目を覚ました村人
彼が遺体を担いで村の外れへ向かっている頃、この村で次に目を覚ましたのは、薬屋の男ラビツだった。
何日も風呂に入るどころか、睡眠も食事もろくに取れず、限界まで酷使された身体は、まるで遺体が動き出したかのように衰弱していた。だが、そんなことを気にしている余裕はない。
身体を引きずるようにして、どうにか上体を起こす。
「……ッ、俺は……ッ、ゲホッ!」
乾ききった喉が、空気を吸い込むだけで痛んだ。目も霞んで、周囲の様子がよく見えない。
焦燥が胸の内から込み上げる。
村の皆はどうなった?
自分はどれほどの時間、意識を失っていたのだろう。
カジは?
あの子は、子供たちの中でも一番状態が悪かった。熱は高く、今朝にはついに水すら受けつけなくなっていた。
一刻も早く、熱を下げる薬を作ってやらなければならない。
ラビツは焦りに顔を歪め、床へ目を落とした。
そこには、枯れ果てた薬草が散らばっていた。
本来なら、新鮮な薬草でなければ十分な効果は期待できない。だが、もう手元にはなかった。村ごと見限られ、外との往来を絶たれてから、採取できる薬草はすべて取り尽くしてしまったのだ。
棚の奥に忘れられ、乾燥しきったこれにさえ、手を伸ばすしかない。
「ッ、くそ……! ……っ?!」
震える指で枯れ葉をつかもうとした、そのときだった。
手の甲に目を落としたラビツは、言葉を失った。
あれほど広がっていた、不気味な青黒い痣が一つもない。
震える手をゆっくりと開き、掌を確かめる。青い血管が浮いているだけで、あの痣はどこにも見当たらなかった。
まさかと思い、今度は自分の身体へ目を向ける。
「な、なんだこれは……」
着ていた服が、ひどく破れていた。
意識を失っている間に、獣のように暴れでもしたのだろうか。だが、布地の裂け方が妙だった。自分で引っかけたというより、外から強い力で引き裂かれたように見える。
袖の部分だけが比較的無事なのも、妙に気恥ずかしかった。
そんなことを気にしている場合ではないと、恥ずかしさを押し込めて腹を確かめる。
そこにも、痣はなかった。
「一体、何が……ゲホッ、ゲホッ!」
咳き込んだ拍子に、胸の奥まで痛みが響く。
「おじちゃん、大丈夫?」
聞き覚えのある声がした。
「カジ?! お前、無事なのか?! ユカラは?!」
散らばった箱や椅子の向こうから、明かりを持ったカジが顔を覗かせていた。
ラビツの姿を見つけると、ほっとしたように微笑む。
しかし、その足取りはひどく危なっかしかった。身体はふらつき、今にも倒れそうだ。今朝の状態を考えれば、とても自力で立てるとは思えなかった。
ラビツは慌てて手を伸ばし、座るように身振りで伝えた。
「立つんじゃない! 座っていなさい。お前はまだ熱が……っ、待て。アザが……」
カジの頬を見て、ラビツは息を呑んだ。
痩せ細ってはいるものの、白い頬はすっきりとしている。そこにあったはずの青黒い痣が、きれいに消えていた。
自分と同じように。
「カジ、お前……アザが消えたのか?」
「うん」
あまりにあっさりとした返事だった。
まさか、時間が経てば自然に治る病だったのか?
そんな考えが頭をよぎりかけたところで、カジが口を開いた。
「おにいさんがね、助けてくれたの」
「お兄さん? ……まさか、助けが来たのか?」
信じられない思いで聞き返す。
未知の病が広がった村に、救援が来る可能性など、ほとんどないと思っていた。
街ひとつが被害を受けたのなら、国も無視はできなかっただろう。だが、ここは小さな村だ。封鎖して外との往来を断ち、被害が広がらないようにする。それが最も手っ取り早いと判断されても不思議ではない。
実際、そうなった。
「おにいさんは、一人だけだよ」
「ひ、一人……? 他には誰もいないのか?」
「うん。一人だけで、あちこちのお家を助けてたよ」
そんなことがあり得るのだろうか。
よほど高潔な信念を持った医師が、自分の身も顧みずに駆けつけてくれたのか。そう考えれば説明はつくが、ラビツにはどうしても信じられなかった。
そんな人間がいるはずがない。
脳裏に浮かんだのは、村の門を閉ざした隣村の人々だった。
かつては友好的な関係を築いていた。肩を組み、酒を飲み交わしたことさえある連中だ。
それが今では、村人たちを閉じ込め、外側から門に容赦なく釘を打ちつけた。
「火をつけられなかっただけ、ありがたいと思え」
そう言い放った男の顔を、ラビツは今でも忘れられない。
女子供だけでも助けてくれないかと頭を下げたときには、槍まで投げつけられた。負傷した足は、今もひどく痛む。
ラビツは苦い記憶を振り払うように、首を振った。
今は、そんなことを考えている場合ではない。
「色々とわからないことだらけだが……その彼は、今どこにいる?」
「わかんない」
「……わからない?」
「村長をだっこして、丘のほうに行ってたよ」
「村長……は」
言葉が途切れた。
この子にはまだ伝えていないが、村長はこの村で早くに亡くなった犠牲者だった。
高齢で持病があったのも災いして一部のもの以外にはその死を伏せられていたのだ
いや、それよりも。
その男は、村長の遺体を抱えて丘へ向かったという。
一体、何者なのだろう。
ラビツが困惑する一方で、カジは何でもないことのように首を傾げていた。
実のところ、カジは母親に水を飲ませ、毛布を掛けたあと、ふらつく身体を引きずりながらお兄さんを追いかけていた。
お兄さんは村の中をあちこち動き回り、次々と家を訪ねていた。
弱りきったカジは気配も薄く、一度もその存在に気づかれることもなかった
子供は元気になるのが早いね




