バルコニーと夕焼けと
バルコニーには、剣がぶつかり合う鋭い音が響いている。
アリーチェは剣を振るう度、ホールから漏れ聞こえる音楽が遠くなっていくのを感じていた。
(やっぱり、バーナードは強いわ。私の弱点を的確についてくる。)
アリーチェは、バーナードの一撃一撃を必死で躱していく。
前世でも小柄だった彼女は、バーナードに一筋縄で勝つことはできなかった……まあ、大抵の相手には単なる力では勝てなかったが、バーナードは異質だった。
(この状況を打破する、1番的確な戦略はなんだろう……ふふ、こんなに手応えのある戦いも久しぶりだわ)
「楽しい?」
不意に、バーナードが興味なさげに聞いた。
その間にも乱れない剣筋に、彼の才能を見出せる。
「あら、どうしてわかったのかしら」
「笑ってる」
「まぁ、顔に出ていたのね」
アリーチェはやはり根っからの戦闘好きだ。楽しんでしまい、ついつい口元が緩むのは仕方ない。
「でも、楽しいのはここからよ?」
アリーチェはタイミングを見計らって剣に込めた力を弱める。
「!?」
(そして、敵の不意を突いた隙に素早く後退し、急接近!)
キンッという音とともに、剣がぶつかる。
体勢を整えきれなかったバーナードを見て、アリーチェはびゅんと彼の死角に飛び込んだ。
アリーチェは次々と彼のの死角を見抜き、高速で移動していく。
バーナードは全ての攻撃を受け止めるが、先程までの集中力は削がれている。
「そ、その動き、ウィルと全部同じ。なんで」
そう、アリーチェがこの戦法を使ったのは、技で彼を打ち負かすためではない。
この戦法が前世のアリーチェ、つまりウィルフレッドが最も得意とした技だということ自体を利用し、バーナードを混乱させるためだ。
アリーチェはくいと彼の剣を受け流し、戸惑うバーナードの体制を崩した。
「!」
「バーナード。騙す真似をしてごめんね。今の力であなたに勝つにはこの方法しかなくて。」
バーナードは様々な感覚に優れている。
それはアリーチェが戦う前に正体を暴かれることも考慮していたほどだ。
だからアリーチェは、そんな彼ならこの動きを見ただけで、『ウィルフレッド』かその身近な人が繰り出す技だ、と思わせられると考えていた。
さらに前に会った時、アリーチェに何の反応も示さなかった彼は、おそらくアリーチェが転生したことを知らず、混乱させることが可能だと踏んだのだ。
「……ほんとに、ウィル?」
「うん。厳密に言うとちょっと違うけど、ウィルフレッドだよ」
「……! また、会えた……!」
バーナードは目を輝かせ、思いっきり彼女に飛びつこうとしたが……。
「うまくいったみたいだね?」
「わっ」
すっと何かが間に入ってきて、それは叶わなかった。
「り、リアム殿下?!」
どこかに居そうな令嬢に変装したリアムは、アリーチェに微笑むと、バーナードの腕にかちゃりと手錠をつけた。
「なんで」
バーナードが不服そうに声を上げる。
「君は盗難に、殺人未遂もしている。野放しにする訳にはいかないよ」
そう言ってリアムがパチンと指を鳴らすと、彼とアリーチェの変装が解けた。
この変装は、変身魔法が使える人に頼んでしていたものだ。万が一の時のために、簡単に戻れるようにしてもらっていた。
「一応伝えておく。僕がリアム、この国の第三王子で」
「わたしがアリーチェ。そして聖女で、ウィルフレッド……ってなんだか紛らわしいわね!」
「よくわからない。けど、問題ない」
(バーナードは、考えるより感じるタイプだったわね……それにしても、本当にどうしてこの時代に居るのかしら?)
魔法を使わずに200年以上生きているとは考えられない。そうだとしても、理由がわからない。
「そろそろ時間だけど、一通りの挨拶はできた?」
バルコニーへ来たシャノンの言葉が、アリーチェの思考を戻した。
確かこの後、シャノンがバーナードを牢へ連れていくことになっているのだ。
「あっ、もう少しだけ待っていただけますか」
「もちろんさ」
アリーチェはシャノンにお礼を言い、バーナードに向き合う。
「えっと、バーナード、会えて嬉しかったわ。聞きたいことがまだまだたくさんあるの。今度また会いましょうね」
「待ってる。……アリーチェ」
「ええ。」
アリーチェが微笑むと、バーナードも少し口角を上げたように見えた。
「じゃあ、彼はボクが引き受けるから。ほら、自分で歩けるだろう?……一応言っておくけど、逃げようとはしない方がいいぞ」
「大丈夫。しない」
そんな会話をしていた2人を見送ったアリーチェとリアムは、バルコニーに2人きりになる。
見上げた空は、美しい橙色に染まっていた。
「アリーチェ、怪我は……なさそうだね?」
「はい、へっちゃらです! 久しぶりに手応えを感じましたけど!」
「……君らしいね」
うきうきを隠しきれないアリーチェに、リアムは思わず苦笑いを浮かべた。
「きっと君なら心配する必要はないだろうけど、あんまり無茶しないでよ?」
「はい、自分の力量を計算した上で戦略を立てているのですが、気をつけておきますね」
「あと、むやみに他人に触れないで。僕の婚約者なんだから」
「えっと、確かに、他人とくっつきすぎるのはよくないですよね」
同意してみるアリーチェだったが、リアムは不満げな表情を浮かべている。
(怒ってらっしゃるのかしら……でも少し違うような……うーん、よくわからないわ)
その時、リアムの瞳がゆらりと揺れたように見え、
「!?」
アリーチェはバルコニーの手すりと、目の前にいるリアムに挟まれていた。
(油断していて全く反応できなかったわ!! って違う、今は戦っているわけではなくて、えーっと、これはどういうことかしら……)
「ねぇ、アリーチェ」
「……!」
いつもと違うリアムの、どこか熱を帯びたような瞳に、耳元で囁かれる声に、アリーチェは何だか鼓動が速くなっていく。
そんなアリーチェに構わず、リアムは続ける。
「ちゃんと、守らせてよ。ぼくの存在理由……なくなっちゃうから……なのに君といると、僕は役割も何もかも忘れられて、……婚約者に守られてばかりでどうすれば」
「で、でんか……?」
「アリーチェ、ぼくは」
リアムの手がアリーチェの頬に伸びて――
そのまま、リアムは糸が切れたようにアリーチェにもたれかかってしまった。
「殿下!!? えっと、とっても熱い気がします……」
アリーチェがリアムの額にそっと手を当ててみると、明らかに熱があった。
ノアにバレたら大変




