第8話「教会の影」
「教会の”影”――暗部、というわけですか」
私は水晶を握りしめたまま、レオンと名乗った男を睨んだ。柔和な笑みの下に隠された気配は、明らかに訓練された戦闘者のものだった。
「ご想像にお任せします。ただ、私の役目は単純です。教会にとって都合の悪いものは、静かに処理する」
レオンの手が、ふところに忍ばせた短剣に伸びる。
「フィーネ、リュカ、下がって」
私は前に出た。
「セレス、無理はするな」リュカが剣を構えながら言う。
「大丈夫です。……もう、隠す理由もありませんから」
黒く染まった髪が、淡く発光する。三年間封じてきた力が、今、完全に解放されようとしていた。
レオンの目に、初めて動揺の色が浮かんだ。
「その魔力……まさか、本当に監視者クラスだとは」
「教会は、私のことをどこまで把握しているんですか」
「さあ。私は末端の”駒”に過ぎませんので、詳しいことは」
嘘だ、と直感した。この男は、明らかに教会上層部の意図を汲んで動いている。
レオンが短剣を構えた瞬間、儀式の間の空気が変わった。彼の周囲に、見覚えのある赤黒い瘴気が渦を巻き始める。
「その瘴気……あなたも呪詛を?」
「教会の”影”は、皆このような加護を受けています。フィーネ様のように暴走こそしませんが、力は本物ですよ」
言うが早いか、レオンが踏み込んできた。人間離れした速度。リュカが咄嗟に割って入るが、その一撃は易々と弾かれた。
「リュカ!」
「くっ……速い」
「私が相手をします。二人は水晶を持って、先に」
「セレスを置いていけない!」
フィーネが叫ぶ。
「私は、大丈夫です」
私は静かに、けれど確信を持って言った。
「三年間、この力を隠してきたのは、人間として生きるためでした。でも今は――」
レオンの二撃目が振るわれる。私はそれを、片手で受け止めた。
「――隠す理由が、なくなった」
レオンの目が、驚愕に見開かれる。
「馬鹿な……人間の膂力じゃない」
「私は人間じゃありません。魔王軍所属、監視部隊統括者・シェアラ」
名乗りとともに、私は反撃に転じた。淡い光を纏った拳が、レオンの脇腹に叩き込まれる。彼の体が、儀式の間の壁まで吹き飛んだ。
「がはっ……」
「教会に、伝えてください」
私はゆっくりと、倒れたレオンに近づいた。
「シェアラは、もう隠れない。次に誰かを”詰み”にしようとするなら、相応の代償を払ってもらう」
レオンは、震える手で懐から何かを取り出そうとした。私はそれを見逃さなかった。
「――それは?」
「っ……」
レオンが取り出したのは、小さな護符のようなものだった。彼がそれを握りしめた瞬間、彼の体が黒い光に包まれ、瞬時に消え去った。
「転移……!?」
「逃げられた、か」
背後から、ザガンの声がした。いつの間にか、儀式の間の入り口に姿を現していた。
「影から見守るんじゃなかったんですか」
「お前があまりに派手に暴れるものだから、心配になってな」
軽口を叩きつつも、ザガンの表情は険しかった。
「今の男、只の”影”にしては動きが精緻すぎた。おそらく、教会が長年かけて育てた戦力の一つだろう」
「教会は、思っていたより深く準備している、ということですか」
「そういうことだ」
フィーネが、震える声で口を挟んだ。
「教会が、そんな戦力まで抱えているなら……私たちだけで、本当に太刀打ちできるの?」
不安が、儀式の間に満ちていく。私は、握りしめていた水晶――呪詛の証拠を見つめた。
「証拠は手に入りました。あとは、これを届ける相手を選ぶだけです」
「王城、だな」
リュカが確認するように言う。
「ええ。ですが……レオンが逃げ帰った以上、教会側も動きを速めてくるはずです」
夜明け前の大聖堂に、静かな緊張が満ちていた。証拠を手に入れた喜びよりも、これから始まる本格的な対立への予感が、四人の胸を締め付けていた。
「急ぎましょう。夜が明ける前に、王城へ」




