第19話 捕縛
マシューが王太子のもとを訪れようとしていた時に、フィアーノ王女の指示のもと、
近衛騎士たちが魔法省に向っていた。
魔法省の捜索とマシューの捕縛が、桂から直接依頼されたことにフィアーノ王女は舞い上がっていた。
これまで桂の為に直接何かしてあげる事のできなかった王女にとって、今回の依頼は何としても成功させて桂に褒めてもらおうと考えていた。
既に何度も身体を重ね、身も心も桂のものであると感じている王女にとって、桂から褒めてもらうことは何事にも代えがたい喜びだったのだ。
魔法省に向けて王宮内を歩くフィアーノ王女と近衛騎士団、その威容に時たま通りがかる者は驚きに眼を見張るのであった。
「改めて確認しておきます。目標の第一はマシューの確保。これは殺してはいけません。後で勇者様が尋問されるため話が出来る程度には生かしておきなさい。
次にコアの確保。これは提供に逆らうのがマシューだけのようですので、マシューの確保が成功すれば魔法省に提供させることが出来るはずです」
「はっ!ご命令了解いたしました。
出来れば王女殿下には自室か勇者様のもとでお待ち頂きたいのですが、もちろん我々が護衛いたしますが魔法を使われると万が一があり得ます。
ここは我々にお任せいただくことはできませんでしょうか」
「そうですわね、私の護衛の為に騎士を割くのは非効率でしょう。
勇者様からのお願いで私も舞い上がっていたようですわ、ここからは貴方たちにお任せしますので、よろしく頼みます」
「お聞き届けいただき、ありがとうございます。では2名ほどお供させますので、こちらはおまかせください」
そう言って、王女が戻ろうとした時であった。
魔法省に向かう通路の角から、確保対象のマシューが姿を現したのだった。
もちろんマシューは自身を捕らえるために近衛が動いたなど知る由もない。
ただ、普段は表に出ることのない近衛騎士団が王女と共に王宮内を移動していることに驚くだけであった。
「あらマシュー、どちらに行かれるのかしら?」
フィアーノ王女はまさに獲物が目の前に無防備に表れたことに己の幸運を喜んだが、その様なことはおくびにも出さず世間話でもするかのようにマシューに声をかける。
「これは王女殿下、近衛騎士団を連れて歩くなど何事ですかな?
私はこれより王太子殿下のご機嫌伺に向おうとしているところです」
「ステファンの所にね、あの引きこもっていた子を連れ出してくれた貴方には感謝しているのよ」
フィアーノ王女がマシューと話をしている隙に、近衛騎士たちは自然な動きでマシューをそれとなく包囲していく。
そして、マシューがそのことに気が付いたときにはもう包囲網は完成していた。
「王女殿下、これはいったいどういうおつもりですかな?」
「見たままよマシュー、貴方を勇者様への叛意ありとして私の名において捕縛します!やりなさい」
フィアーノ王女が声をかけると流れるように騎士が動き、マシューは一切逆らうことも出来ないまま身柄を確保された。
事前に打ち合わされていたのか、両手両足を縛りあげるだけでなく、猿轡も噛まされて呪文の詠唱が出来ないようにされている。
口がきけなくても無詠唱であれば魔法は利用できるのだが、その対策として魔法を使えなくする魔道具が存在する。
"隷属の首輪"と似たような見かけではあるが、魔力の利用を禁止する"封魔の首輪"と呼ばれるものだ。
その範囲は局所的で、あくまでも対象個人に対してのみ効果を発揮するものだが、今回の場合はそれで充分であった。
"封魔の首輪"を付けられた上に、猿轡も噛まされ、全身を縛り上げられたマシューは、もはや抵抗する気も失せていた。
まさかこのタイミングで己を捕まえるなどとは、思いもよらなかったのだ。
その意味では桂達の作戦は見事に成功したと言えるだろう。
魔法省に行くまでもなくその目的の大半を成し遂げたため、一旦マシューを連れて引き返すことにした。
マシューさえ確保できれば、コアの提供自体は命令ひとつで対応できるはずだ。
フィアーノ王女は、桂が気にしていたマシューの企みとやらを早く自白させ、桂に褒めてもらいたいのだ。
「第一の目的は完了出来たわね。もう一つは指示を送れば向こうから持ってきてくれるでしょうから、
この後は、皆にはマシューの徹底的な調査をお願いするわ」
「はっ!了解いたしました。
近衛の詰め所に戻り次第、こやつの持ち物の調査から尋問まで、徹底的に実施いたします」
近衛騎士たちも王女の命とはいえ王宮内での捕り物は正直避けたかった。
完全装備の彼らは何もしなくても十分に威圧的である。その彼らが剣を抜き戦う姿は極力見せたくはないのだ。
それは戦力の露呈という意味ではなく、単純に味方から恐怖されることを恐れたためだ。
王族の護衛という役目は、他の王宮に勤める者からは安心されるべき存在として見られるべきであると考えているためである。
その近衛騎士が持ち物の調査と言ったときに、明らかにマシューの顔色が変わったのを王女は見逃さなかった。
「なにやら持ち物を探られるのを心配しているようね。
途中で破棄や隠蔽されないよう、しっかり監視しながら連行してくださいね。
それから、決して自死させないよう常に監視を怠らないように」
「はっ!了解いたしました」
王女の指摘にマシューの顔色はさらに悪くなるが、そのこと自体がすでに自白しているようなものであるとマシューは理解できていないようだ。
身動きが一切出来ないように縛り上げられ、魔法も封じられたマシューにはもはや何一つすることが出来ない。
袂に隠した王太子に飲ませる予定の小瓶の中身が明らかになれば、その時がマシューの最後になる。
王族に対する薬物の投与など、絶対に言い逃れが出来ない罪であり、その罰は処刑以外ありえないのだ。
小瓶を持ち出したことを後悔しながらも、マシューは己の未来を想像し絶望の底に落ちていくのだった。
マシューが捕らえられたことで魔法省に衝撃はあったが、マシューは研究と称してほとんどの時間を研究室に引きこもっていいたため、捕縛による影響は皆無であった。
さらにマシューの研究内容については誰も把握しておらず、その研究が中断されても誰も気が付かない程度のものであった。
ただ、マシューの研究室が魔法で隠蔽されているようで、すぐには見つけることが出来ずにいた。
これもマシューの尋問により解決できる見込みではあるが、問題は魔法省が保持するコアのほとんどをマシューが己の研究室に持ち込んでいたことだった。
勇者からのコアの提供依頼である。当然優先度の高い対応が求められるが、マシューも研究室の場所を吐けば処刑されると思ってかなかなか口を割らない。
桂がマシューと話したいと言ったのは、その様な時期であった。
フィアーノ王女がマシューの捕縛成功を、全身で褒めてくれと言わんばかりにアピールしながら桂に報告すると、
周りからはにやにやと笑われつつも頭を撫でられて、王女は顔を赤くしクネクネと悶えたのであった。
王太子の件は薬の成分の分析を急がせておりその結果が待たれるが、王太子に対して怪しい薬を投与したというその一点だけで、
マシューの極刑は確定していた。
桂としてはマシューが生きているうちに色々と聞いておきたいことがあり、王女に面会の依頼を行ったのだ。
近衛騎士団詰め所にある地下監獄、王族に対する罪を犯した者のために用意された王国内で最も監視が厳しい牢獄である。
本来は王族と定められた近衛騎士以外は入ることはできないのだが、勇者である桂は特別扱いのようだ。
フィアーノ王女からは、マシューは反抗的ではないが素直でもなく、尋問に苦労していると聞いていた桂は、
気合いを入れて牢獄に向かっていた。
「久しぶりとでも言えばいいのかな?あんたがマシューかそんな顔してたんだな、前はフードで隠してたからな」
「勇者の小僧か、もはや儂は殺されるのを待つだけの身だ。こんな老いぼれに今更用は無いだろうに」
「いやいや、いくつかあんたに聞きたいことがある。
まずはコアの件だな。あんたコアを使って何をしようとしてたんだ?」
「ふっ、あれだけの物の価値を分かっておらんようだな。
コアとは魔王の眼、つまり魔王の一部ということも出来るものじゃ。それだけでもどれだけの力があるか想像できそうなもんじゃろ
しかもダンジョンを形成しているのはこのコアの力によるもの、あの小さな玉にどれだけの力があると思っておる?」
「ああ、そう言うのいいから、別に俺は研究者じゃないし」
「ふっ、話甲斐のない小僧だ。まあいい、一言でいうなればあれは魔力の運用と膨大な魔力の蓄積を兼ねたものなのじゃ
通常ではありえないほどの魔力を蓄積し、その魔力をダンジョンの維持のために運用しておる。
さらに魔力を吸収することも出来るようなのじゃが、そこまでは研究が及んでおらん。
そもそもわしの研究は、魔王の討伐。それを可能にする力の研究じゃ。
魔法の威力は、魔力量と術者の魔力制御によって決まるのは知っておろう。
これにコアを使うことでその蓄積された魔力を使い、その魔力制御を術者の代わりに行わせることで非常に強力な形で魔法を使うことが出来るのじゃ。
儂のような一般の魔法使いですら、勇者の魔法に近い威力を出すことが出来た。
では、これを勇者に使わせればどうなると思う?
くっくっくっ、全てはそう言う事じゃ、小僧ならこれで理解しただろう」
「なるほどな、大体は理解できたよ。
それから、ステータスを確認したときに穂乃華たちにかけた怪しい術の解除法を教えろ」
「もはや勇者を儂の手駒にすることも叶うまいから、教えてやろう。
小僧たちなら簡単な事じゃ、"聖女"の使う"聖女の加護"あれを使えば術は解除されるだろう。
そもそもあの術は儂の命令に従わせるものじゃ、儂が死ねば術などあってもなくても変わらんわ」
「そうか、あっさり教えてくれたな。ありがとうな。
ひとまずこれで聞きたかったことは聞けたんだが、あんたの研究で少し気になる点があったのでそれも教えてくれ。
あんたいつからこの研究を始めたんだ?」
「なんだそんなことか、二十年以上は経つじゃろうかな。儂が魔法省に入って初めてのダンジョン攻略の後、
持ち帰った魔王の眼に魅入られたように始めたのが最初であったわ」
「やはりな…あんた自分のステータスって見ることはあるのか?」
「何を言っておる?儂らのような一般人は、そもそもステータスの儀の時にその内容を確認すればそれ以降確認するようなことはしないもんじゃ。
スキルが成長することなど一般人にはあり得んからな」
「じゃあ、今ここで確認してみてくれ、たいした手間でもないだろ?」
「ふんっ、何を考えておるのじゃ小僧?まあ良い、話に乗ってやろうではないか…ステータス」
マシューは桂の指示通りに己のステータスを何十年ぶりかで確認してみた。
そして、桂の言いたいことを理解したのだった。
"闇の種子":闇の力に染まりし者。
「おぬし、何をどこまで知っておるのじゃ?」
「何のことだ?あんたの話を聞いて、なんか妙な気がしたんで確認してもらっただけだぞ。
で、何が書いてあったんだ?」
「これが"大賢者"なのか、魔法に特化したスキルとばかり思っていたが、こんな化け物相手では儂如きでは相手にならんかったということか…」
「だから、何が書いてあったか説明しろよ」
マシューはステータスにかかれている内容を説明するが、その具体的な内容については書かれていないため、
このスキルの効果についてはうまく説明できない。
「ふうん、ここで"闇"が出てくるのか…
やっぱり魔王の眼ってぐらいのものだ、やばいもんなんだなぁ」
「小僧、いや、大賢者殿。"闇"とはいったい何なんじゃ?」
「その言い方は止めてくれるかな。さっきまでは小僧扱いだったのに急に手のひらを返されると気味が悪い。
まあ説明するのは構わないんだけど、今は止めておこう」
「何故じゃ、儂ももうそう長くは生かされることはない。
後生と思って教えてくれんか?」
「あのな?そのスキルって結構やばそうな気がするんだよ。
一度"聖女の加護"を試してみたいんだ、それでそのスキルが消えたら話してやるよ」
「ふうむ、それ程のスキルなのかこれは。わかったそういう事であれば仕方がないの」
こうして、その日の二人の面会は終わったのだった。
桂は聞いていたマシューの尋問にてこずっているという話とは異なり、色々と素直に教えてくれたことに疑問を持ちつつも、
マシューから聞き出した話が予想通り面倒な内容なため、その対応に気が取られるのであった。
そして、その晩のことである。
近衛騎士団詰め所にある地下監獄で眠るマシューのもとに忍び寄る影があった。
それはまさに影であり、黒いしみのようなモノがマシューのもとに向かって音もなく動いているのだ。
地下で一人眠るマシュー。監視のための騎士はいるが、当然同じ部屋にはおらず鉄格子越しにマシューの様子を見ているだけである。
明かりの少ない地下の部屋、当然あちこちに影があるため"それ"の接近に気づくことはなかった。
マシューのもとにたどり着いた"それ"は一瞬でマシューの身体全体を覆うが、すぐにマシューの身体に吸い込まれるように消えて行った。
監視していた騎士も、一瞬マシューが黒い影に覆われたのを見たが、すぐに何事もなかったように見えたために、明かりのちらつきか見間違えと思ってしまった。
そして何事もなかったかのように地下監獄の夜は更けていく。




