第17話「二百年の決着」
儀式場の空気が、張り詰めた糸のように震えた。
シリウスの法衣が完全に黒く染まり、その体から溢れ出す魔力は、レオンや"影"たちとは比較にならないほど濃密だった。
「フィーネ、リュカ、下がっていてください」
私は、二人を庇うように前に出た。
「セレス一人に任せられない!」
「これは、二百年前からの因縁だ」ザガンが静かに言った。「シェアラと俺で引き受ける。お前たちは、ヴァルドと共にここを離れろ」
「でも……!」
「頼む。お前たちに何かあれば、シェアラも俺も、本来の力を出しきれなくなる」
リュカは、悔しそうに拳を握りしめた後、頷いた。
「……わかった。だが、必ず勝ってくれ」
「当然です」
フィーネとリュカ、そしてヴァルドが儀式場の外へと退避していくのを確認し、私はザガンと並んで、シリウスと対峙した。
「さて、始めようか」
シリウスの言葉と同時に、彼の周囲に無数の黒い魔法陣が展開された。
「――来る!」
ザガンが叫んだ瞬間、魔法陣から無数の闇の刃が放たれた。私は光の盾でそれを受け止めるが、衝撃で床にひびが入るほどの威力だった。
「これが、二百年分の力……」
「油断するな。奴の本領は、これからだ」
ザガンが前に出て、漆黒の魔力を纏った拳をシリウスに叩き込む。だが、シリウスは涼しい顔でそれを受け流した。
「相変わらず、力任せだな、ザガン」
「なら、こっちはどうだ」
私は、隙を突いてシリウスの背後に回り込み、光の刃を放った。だが、それすらも、シリウスは振り向きもせずに防いだ。
「二百年、無駄に生きていたわけではない。お前たち二人がかりでも、まだ足りんよ」
シリウスの余裕は、揺らがなかった。私とザガンが交互に攻撃を仕掛けても、まるで手応えがない。
「くっ……このままでは」
「焦るな、シェアラ」
ザガンが、小声で言った。
「奴の力は膨大だが、二百年前と同じ弱点があるはずだ」
「弱点?」
「奴の力は、"融合"によるものだ。本来相容れないはずの力を、無理やり一つにまとめている。……集中力が乱れれば、その均衡が崩れるはずだ」
なるほど、と私は理解した。ならば、やるべきことは一つ。
「わかりました。私が、隙を作ります」
私は、力を全開に解放した。三年間封じてきた監視者としての力、その全てを。
「ほう。まだ、力を隠していたか」
シリウスの目が、わずかに興味を示した。
私は、これまでにない速度でシリウスに肉薄した。全ての攻撃を捨て、ただ一点――シリウスの意識を、自分に引きつけることだけに集中する。
「浅い攻撃だな」
シリウスが、私の一撃を軽々と弾く。だが、その瞬間、彼の注意は完全に私に向いていた。
「――今だ、ザガン!」
「わかっている!」
ザガンが、背後から最大威力の一撃を放った。漆黒の魔力が渦を巻き、シリウスの背中に直撃する。
「なっ……!」
初めて、シリウスの余裕のある表情が崩れた。彼の体を包んでいた黒い法衣に、ひびのようなものが走る。
「融合が……揺らいでいる、だと……!?」
「言っただろう。お前の弱点は、俺が一番よく知っている」
ザガンが、追撃の構えを取る。私も、力を練り直して次の一撃を準備した。
「くっ……舐めるなよ、若造どもが……!」
シリウスの体から、これまで以上に濃密な魔力が噴き出した。均衡が崩れかけている反動なのか、その力は制御を失いつつあるように見えた。
「これは……」
「まずい、シェアラ。奴、暴走しかけている!」
「フィーネの時と、同じ……!」
暴走する魔力の奔流が、儀式場全体を揺るがし始めた。天井の石材が崩れ落ち、床に亀裂が走る。
「このままでは、聖都ごと吹き飛ぶぞ!」
ザガンの警告に、私は覚悟を決めた。
「私が、抑えます」
「無茶だ、相手は二百年の力を持つ融合体だぞ!」
「フィーネの呪詛を浄化したのと、同じ要領です。……できます」
私は、シリウスに向かって駆け出した。




