第13話 女侯爵
あの日から数日、俺はずっと地下に監禁され訓練という名の拷問を受けている。地下にやってくるのはむさい騎士ばかりで、ホノカやセリナはなぜか顔を出さない。きっと桂の糞野郎が手をまわしているに違いないんだ、糞雑魚で正面からでは俺にかなう訳もないからこんな雑魚に似合いの嫌がらせをしてくるんだろう。
カズキもあの日捕まってからどうなったのかわからない。あいつは馬鹿だが身体だけは丈夫だし、ほっといても何とかしてるんだろうが。
それより王女だ。あれはもう俺の女のはずなのに顔も出しやがらない。聖なる勇者である俺に対してここまでのことをしてくれたんだ、あの女今度会ったら無茶苦茶にしてやる。泣き叫んで許しを乞うて来ても、俺の気が済むまでは許すつもりはないから覚悟しておけよ――
――聖はこれまで親に甘やかされ、思う通りに行かないことはなかった。何かやらかしても親が金で解決していたため、自制心というものはほとんど育っていない。そんな聖なので、召喚後の暮らしは酷いストレスでいつも助けてくれる両親もおらず、その心の中はどす黒い渦が日々大きく育っているのだった。
そして今日もまたあのむさい騎士どもがやってくる。
「おい、起きろ。今日も訓練を始めるぞ」
「ちっ、煩い。俺は聖なる勇者だぞ、いい加減俺に対してそのぞんざいな口の利き方を改めろ!」
「はぁ、まだ勇者のつもりなのかこいつは。陛下が貴様の勇者資格は正式に剥奪したと連絡を頂いたと何度も伝えてるよな。貴様はただの犯罪者でしかない。スキルが有効なためにこうやって生かされているんだ」
「俺が何をしたというんだ、聖なる勇者である俺を冤罪で嵌めるとは神をも恐れぬ行為と知れ!」
「隊長、こいつもう頭がやられてるんじゃないですか? こいつと話してると、こっちまでおかしくなりそうですよ」
「同感だな、だが魔王に対してこいつの持つスキルだけは有効と判断されているんだ、何とか使えるようにする必要がある」
「じゃあ、隷属させちゃいませんか? 宰相閣下もあまりにも反抗的であれば許可するって仰ってましたよね」
「ふむ、致し方ないか。腐っても元勇者様に対しては使いたくはなかったのだが……」
「しばらく待っていろ。貴様が従順でないのであればこれ以上の訓練は時間の無駄になる。別の方法を用意するので、そこで反省でもしているがいい」
隊長と呼ばれた騎士はそう言うと、一旦聖の前から姿を消す。
「馬鹿どもが、準備ひとつ満足にできない無能のくせに、俺に偉そうな口をきくな!」
聖の呪詛が地下に響き渡るが、それを聞くものは誰もいなかった。
「宰相閣下、地下の元勇者に対して"隷属の首輪"の使用許可を頂きにまいりました」
地下から上がった隊長は、その足で宰相の執務室に向かった。"隷属の首輪"とは、本来奴隷が主を裏切らないようにするために開発されたもので、付けられた側は主の命令に逆らうことが出来なくなるという、非人道的なものである。過去"隷属の首輪"により多くの騎士を奴隷化した貴族が反乱を起こし、多くの貴族が取りつぶされたことがあり、現在では、全て国で管理され許可が無く使用したことが発覚すれば極刑とするほど徹底した管理が行われている。
「あれを利用しなければならないほどの状況と判断したのだな」
「はっ、これまで元勇者に対し訓練を行おうとしておりましたが、一切の指示を無視しており、強制的に訓練を行わせるも、こちらに対する敵意を募らせるばかりで、全く訓練が進んでおりません」
「ふぅ、そこまで酷いのか。カツラ様達は訓練に積極的に参加いただいているというのに、同じ勇者でもこうも違いがあるものなのだな。わかった、"隷属の首輪"の利用を許可する。時間がないのだ、なるべく早く使い物になるように仕上げてくれ」
「ありがとうございます。これで訓練も順調に行えるはずですので、良い結果を出来るだけ早くお見せできるように致します」
宰相の許可証を受け取った隊長は、管理倉庫に厳重に保管されている"隷属の首輪"を受け取りに早々に退室する。
「あら、軍部の騎士がなぜこのようなところに居るのかしら?」
隊長が管理倉庫に向かう途中、侍女を数人引き連れた派手に着飾った女貴族に声をかけられた。年齢は30前後であろうか、非常に美しい顔立ちではあるが人を見下すような目が全てを台無しにしている。「これはオズボーン女侯爵閣下。現在宰相閣下の命により動いております」
隊長は面倒な奴に捕まったという内心は表に出さず、簡潔にオズボーンと呼ばれた女侯爵に返答する。
ファティマ・オズボーン女侯爵は、王国内の貴族において非常に力のあるオズボーン家の現当主である。もともと長女として家を継ぎ、婿を取ってはいるのだがその婿が見栄えのいい若い男が選ばれ、一年もしないうちに謎の死を遂げることを繰り返しており、すでに10人以上もの婿を取っているといわれている女怪である。
「サミュエル宰相が軍部に命令などと、珍しいことね。もう少し詳しく教えていただけるかしら?」
「申し訳ございません、外部に命令の内容を漏らすことは禁じられておりますゆえ」
「あら、そんなつれないこと言わないで。あなたにも家族がいるんでしょ?」
ファティマは引き連れた侍女の一人に眼を向けると、侍女はファティマに耳打ちする。
「あら、最近結婚したばかりなのね隊長さんは。可愛い奥さんには無事に幸せに暮らして欲しいでしょ?」
「オズボーン女侯爵閣下、それはどういうおつもりのお言葉でしょう?」
「まあ怖い、特に深い意味はないわよ。そうそう、どういう訳か私に嫌がらせをする方のお身内に不幸が最近続いてはいますけどね、ふふふ」
「くっ、本件は外部に漏らすことを禁じられておりますので、ご容赦いただけませんでしょうか」
「あらあら、無理にというつもりもありませんわ。隊長さんが自ら話してくれると嬉しいと思っただけですのよ。そうそう、最近強盗が王都にも現れているそうね。この間も家で留守番している奥さんが被害にあったとか。ひどく乱暴された後に殺されたと聞いていますわ、恐ろしいことですわね」
ファティマのまるで世間話でもするかのような軽い口調と、その口から語られる遠回しな恐喝。この女侯爵にとって市井の女一人の命など、それこそ世間話のついでのように刈り取っても、そよ風が吹いた程度にしか感じないのであろう。
ファティマの本性を覗き見た隊長は、ファティマに膝を屈した。この女侯爵に逆らって無事でいられたものはいないという噂は聞いていた。そのうえ、自分のような身分の低いものまで調べ上げている情報収集能力が噂の現実味を増し、酷く恐ろしいものに見えたのだ。何より新婚の妻の身に何かあるなど、考えただけで気が狂いそうになる。
「あらあら、もう勇者は召喚されていたのね。出来の悪い一人が地下で別に訓練しているなんて、サミュエルもちゃんと管理しておかないといけないわよねぇ。それとも、サミュエルの手に余るような状況なのかしら? うふふ、色々楽しそうなことになりそうね」
「オズボーン女侯爵閣下、出来ればこのことは内密にお願いいたします」
「もちろんよ、こんな面白いことわざわざ他人に教えてあげるつもりなんてないわ、安心しなさい」
ファティマは全く安心できないようなセリフを告げると、その場を立ち去った。
「ふぅ、噂以上に恐ろしい人だな……」
隊長は一気に老けたような気がしながらも、聖の訓練のために急ぐのであった。
*
「貴様ら! 俺に何をするつもりだ! その手を放せ、くそっ!」
その後隊長は"隷属の首輪"を無事に手に入れ、聖のもとに向かった。オズボーン女侯爵に話が漏れた以上、早急に仕事を終わらせる必要を感じたのだ。いつも通り暴れる聖を部下に抑えつけさせて、まさに今首輪をはめようとしている時だった。
「お待ちなさい!」
背後に大勢の騎士を引き連れ、オズボーン女侯爵がそこに現れたのだ。どこからこれだけの騎士を集めたのか、さらにどうやってここまでそれだけの騎士を連れて入ってこれたのか、隊長の頭は混乱するが、今はこの予期せぬ乱入者への対処が優先と切り替える。
「オズボーン女侯爵閣下、これはどういったおつもりか!
王宮内にそれだけの騎士を連れてくるなど、反乱と疑われても仕方のない状況ですぞ!」
「あらあら、怖い怖い。これはたまたま私が王宮を歩いていたら、たまたま地下のここで勇者様に酷いことをしようとしている話を漏れ聞いて、たまたま、近くに居た騎士たちが私の言葉に耳を傾けてくれただけよ。そんな反乱なんて言われたら、私驚いて倒れてしまいますわ」
「そのような説明で、誰が信用できるとお思いか。これは宰相閣下のもと、正式なご命令にて動いているものです。たとえ女侯爵閣下といえどもその邪魔をすることは許されませんぞ」
「あらあら、怖い隊長さんね。女性にはもっと優しくするものよ。それにサミュエル如きが勇者様に対してこのようなひどい扱いをして許されるとお思い? 勇者様は魔王に抗える唯一のお方、たかが宰相の命令でどうこうして良いものではないのよ。お前たち、勇者様を早くお助けしなさい!」
「「「はっ!」」」
ファティマの命のもと背後に居た騎士たちが一斉に聖の開放に向かって動き出す。これには聖を抑えつけていた者たちも慌てて対応せざるを得ない。もともとさほど広いとは言えない地下の空間である。双方合わせ20名以上の騎士がもみ合いになれば、最早敵味方の判別すら困難な状況である。
隊長も周りを騎士達に埋め尽くされ、身動きが取れなくなってしまう。さすがに剣を抜くことは同じ王国の騎士同士でもあり憚られてしまい、それがさらに混乱に拍車をかけていた。最初から切り倒しさえすれば、少なくともこのような密集が続くことはなかっただろうが、すでに手遅れである。
「一旦下がって陣形を整えろ、このままでは埒があかん!」
隊長の命令も、多くの騎士が押し合う状況ではなかなか遂行できない。それでも敵味方を引きはがすようにして、なんとか密集を崩すことに成功した。だが、その時隊長は愕然とする。
聖と、"隷属の首輪"が姿を消していたのだ。そしてオズボーン女侯爵の姿も――
「うふふ、うまくいったわね。それは先に屋敷に持って帰っておいてね。元とは言え勇者様らしいから丁重にね、うふふ」
いつの間にか地下から姿を消していたファティマは、既に王宮から離れ王都内の侯爵邸でくつろいでいた。
「やっぱり持つべきものは優秀な部下よね。貴方たち、帰ったらご褒美を上げるわ、楽しみにしてなさい」
ファティマの後ろに控えるローブに包まれた男たち、何人かはひどく疲れた様子で立っているのも辛そうである。
「じゃあ、もう王都には用はないわね。早く帰りたいけど準備はいつできそう?」
「本日魔力を使い過ぎましたので、早くとも明日になってしまいます、申し訳ございません」
「あらあら、仕方ないわね。もっと役に立てるように励みなさい。それじゃあ明日までに、首輪の方も調べて使えるようにしておきなさいね」
「はっ、申し訳ございませんでした。調査の方はすぐにかからせていただきます」
*
「なんだと、勇者がさらわれたというのか?!」
「はっ、申し訳ございません。オズボーン女侯爵閣下が突然多くの騎士を連れて現れ、地下の狭い空間であるため混乱を極めていた最中、気が付けば元勇者と"隷属の首輪"が消えておりました」
「なんということだ……あの女怪めやってくれたわ。姿を見たのがお前たちだけであれば、しらを切りとおすつもりなのだろう。侯爵の地位を乱用して好き勝手にこれまでもやってきおったからな」
「しかしこう言っては何ですが、あの元勇者を攫ってどうするつもりでしょう?
拗ねた子供のように何一つまともに出来ない者など何の役にも立たないかと」
「そのための"隷属の首輪"だろう。あれは腐っても勇者だ、使いようによっては国が傾くぞ」
「では、侯爵領に兵を向けるのでしょうか?」
「それは悪手だ、奴は"転移"持ちの魔法使いを子飼いにしていると聞くが表には出しておらん。勇者を攫ったときも自領に居たと言って、全て突っぱねるつもりだろう。それに奴はかなりの数の貴族の支持を得ている、そこに証拠も不十分な状態で兵を向けてみろ、一気に内乱になるぞ」
「そんなことがあり得るのですか?ダンジョン攻略に向けて団結すべきこの状況でそのようなことが起こるとは……」
「それをするのがあの女怪であり、無能な貴族なのだ。国や民のことなど全く考えず、己の私腹を肥やすことのみにしか動かん。あの女怪もそこまで深くは考えていないだろう、ただ面白いおもちゃを手に入れたぐらいにしか思っていないはずだ」
「では、このまま放置するのでしょうか?」
「いや、まずは陛下には報告し、その判断を仰ぐことになるだろうな。こんなことになるなら、あの元勇者などさっさと首を刎ねておけば良かったな」
サミュエルのつぶやきに対して、隊長はどう返せば良いかわからなかった。
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