第26話 王太子
仁たちが王太子の部屋に向かったときから時間は少しさかのぼる。
王宮内に軟禁状態で滞在している帝国からの使者、ラズリーはこれといった目立つ特徴のない男だが、
何者にも物怖じしないその態度で、このような危険な使者に向いた者であった。
ラズリーの持ってきた親書ははっきり言って宣戦布告と取られても仕方のない内容であり、
ダンジョンの対策に追われる王国にとって絶対に受け入れる事のできない内容であった。
しかしその内容を知ってもなおラズリーは顔色一つ変えることなく、こうやって返事を待つために王宮内に部屋を確保させていたのだ。
(そろそろ王国の方針も定まる頃、我が帝国にどのような返答をするのか楽しみな事だ。
勇者を召喚したようだが、この様子だとまだ使い物にはならないようだな。
私がここにいるだけで、帝国の圧力を感じるだろう。ふふふ、愚かな王国の馬鹿どもめ、帝国の為に動けぬのならさっさと滅びるがいいわ)
すでにダンジョンが攻略されていることをラズリーは知らず、王国はいまだ攻略のめどが立たないまま右往左往していると思っていた。
(このままここに居続けるだけでも圧力はかけれるが、どうせなら間抜けな勇者の顔でも拝みに行くか。
突然召喚されてダンジョンの攻略に向かわされるなど、王国に良い感情を持っていない可能性があるからな。
まあ無ければ唆せばいいだけだ。勇者をうまく帝国に連れ帰ることが出来れば、さらに王国に対して圧力をかけられる。
そしてそのまま帝国に服従させれば皇帝陛下も喜んで下さるだろう)
己の思い付きにほくそ笑みながらラズリーはあてがわれた部屋を出る。勇者のいる場所はすでに当たりはつけており迷うことなくその方向に進んでいく。
そして当たりを付けた場所に付き、勇者の部屋を探そうとしたときのことだった。
突然そばの扉が開き、若い男女3人が駆け出して行った。そのうちのひとりはフィアーノ王女であることに気付くとラズリーは笑みを浮かべる。
(ふふふ、ツイているな。王女がいたということは、ここが勇者の部屋に違いないだろう)
ラズリーに気づくことなく駆け去った3人の姿が見えなくなると、その部屋の扉をノックする。
「誰?」
少し待つとノックに応えるように女の声で誰何される。
「勇者様、突然の来訪をお許しください。私はラズリー、帝国からの使者です。」
「何の用?っていうか何で帝国の人間がここにいるのよ?」
「その辺りもお話しさせて頂きますので、扉をお開け願えませんか?」
「ちょっと待って」
どうやら部屋にいるのはひとりでは無いようで、ぼそぼそと相談するような声が聞こえてくる。
「入ってもいいわ、でも不審な行動があれば命はないものと思いなさい」
「もちろんです、勇者様に何かしようなどとは思ってもおりません」
かなり物騒な許可の声にラズリーはひるむことなく返す。そして開けられた扉から桂達が暮らす部屋に招き入れられた。
「で、要件はなに?悪いけど見知らぬ男相手にゆっくりお茶する気はないから」
「まずは勇者様達へのご挨拶と、帝国についてのお話をしに伺いました」
ラズリーは相手が若い女ふたりであり、美しいがそこに強さを感じることが出来ず別の勇者の慰み者かと嘗めるように2人を見る。
「ふうん、挨拶はいいからその要件だけを簡潔に話して。無駄な修飾は不要だからね」
「ははっ、勇者様は気が短いのですな、わかりました。
まずは現在の王国と帝国を含む情勢についてです。王国からの一方的な話ではなく帝国の視点からのお話は勇者様にとっても無駄にはならないかと思います」
ラズリーは勇者召喚がそもそも各国合意の上のものではなく、王国の独断によるものであること。
ダンジョンは王国以外にも出現しているが勇者召喚した王国は勇者の派遣を渋っていること。
帝国内のダンジョンにより罪のない民衆が被害にあっていることなどを述べていく。
「つまり私たちを召喚した王国は、勇者を独り占めしているってことなのね?」
「はい、その通りでございます。帝国でもダンジョンの攻略を進めてはおりますが、やはり簡単には攻略できず民衆は苦しんだままです」
「それで勇者を派遣してほしいっていう使者があなたってことね」
「ええ、ですが中々色よい返答が頂けず、ただ時間ばかりが過ぎ去っております」
「ふうん、わかったわ。貴方の言葉は勇者全員に伝えるわ。でも帝国に行くと決めたわけでは無いことは理解してね」
「ありがとうございます。その言葉だけでも十分にありがたいことです」
「で、帝国はダンジョン攻略に対しての報奨は提示できるの?」
「報奨でございますか?もちろん可能な限りの物は用意させて頂きます」
「じゃあ、契約書としてきっちりまとめておいて。後になって不払いなんてことになればうちの勇者が帝国を滅ぼしかねないからね」
「は、はい!それはもう、勇者様を騙そうなどとは決して致しません」
「口では何とでもいえるわ、きっちり契約として形にしておいて」
「わかりました、報奨については皇帝陛下に伺う必要がございますので、そののちに必ず」
「じゃあそれで、少なくとも契約を締結するまでは私達は動かないし、急ぐ必要があるのはそっちだから」
「承知いたしました、なるべく早く契約の準備を整えさせていただきます」
「話はそれだけ?じゃあお引き取りを」
「はっ、では失礼いたします」
話が終わると追い立てるように部屋を追い出されたラズリーは、舌打ちしたいのを我慢し己にあてがわれた部屋に戻っていく。
(馬鹿な若造かと嘗めていたが、王国の役人よりもよっぽどやりにくいな…。だが顔つなぎはできたし、帝国への派遣自体を拒否された訳でもない。
しかしいきなり報奨についての話とは王国とはうまくいってなさそうだな。うまくやれば帝国に引っ張ることも出来そうだな…)
「なにあの男?人のことをイヤらしい目で見てきて気持ち悪い」
「だよねぇ、穂乃華に任せちゃったけど、ずっと嫌らしい目で私たちのこと見てたよぉ」
「フィアの話だと帝国ってろくでもないとこみたいだし、仁に話だけ伝えておけば十分でしょ」
「うんうん、あんな気持ちの悪いおっさんなんか早く忘れちゃお」
ラズリーの思惑とは異なり、穂乃華と芹那にはまったく話の内容は響いていないようだった。
単に気持ちの悪い男としか認識されず、その内容も桂に丸投げするつもりだが、すでに記憶から消えつつあった。
ステファン王太子の部屋に向かった俺達は、ベッドに寝かされやせ細った王太子と対面していた。
王太子は意識がなく、かろうじて生きている状態と診断されており、回復のめどが立っていない。
「ステファン!」
「フィア落ち着け、おそらく奴が何かしていたんだろう。まずは世奈に治療してもらうんだ」
「仁君、加護を使うね」
王太子の様子を見て取り乱すフィアを落ち着け、世奈に"聖女の加護"を頼む。
世奈からキラキラと輝く光が放たれ王太子の身体を包んでいく。
酷く悪かった顔色が少しづつ赤みをさし始め、王太子の呼吸が落ち着いてくる。
「これで大丈夫と思うよ。原因は何かの禁断症状みたいかな?」
「ありがとうございます、セナ様。このご恩は必ずお返しいたしますわ」
「禁断症状か…マシューの奴が怪しいな」
俺はこれまでに聞いた話から、王太子の相談役をしていたマシューが怪しいと睨む。
誰とも打ち解けなかった王太子がマシューにだけ打ち解けたこと、それ以降王太子の様子が変わったことなどからの推理である。
"闇の種子"に犯されたマシューのことだ、想像を超えたろくでもないことでもやりかねない。
単純に思考を低下させ言いなりにさせる程度なら良いが、最悪王太子も"闇の種子"に犯されている可能性もある。
「フィア、ステータスを確認する宝玉は持ってこれないか?」
「それは可能ですが、ジン様なにかご懸念でもあるのでしょうか?」
「念のための確認だ、問題なければいいが最悪の事態を回避するためにも確認しておきたい」
「わかりましたわ、ジン様がそこまでおっしゃるのはよほどのことでしょう、急ぎ取りに行かせますわ」
そういうとフィアは部屋を出て近くにいた文官に俺の依頼内容を伝える。
「仁君、何を心配してるの?」
「世奈も見ただろ、マシューの黒い靄のようなものを。あれは恐らく"闇"に犯されたものが使えるものだと思う。
マシューのステータスにも"闇の種子"というのが新しく増えていたようなんだ。だから念のため王太子のステータスも確認しておきたい」
「あの人間を辞めるとか言ってたやつか…。確かに王太子がそんなことになったら大変だもんね」
「そういうことだ、王太子が"闇"に犯されているなんてことになれば、この国がどうなるかわからないからな」
「ジン様、急ぎ宝玉を持ってくるように手配いたしましたわ」
「ありがとう、フィア。宝玉が届くまで少し休むといい」
フィアが近くの椅子に座り、王太子の横顔を心配そうに眺めて居た時だった。
「ステファンは無事なのか!」
突然扉が大きく開け放たれ国王が飛び込んできた。
「お父様!世奈様のおかげでかなり回復できたようですわ。ですのであまり大きな声はお控えください」
「おお!勇者殿、感謝いたしますぞ!
ああ、ステファンは以前より顔色がよさそうに見えるな」
そういって国王は王太子の枕元に近づき、王太子の髪を優しく撫でる。
「お父様、ジン様の推測ですが聞いて頂きたいことがございます」
王太子の具合を見て安心した国王にフィアが話しかける。
そして今回の王太子の不調にはマシューがかかわっている可能性が高いこと、"闇の種子"のことを俺も適宜フォローを入れながら伝える。
「なんという事だ…、マシューめただでは済まさぬぞ…」
話を聞いた国王は怒りにコブシを震わせ、マシューのいる地下牢に飛び出しそうになる。
「いまステータスを確認する宝玉を取りに行ってもらっています。まずはその結果を確認しませんか」
「ああ、そうだな。すまない取り乱していたようだ…」
ちょうどそこにさっきの文官が布で何重にも包まれた宝玉を持ってくる。
フィアがそれを受け取ると王太子のもとで布をほどき、王太子の手のひらを宝玉にあてる。
そしてフィア自身の手もその上に重ねるように置いた。
俺達がステータスを確認したときには、その内容は本人しかわからなかったが、ああやって手を重ねれば重ねたものにもステータスの内容がわかるようだ。
「フィア、どうだ?」
しばらく動かないフィアに向かって問いかけるが、フィアはそのまま固まったように動かない。
そしてフィアのほほを涙が伝う。
「…ジン様のおっしゃられた、"闇の種子"がステファンのステータスにもありましたわ…」
「世奈、もう一度"聖女の加護"を頼めるか?今度は"闇"を除去するイメージで」
「うん、出来る限りやってみるよ。フィアの弟だもんね、全力でやってみる」
そういうと世奈は両手を王太子に向ける。さっきよりも遥かにキラキラと輝く光が放たれ王太子の全身を包む、
王太子の身体が発光しているかのように眩い光で覆われ、やがて世奈が力尽きたようにその場に座り込む。
「はぁ…、今はこれが精いっぱいだよ…」
「フィア、もう一度確認してもらえるか?」
「わかりましたわ…」
フィアはさっきよりも怖々とした手つきで宝玉に王太子の手と自身の手を重ねる。
だが、その濡れた瞳に光が戻ることはなかった。
「残念ですが、"闇の種子"はそのままですわ…」
「勇者殿、"闇の種子"とはいったいなんなのだ?」
「俺も正確には把握できていませんのであくまでも推論になりますが、ダンジョンコア別名”魔王の眼”に長期間触れたものに発現するスキルと思います。
そして同じスキルを持つマシューは自身を人間を超えるもの、ハイヒューマンと名乗り、対象を人ならざるものに変えるという怪しげな靄を放っていました。
これらから、ダンジョンコアは魔王を生み出すためのもの、そして”闇の種子”とは魔王の眷属に与えられるスキルと推論しています」
「なんという事だ…、ステファンがその様なものになるなど…」
「世奈の”聖女の加護”で解除できない以上、私にはこのスキルに対する手段は一つしか思いつけません」
「それはステファンを殺すという事かな、勇者殿」
「大変申し上げにくいですが、その通りです」
「儂も国王である以上、大の為に小を殺すことが政治であることは理解している。しかし我が子を手にかけることは耐えがたいものだ…
勇者殿他に方法は無いのか?」
「残念ながら、今のところはありません…」
「こんな事ならマシューなどを付けるのではなかったわ、全てあ奴が原因ではないか」
「いえ、おそらくマシューも犠牲者のひとりでしょう。ダンジョンコアに魅入られたのはマシューの責かもしれませんが。
そもそもダンジョンコアの研究からこのような事が起きるなど、想像していなかったでしょう。
俺はこのダンジョンコア、これを収集するためにダンジョンを作った人間、組織があると考えます。
そしてその組織こそが真の敵、魔王であると」
「なんと、魔王は人間の中に居るというのか?」
「ええ、過去の文献を調べても魔王自身は姿を見せたことはありません。しかし定期的にダンジョンは現れそしてダンジョンコアが生まれています。
おそらく魔王と呼ぶべき組織が定期的にダンジョンコアを収集するために行っていると考えればつじつまが合います。
そして組織の姿を世間の目から逸らすために、魔王という存在が利用されていると考えています」
「なんという事だ…まさか、その様な事が…」
「もちろんこれは俺の推論であり、証拠があるわけでもありません。
ただ、魔王の存在を誰も見たことがないということに対する説明にはなると思っています」
「話がいきなりすぎて、儂もまだ何とも答えることはできん。しかし勇者殿の話をきいてどこか納得している自分がいるのも確かである
この件は宰相も交えて議論する必要があるな」
「そうして頂ければありがたいです」
「ステファンの件は、体調が回復するまで保留とする。そして勇者殿近いうちに改めて今の話を伺いたい」
「ええ、構いませんよ。俺ももう少し調べれないか色々確認してみます」
「よろしくたのむ、フィアは一緒に来てくれるか」
そして国王はフィアを連れ、力なく王太子の部屋を出て行った。
「ねえ、仁君わざと魔王の話をしたんでしょ」
「どういうことだ?」
「王太子君のことよりも、もっととんでもない話で王様の気を逸らしてあげたんじゃない?」
「ふふ、どうだろうな?」
「やっぱり仁君はやさしいよね」
そういって世奈は俺の腕を取り抱き着いてきたのだった。




