第6話「七人の名前」
ヴァルドの馬車が見えなくなってから、しばらく誰も口を開かなかった。
沈黙を破ったのは、リュカだった。
「その七人について、詳しく聞かせてくれないか」
声が震えていた。三年間、常に自信に満ちていた勇者の姿は、そこにはなかった。
「王都の記録保管庫にある、監視記録に基づいています」
ザガンが淡々と言葉を継いだ。「過去五年、聖女候補として教会に見出されながら、“力に耐えられず命を落とした”あるいは”失踪した”とされる者が七人。いずれも、フィーネと同じような”秘術”の実験対象になった疑いがある」
「そんな……」
「一人目は、五年前。名はミレイユ。当時十六歳。二人目は――」
「待ってくれ」
リュカが、遮るように言った。
「ミレイユは……知っている。俺の、幼馴染だった」
空気が凍りついた。
「教会に見出されて、聖女候補として王都に引き取られた。それきり、二度と会えなかった。……“力に耐えられず、天に召された”と聞かされて、それを信じていた」
リュカの拳が、震えながら握りしめられていく。
「俺が勇者になったのは……ミレイユの分まで、この国を守るためだった。教会のために戦うことが、彼女の死を意味あるものにすると、そう思っていた」
皮肉なことだ、と私は思った。彼が信じて戦ってきた組織こそが、彼の大切な人を殺した張本人だったとは。
「リュカ」
「……なんだ」
「あなたは、知らずに利用されていただけです」
「慰めなら、いらない」
リュカは、拳を強く握りしめたまま、私を見た。その目には、これまで見たことのない、静かな怒りの炎が宿っていた。
「教えてくれ。俺は、何をすればいい」
私は少し驚いた。三年間、教会の”正義”を疑うことなく従ってきた彼が、こんなにも早く決断するとは思っていなかった。
「本当に、教会と敵対する覚悟がありますか。あなたは”勇者”です。その称号を失えば、今まで築いてきたものすべてを失うことになる」
「称号なんて、どうでもいい」
リュカは即答した。
「俺が守りたかったのは、ミレイユのような人間がもう二度と現れないようにすることだ。称号や名声のためじゃない」
ザガンが、興味深そうに目を細めた。
「面白い。人間の”勇者”が、人間の敵になる、か」
「敵になるつもりはない」リュカが言い返す。「俺が敵にするのは、教会の腐った上層部だけだ」
その言葉に、私は小さく頷いた。
「わかりました。……ですが、これは想像以上に大きな戦いになります。教会は国そのものと深く結びついています。枢機卿一人を倒しても、根本は変わらない」
「それでも、やる」
リュカの目に、迷いはなかった。
その時、廃教会の奥から、か細い声が聞こえた。
「……ここは」
フィーネだった。ゆっくりと体を起こし、辺りを見回している。
「フィーネ!」
リュカが駆け寄る。私も後に続いた。
「私……何が」
フィーネの目に、涙が浮かんだ。昨夜の記憶が、少しずつ蘇ってきているのだろう。
「私、あなたを陥れたのに……助けて、くれたの」
「ええ」
「なんで……」
「あなたも、利用されていただけだと知ったから」
フィーネは、しばらく私の顔を見つめた後、深く頭を下げた。
「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい」
その謝罪は、決して十分ではない。三年間の苦しみが、それで消えるわけではない。それでも――
「わかりました。過去のことは、一旦置きましょう。今は、もっと大きな問題があります」
私は、フィーネとリュカを交互に見た。
「教会は、七人もの聖女候補を犠牲にしてきました。おそらく、まだ続けるつもりです。止めなければ、次の犠牲者が出る」
「私に、何ができるの……」
フィーネが、震える声で聞いた。
「あなたは、教会内部の”秘術”の実態を知る、数少ない生き証人です。証言してもらいたい」
「証言なんて……教会に、消されるかもしれない」
「だから、守ります」
私は静かに、けれどはっきりと言った。
「監視者としてじゃない。私自身の意志として」
夕暮れの廃教会に、静かな決意が満ちていく。
追放された浄化士、正体を明かした監視者、幼馴染を失った勇者、そして罪を悔いる元聖女。
不完全な四人が、今、同じ方向を向き始めていた。




