第21話 依頼
オズボーン女侯爵がダンジョン攻略に動いたという報が、ブロンシェ王国に広まるのにそれほど時間はかからなかった。
ダンジョンの攻略は王国内でも最も関心のあるものであり、勇者が召喚されたという情報も一部から漏れ出しており、
早急な攻略を民衆は期待している状況であったためだ。
ダンジョン出現から早二月、ダンジョン周辺では魔力が奪われ、普段の暮らしにも影響が出始めている。
ダンジョン周辺に暮らす者たちからは一日も早い攻略を期待されているが、これまで王宮は沈黙を守っていた。
民衆は日々成長するダンジョンを恐れ、放置する王宮に対し非難の声を上げ始めていた。
そこに広まったのがオズボーン女侯爵によるダンジョン攻略の報である。
民衆が召喚されたまま何もしてくれない勇者ではなく、オズボーン女侯爵を英雄として担ぎ上げるのに時間はかからなかった。
もはや民衆は王宮にではなく、オズボーン女侯爵にこの国難を切り開いてもらうことを期待している。
サミュエル宰相はオズボーン女侯爵が動いたという報告を受けたときから、このような状況になることを予測していたが、
手の打ちようもなく、桂達勇者が攻略に動き出せば風向きも変わるはずとの思いで、王宮への非難も甘んじて受け入れていた。
だがそこに新たな問題が発生する。隣国であるグリーズ帝国からの使者がやってきたのである。
グリーズ帝国は魔王が居るとされている魔族領とブロンシェ王国を間に挟み陸続きにある。
帝国から見れば、王国は魔族領から自国を守る盾のような位置づけになる。
魔族領とは巨大なダンジョンが複数ありそこから溢れた魔物の蔓延る、人の住めない土地を指す。
過去勇者が召喚されたときには魔族領のダンジョンもいくつか攻略され、その境界を引き上げることに成功したこともあった。
過去王国が魔王の脅威にさらされたとき、帝国では王国の背後をつくか魔王の脅威に対する支援を行うかで意見が二分された。
その当時は支援を行うことになりはしたが、それもダンジョン攻略に独力で対応するのは被害が大きいという理由であった。
そういった経緯もありブロンシェ王国はグリーズ帝国を、信用のならない隣国として警戒を怠っていない。
その様な関係の国からの使者である、サミュエル宰相が嫌な顔をするのも仕方がないと言える。
そして使者のもたらした親書の内容は、その予想通り碌なものではなかった。
帝国内にもダンジョンが発生したらしく、その責任をダンジョンを放置した王国に対して詰め寄る内容であり、
王国に対して帝国内のダンジョンを優先的に攻略するように依頼の形をとった恫喝である。
ダンジョンの監視のため王国内に軍が分散配置している点をつき、今なら帝国軍が侵攻してくれば簡単に王国は敗北することを暗に匂わせてきているのだ。
当然自国のダンジョンですらまだ攻略に着手できていない状況で、帝国を優先するなど出来るはずもない。
それどころか、オズボーン女侯爵の独断で王国内の世論ですら制御できていない。
このような状況でもし帝国に支援などしようものなら、民衆の反乱まで警戒することになりかねない。
もはや桂達勇者にダンジョン攻略に早急に動いてもらうしか、この状況に対応する術は無い。
国内のダンジョンへの対応だけでなく、オズボーン女侯爵の対応だけでも大変な状況である。
そこに帝国への対応もとなれば、国内を抑えることにも限界を迎えようとしていた。
「仁、大丈夫?」
「ああ、何とかな。制御するものが多すぎて頭がおかしくなりそうだけどな」
「すぐに癒しますね。"聖女の加護"!」
「あぁ~世奈ちゃん!仁にくっつきすぎぃ!」
あれから俺達は、時間を見ては訓練と検証を続けていた。
そしてその甲斐あって、なんとか想定していた魔法の実現に成功したのだった。
だが、超遠距離での魔力制御はさすがの"大賢者"スキルでもギリギリであり、スキルを成長させるため日々訓練に費やしていた、
芹那の召喚魔法による超遠距離での視界確保、世奈の"聖女の加護"による回復、穂乃華の魔力制御サポート、そして魔法を行使する俺の4人がかりでの攻撃魔法だ。
最初は着弾地点付近の魔力の収集と制御も俺が実施していたが、両方を同時に行うと威力が制限されてしまうことが解った。
穂乃華に魔力収集をサポートして貰うことで、俺の負荷が下がりその分威力の向上につなげることが出来たのだ。
この魔法を使うには、しばらくは何も考えられなくなる程に頭を使う必要がある。
これを世奈の"聖女の加護"で癒すことで、連続の使用に耐えることが出来るようになった。
いわば砲身を冷やす冷却装置のような役割を担ってもらっている。
そして芹那は以前は烏型の召喚獣を使っていたが、爆風に巻き込まれると烏型では耐えられないことから、
小型の翼竜を召喚獣として使えるように頑張ってくれた。
そのために軍部に依頼し翼竜の捕獲から始める必要があったが、そのおかげで安定した視界の確保に成功している。
ただ、問題があるとすれば俺と彼女たちのリンクが重要なため、魔法を使うときは密着する必要があるということだろう。
3人の嬉しそうな顔と、フィアとグレースの寂しそうな顔に挟まれる俺の心までは、世奈にも癒せないようだ。
最早訓練場に行く必要すらなく自室で訓練が可能となると、最も安定し楽な姿勢が取れる寝室で最近は訓練を行っている。
ただ見た目が4人で乱交しているようにしか見えないのが問題だ。
しかも訓練後にそのまま実際に事に及ぶこともしばしばあったため、もはやフィアもグレースも呆れ返っている。
そのフォローの為に夜に頑張り、昼はまた訓練というルーティンをここ最近は過ごしていた。
おかげで部屋から出ることもなく、傍から見れば引きこもり勇者に見えただろう。
「もはや勇者様方にお願いするしかあるまい…」
サミュエル宰相は、もはや勇者の協力を得るための派閥の調整などといった悠長なことをしていられない現実にため息をつく。
もともと異世界から許可も得ず無理やり召喚した来た子供たちを、勇者の名のもとにダンジョン攻略に向かわせることが、勇者召喚の実態だ。
その後ろめたさをごまかすために、国王より上の地位だの名誉だのを与えてたに過ぎない。
スキルという強力な力を得たとはいえ子供に全てを押し付けて、自分たちは安全な場所で結果を待つだけ。
しかも今回は勇者を手駒として扱おうと考える者たちまで現れた。
サミュエル宰相は、このような状況で勇者に頼ることを恥ずかしく思い、可能な限り勇者にとってよりよい環境を提供できればと考えていたが、
帝国まで動いたとなると、もうその様な甘いことは言っていられない。
結局勇者に全てを押し付けることになり、手駒としようとしていた者と何ら変わりない己を嘆くのであった。
(せめてこちらから伺って、頭を下げるしかないか…)
これから勇者に頼む内容を考えると、ため息しか出ない。
派閥の意見をまとめると自身で言った事すら満足に達成できていないのにもかかわらず、命懸けでダンジョンを攻略するように頼まなければならないのだ。
土下座どころかこの首を差し出してでも、という悲痛な思いを胸に桂達に与えた部屋に向かう。
部屋を訪れるとグレースが出迎えてるが、桂達の姿は見えない。
訓練場かと思ったサミュエルだが、どうやら寝室に居たらしく身支度をしている様だ。
先にフィアーノ王女が現れ、桂達の準備ができるまでの時間の相手をしてくれる。
昼間から寝室に居ると聞き体調を心配すると、そんなことはなく元気であるという。
寝室で身支度が必要、つまりはそういうことかと桂達に呆れるサミュエルであった。
そして自分がハードワークで倒れそうなときに、何をやっているのかと苛立ちを覚える。
「すまない、急に来られたので慌てて準備していたんだ」
「いえ、先ぶれも無しに訪問した私のミスですので、お気になさらず。
しかし昼間からとは、お盛んな事ですな」
何事もなかったように現れた桂に対して、思わず皮肉を口にしてしまう。
「ん?あぁ何か誤解があるようだが、宰相の思っているようなことはしてなかったぞ
ここんところずっと訓練漬けの生活でな、着替えのついでに汗を流させてもらってたんだ」
「寝室で訓練ですと?私のようなものには勇者様方の訓練は理解できないようですな」
「まあ、信じてもらえないならそれでもいいけど。で、宰相自ら来るなんて何があったんだ?」
「大変申し訳ありません、もはや国内の派閥の調整などと言っていられる状態ではなくなりました。
至急勇者様方にはダンジョンの攻略を進めていただく必要があります」
サミュエル宰相は、オズボーン女侯爵がダンジョン攻略に動き民衆を味方につけたこと、
先ほど帝国から使者が来て、帝国内にダンジョンが発生したことに言いがかりをつけられていること、
隙あらば王国に攻め込もうとする帝国にそなえ、早急に国内のダンジョンを攻略しなければならないことなど、
桂達が部屋に引きこもっている間の状況を簡潔に伝えた。
「オズボーン女侯爵って聖を攫った奴だよな?じゃあ攻略には聖が使われている可能性が高そうだな」
「恐らく間違いないでしょう、一人派手な鎧を身に付けたものが攻略部隊に居たとの情報もありますから」
「じゃあひとまず聖は死んではいないということか。あんな奴でも殺されたとなると寝ざめが悪いからな」
「カツラ様達とは同郷の方、無事な事がわかったのはなによりですな
それよりもダンジョン攻略ですが、すでに手を付ける順もあらかた決まっております。
軍部と魔法省からも同行する人員も準備が完了しております」
「ああ、それは不要だから断っておいて。
それよりも現地にコアが破壊されたことを確認するための人を派遣するようにしてほしい」
「同行が不要ですと?しかし皆様のスキルは後衛向きのものばかり、皆様を守る盾役だけもお連れ頂かなければ」
「そうじゃなくて攻略には行かないから、同行は不要だってこと」
「つまり攻略への協力はできない、ということですかな?」
「攻略はやってみるけど、ダンジョンには行かないってこと」
「申し訳ないのですが、カツラ様が何を言っているのか私にはさぱっり…」
「攻略はここから行う。俺達勇者の力を合わせた超遠距離魔法を使ってね」
「な、なんですと!王宮からダンジョンまでの距離を超えてダンジョンを攻撃など…届いたとしてもコアの破壊など不可能でしょう…」
「うーん、その点はまだ試してないから出来るとは保証できないけど、まずはやらせてもらえないか?
最初の攻略地点を教えてくれたら、早速試してみるから」
「無駄になるとは思いますが、それで勇者様達の気が済むのなら仕方ないでしょう。
では後ほど王国の地図と、ダンジョンの攻略順の資料を用意させましょう」
「まあ、それが普通の反応だろうね。それでも試させてもらえるのはありがたい。
ではこちらも準備を進めるから、その資料を頼めるかな」
「畏まりました、すぐに用意いたしましょう」
サミュエル宰相は桂達の部屋を後にし、一旦宰相府に戻っていく。
桂の言うダンジョン攻略が成功するなどとは露程も思わず、引きこもり昼間から盛っている勇者たちに幻滅していた。
あのような愚かな者をかばっていることが情けなくなり、方針を切り替えることを決断する。
勇者たちに対する保護よりも、王国を優先する。
つまり、貴族派や軍部が推し進めようとしている、勇者を利用するという基本戦略にサミュエルの思いは舵を切ってしまった。
「ジン様?サミュエルはおそらく勇者様達が昼間から寝室で…そのぉ…致していたと誤解していたようですが…」
「傍から見たら同じようなもんだし、別にいいんじゃない?
それに皆に手を出してるのは間違いないんだしね」
「ジン様がそれで良いのならば、私がこれ以上口を出すことではないのでしょうが、誤解されたままというのは悔しいですわ」
「まあまあ、フィアが心配してくれてるのはうれしいけどね。
これからの攻略が上手くいきさえすれば、そんな誤解なんて問題にもならなくなるだろうし」
「それはそうですけれど…わかりました、ジン様のことは私がわかっていればいいのですわ
周りが何を思っても、私がしっかりジン様を信頼していれば大丈夫と思っておきます」
「あぁ~フィアまで抜け駆けぇ?」
フィアが自身の決意を新たにしているところに、風呂上がりの芹那達がやってきた。
「昼間はずっと訓練だから、フィアも寂しいのよね」
「私たちはずっと仁君と一緒だからねえ、ちょと悪い気はしてるんだよ」
「いえ、さすがに大事な訓練ということは理解していますわ。
ただ寂しいというのはそのとおりですけども」
「だよねぇ、今夜はフィアとグレースに譲ろうかぁ?
私たちは昼間ずっといちゃいちゃしてるようなもんだしぃ」
「訓練だけど、さっき宰相が来てとっとと攻略してほしいって言ってきたんだ。
だからこの後早速本番になりそうなんだ。折角汗を流してもらったけどもうひと頑張り頼めるかな?」
「仁君の頼みなら喜んでやらしてもらうよ」
「だよねぇ、やることってベッドで仁に抱き着いてるだけみたいなもんだしぃ」
「でも本番なら、頑張らないとね」
「穂乃華が"本番"っていうと、なんかいやらしぃねぇ」
「ちょっと芹那、私が言うとってどういうことよ?」
「そういうこと?」
「もう!世奈ちゃんまで!」
「ははは、まあなんにせよこの後よろしく頼むよ」
俺達は特に緊張することもなく和やかな雰囲気で、サミュエル宰相の帰りを待つのだった。




