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…失敗

褐色の女と大柄な男は、母体の言葉に頷いた。


 母体が投げ渡した布をそれぞれ身体に巻きつけると、二体はそのまま洞窟の奥へと消えていった。


 うまくやれば、街へ入り込める。


 そして時期を見て、褐色の女は人間の男から魔力を食い漁り、大柄な男の方は人間の女を食い始めるのだろう。


 羨ましい。


 自分も早く食べたい、生まれて初めて空腹を感じる


 そんなことを考えている間にも、残された子供たちは次々と人間へ姿を変えていった。


 霞から。


 肉から。


 ひとつ、またひとつ。


 だが――全てがうまくいったわけではなかった。


 欠損。


 変色。


 結合。


 身体の一部が異常に膨らんだもの。


 腕が三本になったもの。


 顔の位置がおかしくなったもの。


 そして。


 人間へ化けたはずなのに、人間と魔物を無理やり混ぜ合わせたような姿になったものまでいた。


「――――」


 それは、自分の姿を認識する暇すらなかったのかもしれない。


 大きく一声鳴いた。


 それが、断末魔だった。


 どさり。


 崩れ落ちた身体は、二度と動かなかった。


 中途半端な力しか与えられず、まともに変化することすらできなかったのだろう。


 せめて人の形にさえなれば。


 多少の不具合なら、誤魔化すこともできたものを。


 私は物言わぬ肉塊となったそれを見つめた。


 憐憫。


 そんな感情が自分の中にあることに、少し驚いた。


 同時に。


 恐ろしくもなった。


 ――自分も、ああなるかもしれない。


 そう思ったところで。


 ふと気付いた。


 周囲を見る。


 霞はもういない。


 肉の塊も、ほとんどが人間の姿になっている。


 つまり。


 まだ変化していないのは私だけだった。


「……」


 視界に何かが入った。


 細い爪先。


 慌てて顔を上げる。


 母体が目の前に立っていた。


「残るは、お前だけよ」


 微笑んでいる。


 慈愛に満ちた眼差し


 少なくとも、顔だけを見れば。


「さあ、やってごらんなさい」


 栗色の瞳が細められる。


 笑顔だが目がまるで笑っていない。


 これまで五体。


 連続して変化に失敗する子供を見たからだろうか。


 母体から、隠しきれぬ苛立ちが伝わってくる。


「まさか」


 女の声が低くなる。


「できないとでもいうのかしら?」


「……!」


 やばい。


 これはやばい。


 母体の喉の奥から、低い唸り声まで漏れ始めている。


 私は慌てて身体に力を込めた。


 変化。


 しなければ。


 しかし。


 どうやって?


 私は変化というものをしたことがない。


 生まれた時から、この姿だった。というか生まれてまだ半日も経ってないのにこの圧迫って

考えろ,どうすればいい


 先ほどの霞は、渦を巻いていた。

 ならば自分もひとまず回ればいいのか?


 身体をぐるりと捻ってみる。


 違う。


 そんな気がする、ただ恥ずかしいだけで終わった


 できる気がしない。

そうこうしている間にも母体の目に殺気すら滲み出している。(私の命が)やばい

 頭の中に、人間を思い浮かべる。


 人間。


 人間の姿。


 ある程度、他者を誘惑できる姿で


 女か?


 そう考えた瞬間、目の前の母体が脳裏に浮かんだ。


 駄目だ。


 本能が拒否した。


 今にもこちらを踏み潰しそうな目をしている、この恐ろしい生き物と同じ姿になるのは嫌だ。


 なら、男!


 私は必死になって想像した。


 肉の塊だった身体から、腕が伸びる。


 手。


 指。


 一本ずつ形が作られていく。


 皮膚。


 頭。


 髪。


 人間の身体を知識として思い浮かべ、それを自分の身体へ押し付ける。


 すると――。


 ぐに。


 ぐにぐに。


 肉が伸びた。


「……!」


 変わっている。


 身体そのものが、自分の意思に従って形を変えていく。


 指が生えた。


 私はその指を曲げる。


 握る。


 開く。


 握る。


 できた!


 指を動かせる事に感動を覚えた。


 足が伸びる。


 胴が伸びる。


 頭が形を変える。


 身体を覆っていた肉が、白い肌へ変わっていく。


 髪が伸びる


 そして――目。


 これは最初からあったが褐色の女の様に消えたりはしなかった。


 目がある。


 見える。


 そのことに安心した瞬間。


「――!」


 目の前を何かが横切った。


 反射的に飛び上がりそうになる。


 何だ!?


 敵か!?


 ……違う。


 瞼だった。


 瞬きをしたのだ。


 今まで存在しなかったものが、突然目の前に下りてきた。


 驚いた。


 人間はこんなことをしていたのか。毎回ドキッとしないのだろう!か?…ッ!もう何度かびっくりした後ようやく落ち着いた


 自分の身体を確認する。


 白い肌。


 長い手足。


 大柄な男ほどの筋肉はない。


 だが、細すぎるわけでもない。


 程よく引き締まっている。


 我ながら、ちょうどいい。


 ――これなら、人間に見える。


 そう思ったところで。


 忘れていたことを思い出した。


 目の前には、母体がいる。


 私は慌てて顔を上げた。


 母体は先ほどよりも眉間の皺をわずかに緩めていた。


 しかし。


 上から下へ。


 下から上へ。


 私の身体を、じっくりと睨めつけるように見ている。


 ……怖い。


 美人がその顔をすると、本当に怖いからやめてほしい。


「お前……」


 母体が呟いた。


「目が金色なの……?」


 え?そうなの?

特にイメージしたわけではないが、何か記憶の中の美しいもののイメージを無意識にとったのかもしれない


「人間でも、全くいないというわけではないけれど」


 母体は困ったように眉を寄せた。


「余計な諍いを生むわよ、人間の中で瞳が金色なのは、高位貴族に少しいる程度よ」


 なるほど。


 つまり、珍しい。


「隠せるのなら隠した方がいいわね」


 母体はそう言ってから、私の顔を覗き込んだ。


「それより――お前、声はどうなの?」


 声。


 これも、どうやって出すのかは知らない。


 だが母体が指差しているのは喉だ。


 先ほどの大柄な男も、口から声を出していた。


 喉を使って。


 口から。


 そういうものなのだろう。


 私は母体を見ながら、声が出るところを想像した。


 口を開く。


 その瞬間。


「――っ」


 母体の目が、初めて大きく見開かれた。

え、まだしゃべってないのに?


「お前、その口は、絶対に見せちゃ駄目よ」


 私は動揺して思わず周囲の仲間に目を向けるが,皆一様にこちらの口を凝視してくる。な、なんだよ


「その牙」


 母体の視線が私の口内へ向けられる。


「その色、人間には、どれもないものよ」


 そう言うと、母体は近くに置いてあった手鏡を私へ向けた。


 鏡の中に、一人の青年がいた。


 黒い髪。


 金色の瞳。


 年齢は十八か十九ほど。


 なかなか美しい顔をしている。


 鏡の中の青年が、不安そうにこちらを見返していた。


 ……悪くない。


 そう思った。


 少なくとも、見た目は人間にしか見えない。


 私は確認するために、口を開いた。


「……?」


 次の瞬間。


 私は危うく自分の舌を噛みそうになった。


 口の中が、目が覚めるほど青かった。


 そして。


 歯。


 鋭い。


 犬のように尖っている。


 いや、犬より酷い。


 犬歯など、犬のそれよりもむしろ蛇の牙に近い。


「……」


 さらに舌を出してみる。


 ――二股。


 先端が、二つに分かれている。


 しかも。


 伸ばす。


 にゅるり。


 ……長い。


 異常に長い。


 口から出した舌が、喉の辺りまで楽々と届いた。


「…………」


 私は鏡を見つめた。


 鏡の中の青年も、同じ顔をしている。


「なにこれ……」


 思わず呟いた。


 声そのものは、普通だった。


 青年の声。


 それだけならよかった。


 だが。


 この口の中身は、どう考えても人間ではない。


 自分の身体が完成した喜びが、一気に吹き飛んだ。


「お前は、目よりも絶対に口を隠しなさい」


 母体が重々しく溜息をつく。


「目なら最悪、誤魔化せるでしょう」


 そして、私の口を見る。


「その口は……誤魔化しようがないわね」


「……」


 肩が落ちた。


 先ほどの大柄な男も、こんな気持ちだったのだろう。


「これを巻きなさい」


 母体から布を渡される。


 私はそれを受け取った。


 身体に巻く。


 そして――口にも巻く。


 ぐるぐると。


 簡易的な覆面だ。


 人間の街へ侵入したら、もっとましな方法を考えなければならないだろう。


 鏡の中には、口元を布で覆った黒髪金眼の青年がいる。


 目立つ。


 どう考えても難易度が跳ね上がった気がするが、どうにか知恵を絞って狩りをしないと、狩られるのはこちらになるなと重い溜息を吐いた

歯磨きの難易度も跳ね上がりましたね

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