誕生
文字通り肉や血管など生々しい表現がありますが、ハンバーグのタネみたいな感じです。焼く前のハンバーグがうねうねしてます。
湿った土の上を、何かが這っていた。
ずるり、と。
まだ足と呼べるものすらない肉塊が、地面を掻く。
それは獣の子ではなかった。
産声もない。
親を求める声もない。
ただ、生まれたばかりの肉体を蠢かせている。
その傍らには、別のものたちがいた。
霞。
そう呼ぶのが最も近い。
淡い灰色をした魔気の塊が、地面からわずかに浮かびながら揺蕩っている。
風もないのに形を変え、細く伸びたかと思えば、また丸くなる。
それらもまた、この場で生まれたものだった。
そして、そのどちらとも違うものがいる。
私だ。
私は自分の身体を見た。
肉がある。
腕が二本。
脚が二本。
頭があり、胴がある。
まだ人間の身体と呼ぶには不完全だが、肉塊のように這いずるものたちとは明らかに違っていた。
なぜそうなっているのかも、私は知っている。
生まれた時から、知っていた。
自分が何者なのか。
この場所が何なのか。
目の前に立つ存在が何なのか。
そして――人間とは何なのか。
私は顔を上げた。
そこに、一人の女が立っている。
美しい女だった。
長い髪。
白い肌。
整った顔立ち。
人間の女。
そう認識した。
同時に、それが人間の「雌」であることも理解していた。
奇妙なことではなかった。
私は生まれた時から、その知識を持っていた。
人間の男。
人間の女。
獣。
街。
家。
食事。
金。
言葉。
名前。
そして、人間が他者を信じるということ。
それらすべてが、記憶として私の中に存在している。
私だけではない。
ここに生まれたものたちは、程度の差こそあれ、皆それを持っている。
魔物は、獣とは違う。
獣の子が、生まれてから親の姿を見て、鳴き声を覚え、狩りを覚え、生き方を覚えていくのなら。
魔物は違う。
母体から受け継ぐ。
知識も。
力も。
そして、場合によっては姿さえも。
だから私は、生まれたばかりだというのに、人間を知っている。
人間の街を知っている。
人間が何を恐れ、何を欲し、何に惹かれるのかも知っている。
女の姿をした魔物は、そんな私たちを黙って見下ろしていた。
彼女が、私たちの母体。
だが――人間が言うところの「母」とは意味が違う。
私たちは彼女の子ではある。
けれど、彼女に育てられるわけではない。
彼女が私たちを愛する必要もない。
私たちも、彼女から愛情を求める必要はない。
彼女はただ、私たちを生み出した。
それだけだ。
彼女の肉から生まれたもの。
彼女のまとう魔力から生まれたもの。
異なる姿を持つものたちを、彼女はしばらく眺めていた。
やがて、その赤い唇が開く。
「私を疑い、周囲を嗅ぎ回り始めた人間たちがいるの」
声まで美しかった。
それもまた、人間を喰らうために必要なものなのだろう。
「お前たちは、その目眩ましとして生まれた存在」
這っていた肉塊のひとつが、びくりと蠢いた。
霞のようなものたちは、彼女の声に反応するように揺らめいた。
「まずは人として化けなさい」
私は顔を上げた。
「街に溶け込み、暮らしなさい」
彼女は笑った。
「そして、時期を見て――順に人を食い始めなさい。お前たちが騒ぎを起こせば私を嗅ぎ回る者達も大人しくなるでしょう」
その言葉に、恐怖はなかった。
当然だ。
私は魔物なのだから。
人を食べる。
それは私たちにとって、特別な行為ではない。
必要だから食べる。
ただ、それだけだ。
「人の記憶は与えてやったでしょう」
女が私たちを見回す。
「私を見ても分かるでしょう。人間というものが、どういう生き物なのか」
私は彼女を見た。
栗色の腰まで伸びた髪がさらりと揺れる様さえ目を惹きつける
美しい。
それが人間の感覚において、どのような意味を持つのかも理解している。
「人間は、美しいものを好む」
女は自らの顔に手を添えた。
「女であれば男を誘惑できる。男であれば女を誘惑できる」
そして、微笑む。
「美しければ、もっと容易く人間を食べることができる」
私は自分の顔に触れた。
まだ幼い肉体。
未完成の身体。
だが、知識だけはある。
人間として生きるための知識が。
人間を欺くための知識が。
人間を食べるための知識が。
――私は、生まれた。
人間の中へ潜り込むために。
そして、人間を喰らうために。




