第18話「浄化と、二百年の解放」
暴走するシリウスに向かって、私は迷わず駆けた。
「シェアラ、待て!」
ザガンの制止を振り切り、私は崩れゆく融合体――かつて教皇と呼ばれた存在に、正面から向き合った。
「離れろ、監視者……! 今の私に触れれば、お前も喰われるぞ……!」
シリウスの声は、もはや二つの声が重なったように歪んでいた。人間だった頃の理性と、融合した"上位存在"の力が、せめぎ合っているのがわかる。
「知っています。それでも」
私は両手をかざし、フィーネを救った時と同じ要領で、浄化の光を練り上げた。だが、規模も濃度も、比較にならないほど巨大な力だ。
「シェアラ、無理はするな!俺も加勢する!」
「いえ」
私は、静かに首を振った。
「ザガン様の力は、"打ち払う"力です。今、必要なのは"解きほぐす"力。これは、私にしかできません」
「だが……!」
「信じてください。三年間、あなたの下で鍛えられた力です」
ザガンは、一瞬言葉に詰まった後、深く息を吐いた。
「……わかった。俺は、お前の力が届くよう、奴の動きを抑える」
「お願いします」
ザガンが前に出て、暴走するシリウスの闇の奔流を、正面から受け止め始めた。その隙に、私はシリウスの中心――融合の核となっている部分に、意識を集中させる。
「見えた」
二百年かけて積み重なった、二つの存在の"歪み"。人間だった頃の魂と、無理やり融合させられた上位存在の力。それは、糸のようにもつれ合いながらも、決して溶け合ってはいなかった。
「これを、解けば」
私は、浄化の光を、その"もつれ"に直接注ぎ込んだ。
「ぐああああああ……!!」
シリウスの絶叫が、儀式場に響き渡った。二百年分の力が、少しずつ、しかし確実にほどけていく。
「や、やめろ……! 私は、まだ……!」
「あなたは、もう十分すぎるほど、人を傷つけました」
私は、光を注ぎ込みながら、静かに言葉を続けた。
「二百年前、あなたは"失敗作"として生まれた。それは、あなたのせいじゃない。……でも、その後の二十年、罪のない少女たちを実験の道具にしたのは、あなた自身の選択です」
「私は、ただ……完全な存在になりたかっただけだ……!」
「その願いのために、何人が犠牲になったか、数えたことはありますか」
沈黙が、一瞬だけ流れた。歪んだ二つの声のうち、人間の方の声が、かすかに震えた。
「……ミレイユ、フィーネ、そして……」
「もう、止めましょう」
浄化の光が、最後のもつれをほどいていく。シリウスを包んでいた黒い法衣が、崩れるように消え去り、その内側から、一人の痩せ細った老人の姿が現れた。二百年分の重みを、一気に背負ったかのような姿だった。
「……終わった、のか」
老人となったシリウスが、力なく膝をついた。
「はい」
「私は……裁かれるべきだろうな。二十人以上の……いや、それ以上の犠牲者に対して」
「その通りです。ですが、それは私たちが決めることではありません。国王陛下の元で、正式な裁きを受けてもらいます」
シリウスは、静かに頷いた。かつての教皇の面影は、もうどこにもなかった。
崩れかけていた儀式場に、静けさが戻ってきた。ザガンが、私の隣に歩み寄ってくる。
「……やったな」
「はい。……でも、まだ終わっていません」
「わかっている。裁きと、後始末が残っている」
そう言いながらも、ザガンの表情には、確かな安堵が浮かんでいた。
儀式場の外から、フィーネとリュカ、そしてヴァルドが駆け込んでくる。
「セレス!無事なのか!?」
「ええ、大丈夫です」
私は、崩れ落ちた儀式場の中で、静かに息を吐いた。
二百年続いた歪んだ野望が、ここに終わりを告げた。だが、この事件がもたらした余波は、これからの世界に、まだ大きな影響を残すことになる。




