第16話「二百年の影」
重い扉が、軋むような音を立てて開いた。
現れたのは、純白の法衣に身を包んだ、初老の男だった。穏やかな微笑みを浮かべているが、その目には、底知れない深淵のようなものが宿っている。
「これは、賑やかなことだ」
「教皇……シリウス」
ヴァルドが、震える声で名を呼んだ。
シリウスは、ゆっくりと儀式場に足を踏み入れた。彼が一歩進むごとに、空気そのものが重くなっていくような感覚があった。
「魔王ザガン。久しいな」
その言葉に、リュカとフィーネが驚愕の表情を浮かべた。
「知り合い、なんですか」
「……知り合い、というほど生易しい間柄じゃない」
ザガンが、珍しく緊張した様子で言った。
「二百年前、俺がまだ先代魔王に仕えていた頃の話だ。当時、人間と魔族の大規模な戦があった。その戦の最中、"人間側の切り札"として現れたのが――こいつだ」
「人間側の、切り札……?」
「正確には、人間ですらない」
シリウスが、静かに口を開いた。
「私はかつて、とある禁術の実験によって生まれた存在だ。人間の魂に、"上位存在"の力を無理やり融合させた……いわば、失敗作でね」
「失敗作、だと?」
「そうだ。本来なら、力に耐えきれず消滅するはずだった。だが私は、生き延びてしまった。そして気づいたのだよ。この力を使えば、"より多くの器"を作り出せるということに」
その言葉に、私は息を呑んだ。
「聖女候補への、禁術……それが」
「察しがいいな、監視者殿。私は二百年かけて、自分と同じ"融合体"を作り出そうとしてきた。純粋な魂を持つ聖女候補は、器として最適だったのでね」
シリウスの声には、罪悪感の欠片もなかった。まるで、実験結果を淡々と語る学者のような口調だった。
「二十人以上の少女たちの命を、実験の道具にしたと言うのですか」
「命を奪ったわけではない。彼女たちは、私の"血肉"として、今も生きている。……ある意味では、ね」
「ふざけるな!」
リュカが、剣を抜いて前に出た。
「ミレイユは、お前の実験のために……!」
「リュカ、待て」
ザガンが、リュカを制した。
「こいつは、只の人間じゃない。二百年前、俺と互角に渡り合った"化け物"だ。今、単独で挑めば、殺される」
シリウスは、面白そうにザガンを見た。
「随分と成長したものだ、魔王ザガン。あの頃は、まだ青二才だったというのに」
「あの頃の借りは、今日きっちり返させてもらう」
「ほう。それは楽しみだ」
シリウスの周囲に、禍々しい気配が渦を巻き始めた。純白の法衣が、次第に黒く染まっていく。
「私は、あと少しで"完成"する。お前たちが集めた証拠も、証言も――すべて、この場で消してしまえば、意味を失う」
「そうはさせません」
私は、力を解放しながら前に出た。
「あなたが二百年かけて積み上げてきた罪、ここで終わらせます」
シリウスは、笑った。心の底から愉快そうに。
「監視者、勇者、元聖女、そして魔王。実に面白い顔ぶれだ。……では、見せてもらおうか。お前たちの"覚悟"とやらを」
儀式場に、圧倒的な魔力が満ちていく。二百年の因縁を秘めた、最後の戦いが始まろうとしていた。




