第19話「教会の終わりと、新しい始まり」
聖都カテドラルでの一件から、一週間が経った。
教皇シリウスの正体と、二十年以上にわたる禁術の実態は、国王ガレオン三世の名のもとに正式発表された。民衆の衝撃は計り知れないものだったが、同時に、これまで積み重ねてきた証拠と証言があったからこそ、混乱は最小限に抑えられた。
「教会本部の再編が、正式に決まりました」
王城の謁見の間で、国王の側近が報告する。
「旧・教会組織は解体。新たに、王家の監督下で運営される"信仰院"として、一から立て直すことになります」
ヴァルドは、その場に立ち会っていた。彼は、二十年にわたる罪を告白した唯一の教会上層部として、裁きを受けつつも、新組織の立て直しに協力する道を選んでいた。
「私に、その資格があるかはわかりません。ですが――償いのために、できる限りのことをします」
「あなたの証言がなければ、これほど早く事態は収束しませんでした」
私が言うと、ヴァルドは深く頭を下げた。
「監視者殿、いや……シェアラ殿。あなたには、感謝してもしきれません」
「私は、やるべきことをしただけです」
謁見の間を出ると、廊下でフィーネとリュカが待っていた。
「セレス、お疲れ様」
フィーネが、明るい笑顔で駆け寄ってくる。三年前、断罪の場で見た冷たい表情とは、もう別人のようだった。
「フィーネ、これからどうするんですか」
「私……教会には戻らない。でも、"信仰院"の立て直しには協力したいと思ってる。もう二度と、私やミレイユみたいな犠牲者を出さないために」
「立派だと思います」
「リュカも、一緒にやってくれるって」
フィーネが、隣のリュカを見上げた。リュカは、少し照れくさそうに頷いた。
「勇者としてじゃなく、一人の人間として。……ミレイユの分まで、この国を守りたい」
二人の間に流れる空気は、以前とは違う、穏やかで温かいものだった。
「セレスは、これからどうするんだ?」
リュカに聞かれ、私は少し考えた。
「まだ、決めていません。監視者としての役目は、一区切りついたと思っています」
「魔王軍に、戻るのか?」
その問いに、答える前に、背後から声がした。
「戻る必要はない」
振り返ると、ザガンが立っていた。
「監視者としての任務は、正式に終了とする。お前は、三年間――いや、この数週間で、十分すぎるほどの働きを見せた」
「ザガン様……」
「これからは、お前自身が選んだ道を歩め。人間として生きるか、魔族として生きるか、あるいは――」
ザガンが、少し言葉を切った。
「その両方でもいい。もう、誰にも縛られる必要はない」
私は、しばらくザガンを見つめた。三年間、演技だったはずの人間としての生活。だがその中で、本当に大切なものを見つけた。フィーネとの友情、リュカとの信頼、そして――
「ザガン様は、これからどうするんですか」
「俺は、魔族の国に戻る。だが」
ザガンが、少しだけ言いよどんだ。
「お前が望むなら……時々、こちらに顔を出すのも、悪くないと思っている」
その言葉に、フィーネとリュカが、意味深な視線を交わした。
「セレス、これって」
「な、なんでもありません」
私は、思わず頬が熱くなるのを感じた。三年間、感情を抑えて生きてきたはずなのに、今はこんなにも、素直に心が動いてしまう。
王都の空に、久しぶりの快晴が広がっていた。教会という長年続いた影が晴れ、新しい時代の始まりを告げるような、清々しい青空だった。
「さて」
ザガンが、私に向き直った。
「これから、どうする?」
私は、少し考えた後、静かに、けれどはっきりと答えた。
「まずは……ゆっくり、休みたいです。三年間、ずっと気を張っていましたから」
「それは、いい考えだ」
ザガンが、珍しく柔らかく笑った。
「では、俺が付き合おう。人間の街の"休み方"とやらを、俺にも教えてくれ」
その提案に、フィーネとリュカが、揃って噴き出した。
「なんですか、二人とも」
「いや……なんでもない。ただ、幸せそうだなって思って」
フィーネの言葉に、私は素直に頷いた。
「はい。……幸せです」
追放から始まった物語は、断罪、暴走、そして二百年の因縁との決着を経て、ここに新しい一歩を踏み出そうとしていた。




