る程の酷い耳鳴りがした。


 あまりにも鋭い。


 耳を塞いでも意味がない。


 頭蓋骨そのものを内側から削られているような音だった。


 子供たちが一斉に顔を歪める。


「な、なんだ……?!」


 誰かが呟いた。


 その瞬間。


 母体が動いた。


 瞳孔が、猫のように細くなる。


 髪が逆立つ。


 それまで余裕を崩さなかった女の顔から、一切の表情が消えた。


 洞窟の奥を見る。


 私たちとは反対側。


 何かを感じ取ったように。


「……」


 母体が、そちらを向いた。


 そして――。


 消えた。


 目で追うことすらできない。


 凄まじい速度だった。


 遅れて。


 取り残された全員の全身に鳥肌が立った。

酷いものは激しく嘔吐する。


 何が起きている?


 分からない。


 けれど。


 危険だ。


 身体の奥から、本能が叫んでいる。


 逃げろ。


 逃げろ。


 ここにいてはいけない。


 だが。


 足が動かなかった。

震えで動かないのとは訳が違う


 動かせない。


 私は出口を見る。


 動け。


 頼む。


 動いてくれ。


 それでも足は地面に縫いつけられたように動かなかった。


 母体の盾となれ。


あの女が子供達を作った最大の目的が体を縛る。



洞窟の奥からカツン,と小石を蹴ったような音がした。


小さな音だ


 たった、それだけ。


 なのに。


 空気が変わった。


 むせ返るようなおどろおどろしい殺気が、煙のように流れ込んでくる。


 濃い。


 重い。


 息を吸うことすら躊躇するほどだった。


 私は思わず身体を震わせた。


 ――あの女。


 何をしたんだ。


 どんな人間を食べたら、こんな恨みを買うんだよ。


 頭の中にある人間の記憶。


 笑う人間。


 泣く人間。


 怒る人間。


 怯える人間。


 私の知識の中にある「人間」という存在と。


 今、この洞窟を満たしているものが。


 どうしても結びつかなかったが、魔物の、同族の気配じゃない以上やはり高確率で人間だろう


 冗談じゃない。


 こんなもの。


 私たちが何体いたところで足止めにすらならない。


 そう直感した。


 無駄死に。


 その言葉が、妙にしっくりきた。


 誰かが叫んだ。


 その瞬間。


 恐怖に耐えきれなくなった子供の一体が、人間の姿を保てなくなった。


 肉が蠢く。


 骨格が崩れる。


 別の一体も。


 さらに一体。


 人の形を維持することすらできなくなり、魔物としての本来の姿へ戻っていく。


 誰かが悲鳴をあげる


 一体の子供が、殺気の漂う洞窟の奥へ向かって飛び出した。


 逃げる方向を間違えたのか。


 それとも、恐怖で判断できなくなっていたのか。

真っ暗な洞窟の奥に消えたほんの数秒後


 ――何かが、飛んできた。


 グシャッ


 床に落ちる。


「……え?」


 頭だった。


 先ほど飛び込んでいった子供の頭だけが。


 まるで誰かが蹴って返したボールのように。


 ほんの一瞬だった。


 誰も言葉を発しなかった。


 そして。


 全員が弾かれたように走り出した。


 出口へ。


 ただひたすらに。


 母体を守れという命令すら振り切るように。


 逃げる。


 逃げる。


 逃げる。


 ――あれは、敵だ。


 私たちが生まれて初めて知った。


 本能の底から理解できるほどの。


 圧倒的な捕食者だった。

マミーあなた誰怒らせたのよ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。