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目が失敗 声失敗

「人になってごらんなさい」


 女がそう言った。


 その瞬間だった。


 子供たちの中で、一体の霞が大きく揺らめいた。


 ザ。


 ザー……。


 ザザ、ザザザ――。


 まるで壊れた機械から漏れ出すノイズのような、不快な音が辺りに響く。


 霞が揺らめくたび、その色が変わっていく。


 灰色から、黒へ。


 黒から、白へ。


 そして白から、肌の色へ。


 渦を巻くように霞が回転し始めた。


 その中心から、何かが伸びてくる。


 足だった。


 ほっそりとした褐色の足が、霞の中からゆっくりと現れる。


 ぺたり。


 裸足のまま、地面に触れた。


 すると霞は、その足をなぞるようにするすると形を変えた。


 もう一方の足。


 腹。


 腰。


 背中。


 腕。


 指。


 輪郭が次々と定まり、最後には長く白い髪が生まれた。


 そこに立っていたのは、一人の女だった。


 褐色の肌。


 ほっそりとした身体。


 美しい白髪。


 人間の女にしか見えない。


 ただ一つ。


 両目だけが、固く閉じられていた。


「どうしたの?」


 母体が首を傾げる。


「目を開けてみなさい」


 褐色の女は、ゆっくりと顔を上げた。


 だが、目は開かない。


 本人も不思議に思ったのか、できたばかりの手を顔へ持っていく。


 指先で瞼を押し上げようとする。


 しかし――開かなかった。


 まるで張り付いているかのように、ぴたりと閉じたままだ。


「……お前は、目が使えないのか」


 母体の声に、わずかな落胆が混じる。

ふー…と溜息を吐くと誰に言うともなくポツリと呟く。


「無理もないわね」


 女は周囲をゆっくりと見渡す。


「今回は数を産む必要があったもの。十分な力を与えてやれていないから、多少おかしなところが出ても不思議ではないわ」


 その言葉に子供たちの何体かが身を強張らせた。


 十分な力を与えられていない。


 つまり――自分にも、不具合があるかもしれない。


 そういうことだ。


 私は自分の身体を見下ろした。


 腕はある(指はないけど)


 脚もある(しいていえば足の形っぽく纏めた肉だろうが)


 だが、それだけで正常だとは限らない。


 肉の塊たちも、しきりに身体を震わせている。


 もしかすると。


 自分たちは、生まれたこの姿そのものが異常なのではないか。


 本当なら、もっと最初から人間に近い形で生まれるものなのではないか。


 疑問が次々と浮かぶ。


 母体が何かを説明しようと口を開きかけた。


 だが、その前に。


 別の肉塊が動いた。


焦りに突き動かされたように慌しい動きであった


 まるで答えを待ちきれないとでもいうように。


 肉が激しく上下する。


 体表に浮かんだ血管が、どくん、どくんと激しく脈打った。


「お前はどうかしら」


 母体が、興味深そうに目を細めた。


 肉塊が膨らむ。


 裂けていた肉が寄り集まり、形を変える。


 血管が皮膚の下へ沈んでいく。


 肉が筋肉へ。


 筋肉が、人間の身体へ。


 座り込むような姿勢だったものが、ゆっくりと立ち上がった。


 大きい。


 私たちの中でも、ひときわ大きな身体だった。


 筋肉質な体格。


 太い腕。


 広い肩幅。


 そして――大柄な男。


 人間の年齢で言えば、四十歳ほどだろうか。

雄々しく凛々しい眉毛が特徴的な男性体。一糸纏わぬ筋肉質な体を惜しげもなく披露している。


 生まれたばかりだというのに、随分と歳を重ねた姿を選んだものだ。彼が持つ記憶にはこういう見た目を好む雌の記憶があるのかもしれない


 母体も意外だったのか、ぱちりと目を瞬かせる。


「……年齢が少し高いけど,他はおかしなところはなさそうね」


 女は目の前の男を見上げた。


「声を出してみて」


 男が口を開く。


 次の瞬間。


「――――ッ!!!!!」


 咆哮。


 声というより、衝撃だった。


 周囲の岩肌が震える。


 地面までびりびりと揺れた。


 霞の子供たちが一斉に震え、肉の塊たちも身を縮める。


 母体ですら、両手で耳を塞いだ。


「……!」


 やがて咆哮が途切れる。


 静寂が戻った。


 母体は男をじっと見つめる。


「お前は、一切声を使っては駄目よ」


 男は黙っている。その横顔はやや気落ちしているようにみえた。無理もない、彼も褐色の彼女と変わらず人間にはない不自然な箇所が見つかってしまった訳だ


「人間はそんな声を出さないし、出せないわ」


 母体の表情は厳しい


「そんな声を出したら、すぐに切り捨てられてしまう」


 男は理解したのか、口を閉じた。確かに,この声の記録は記憶の中の人間にはない。聞かれれば即終了だろう


「……まあ、身体そのものは悪くないわね」


 母体はそう呟くと、今度は褐色の女へ視線を向けた。


「お前は声を出せる?」


 褐色の女がおずおずと口を開く。張り付いた喉から確かめる様にゆっくりと声を出す


「……はい」


 その声は、先ほどの咆哮とは正反対だった。


 鈴を転がすような、甘く、美しい声。

閉じられた目も相まってどこか庇護欲を掻き立てる。


 それを聞いた母体が、満足そうに微笑んだ。


「悪くないわね」


 母体はおどおどする褐色の女の顔を覗き込む。


「それなら十分よ」


 そして、穏やかな声で告げた。


「目は布で隠しなさい。病で見えなくなったとでも言えばいいわ」


 褐色の女は黙って頷いた。


「声もそのままでいい」


 母体は笑う。


「これなら、十分に人間を惑わせられる」


母体の視線は褐色の女の見事な身体つきに向けられる。


「街へ行きなさい」


 母体の瞳が細められた。


「人間の中へ入り込みなさい」


「そして――」


 女は、ゆっくりと微笑んだ。


「男を喰らって、力をつけなさい」

次はいよいよ人型ハンバーグの番さ

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