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滋丘透の魔術奇譚  作者: 安住ひさ
4章 クロエの神隠し
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4章 クロエの神隠し⑤

「何で、貴方が」

「そらお嬢ちゃん、貴方が誰かはんに手招きされたように、私も誘われたさかい、ここにいるんや。何も不思議やないやろ」

 透は身構えるが、六条院は笑う。

「ああ、やめいや。今日はそんな気分やない」

「どういうつもり?」

「どういうつもりも何もあらへん。今はあのけったいなもん叩こうって思うてるだけや」

 六条院はイツキを襲っている醜悪なその生き物を指さして言った。

「ええやろ? あんさんかて、あれに迷惑しとるんやろし」

「……好きにしなさい」

「ええ、好きにさせてもらいます」

「紅葉、って言ったっけ」

 歩を進めようとした六条院は立ち止まる。

「何や?」

「あの、さっきはありがとう」

「ああ、どういたしまして。ま、無闇に人死ぬんはおもろないからね」

 そう言うと六条院は跳躍し、薙刀を以て自分より遥かに大きい化物へと斬り掛かった。


「下が混乱してきたわね」

「元からそのつもりだっただろう」

「そうね。あの無辜(むこ)の学生達は予想外だったけど」

 ふと、クロエが塔屋から屋上の一角を見下ろす。

「いつからそこにいたの?」

「さっきよ、可愛らしいお嬢さん」

 そこに立っていたのは、月隈姫子であった。姫子は抜いた刀を握ったまま塔屋の上の二人を見上げた。

「この異界化は貴方達の仕業かしら」

「ええ、そうだけど」

「そう、いい趣味してるわね。お嬢さん」

 姫子が下を見下ろしながら言うと、クロエは眉を(ひそ)める。

「止めて頂戴。私にあんなグロテスクを愛でる趣味なんかないわよ」

「じゃあ誰の仕業なのかしら」

「さあね、大方怨霊とかの仕業でしょ。詳しくはあの不出来な式神に聞けばいいじゃない」

「口が利けなさそうだけど」

「そんな事を私に訊かれても困るわ」

「それもそうね。ではあれは一先ず置いておきましょう。それで、貴方達の目的は何?」

「調査と漁夫の利」

「調査と、漁夫の利?」

 表情を変えず、オウム返しに姫子は尋ねる。

「ええそうよ。後は自分で考えなさいな」

「そう。分かったわ」

 姫子は跳躍する。

 刹那、姫子の放ったその切っ先は法水とクロエの寸前にあった。

 しかし、姫子の握っていた刀は虚しく空を突いた。

 姫子は振り返ると、宙を跳んでいるクロエと彼女に掴まれた法水がいた。

「横着しないの。今度は助けてあげないわよ」

「それは困る。じゃあ、僕も頑張らないと」

「そうして頂戴。サポートはしてあげる」

 クロエと法水は着地する。姫子は既に刀を構えていて、着地地点目掛けて刺突を試みた。

 およそ人の身とは思えない、音速の如き速さ。生身の人間であれば、如何に達人と呼ばれる者でもそれは胸に深々と突き刺さっていたであろう。

 しかし、それは直線からほぼ直角に軌道をずらされていた。

 ずらしたのは法水が持っていた、何処からか取り出したサーベル。彼は刀を横に払う事でその刺突を防いでいた。

 姫子は即座に後ろに退いて刀を構え直した。一方の法水の方は刀を左手に握ったままではあったが特に構える姿勢も見せず、平常時と同じ様にそこに立っていた。

「私はここの維持と探査に忙しいから、自分で何とかなさいな」

 クロエは法水に告げた。

「本当かな、それ」

「あら、サポートは必要ないかしら。()()()()()()()その(むすめ)を何とか出来るなら別にいいけど」

「ごめんよ、さっきのは冗談だ。サポートは切らないでくれ」

「反省したならよろしい。京一郎、そんな貴方に少しだけアドバイス。そいつは神憑き。加護は単純に身体の増強、平たく言えばドーピング、でも規格外。仮にドーピングが許される世の中になっても許されないレベルのドーピング」

「成程ね。神様ってのはつくづく凄いね」

「そうよ、凄いのよ。だから私の事ももっと崇めなさい」

「これが終わったらね」

 姫子から目を離さずに、法水は隣の少女に微笑む。

「どうしたんだい? さっきから構えたまま動かないみたいだけど、様子見かい?」

 法水の問いに、しかし姫子は答えない。

 少しの間、時が流れた。下から微かに争いの音が環境音となって届く以外には何も音がなかった。動きがないのに業を煮やしたのか、クロエがふわりと跳躍し、緩やかな放物線を描いて塔屋へと降り立った。

 それが事実上の膠着状態に陥っていた二人への合図となった。お互いに踏み出し、刀身同士が互いに火花を散らす。それまでとはまるで打って変わって、屋上は静音というものを許さないかの如き剣戟が響き合う演舞台となった。

 クロエはその様子を少し眺めた後、興味が無い様に手元に浮いた本へと意識を移した。


 イツキは石ころを拾い、手に魔力を込めコインを投げ付ける要領で化物の体にそれを何度も打ち込んだ。それに当たった部分はその度に弾け飛ぶが、間もなく再生しては何度もイツキに鎌を振り下ろし、口から毒の様な物を吐き、そして手の形をした足でイツキを叩きつけようとした。

「慣れないね、こういう手合は」

 イツキは引っ切り無しに繰り出される攻撃を躱しながらぽつりと(こぼ)した。

 ふいに、視界の端に火炎が巻き起こる。イツキが見やると、そこにいたのは六条院であった。六条院はイツキの方を向いて何かを言っていた。イツキはその唇の動きを凝視する。

 ――ちょっとだけこれの動き止めてくれへんか?

 イツキは六条院がいる事への疑問を一旦脇に置き、六条院に分かる様に大きく頷いた。

 六条院は化物から距離を置き、薙刀を縦に持ったまま、目を閉じて瞑想を始めた。

 無防備な六条院から気を逸らすため、イツキは先程にも増して攻撃の手数を増やす。

「だいじょ、ぶ、よね?」

 女生徒が恐る恐る、唇を震わせながら言った。まだ顔に怯えの色はあるが、先程と比べてだいぶ落ち着いていた。

「ええ、大丈夫。必ず、ここから助け出してみせるから」

 透も不安だったが、女生徒を不安がらせないよう、はっきりとした口調で告げた。

「土門君は、ってか今更だけど落ち着いてるね」

「そうでもない。何とか冷静そうに装ってるだけだ」

 それでも並の胆力ではないだろうと透は思った。

「それにしても」 

 暑い。透はふと上を見上げて、一瞬時が止まってしまったかの様に唖然(あぜん)とする。

 グラウンドの上空を黄金色に輝く花吹雪か、あるいは葉吹雪が楽しそうに舞っていた。そしてそれが、いつの間にか宙に大きく飛び上がった六条院の薙刀を発生源としている事を透は間もなく理解した。

 六条院は下へと向かって加速を続け、その薙刀を化物の脳天と思しき箇所へと振るった。

 突如、化物の頭を中心として大きな爆風が巻き起こった。校舎の窓は瞬く間に割れてしまい、透もその風圧に耐えきれずに転がってしまった。

 体勢を立て直し、土門と女性徒を見る。二人はしゃがんでいたためか無事であった。

「もう、少しは遠慮しなさいよ」

 そう透は愚痴(ぐち)りながらその化物の方を向いた。ぐったりと項垂れた化物の頭にいた六条院は、何食わぬ顔で下の化物を見下ろしている。

 イツキは、少し化物から離れた所で立っていた。依然、化物から目を離してはいないが、警戒の色を薄め、ほっと安堵(あんど)の息を漏らしていた。

 透もそこに尻餅をつき、軽いため息をついてからはっと気付いた。

「そうだ、屋上」

 何も解決していないという事に透は気付いて立ち上がった。屋上へと向かおうとすると、ふと誰かが中庭に消えていくのが見えた。

「制服……まだ誰かいるの?」

 保護しなければ。透は足を踏み出そうとして、ふと振り返る。土門と女生徒をこのまま放っておくわけにはいかない。

「イツキ」

 透は念話(テレパシー)で語りかけた。

『承知しています。ここはお任せを』

「ありがとう」

 憂いの消えた透は駆け出した。校舎の脇を過ぎ、中庭に入る。

 噴水のある中庭の中心辺り。その傍らに人影があった。

 人影は女の子であり、服装からして朝比奈高校の女生徒だという事はすぐに分かった。きょろきょろと辺りを見回しており、どちらに行くべきか迷っている風に透には映った。

「待って、そこの人!」

 透は大声で言うと、女生徒は透の方を振り向いた。その顔は怯え切っていた。無理もない、と透は思う。突如こんな訳の分からない空間の中にいたら気が気でないだろう。

「安心して」

 良かった。ほっと透が安堵の息を漏らした時だった。

 目の前の女生徒は、力なくその場に倒れ込んだ。

 透は一瞬だけ、我が目を疑った。そうして理解した。

 目の前に骸骨の武者がいる事を。

 その刀は赤い液体で濡れている。

「な、何で……」

 透はわなわなと体を震わせる。そして、抑えきれなくなった様に口を開いた。

「巫山戯るなああああ!」

 透は我を忘れて叫んでいた。自分でも驚くような手際の良さでフェイク・ファミリヤを投擲する。

 それは再び刀を振り上げようとした骸骨を粉々に砕いた。

 透は全身が汗でびっしょりになっているのも構わず横向きに倒れている女生徒の元へと向かう。女生徒は右胸の辺りを刺されているらしく、その部分から血が静かに流れていた。

「しっかりして! ねえ!」

 透が女生徒に呼びかけると、女生徒は呻きを上げる。しかし、返事が返ってこない事からどうやら気絶しているらしい事が分かった。

 ふいに女生徒は横向きから仰向けへと体勢を変える。そして、さっきまで隠れていた顔が明らかになった。

「里中、さん……」

 透は思わず呟いた。それは透の知っている同級生だった。透は少しの間固まってしまっていたが、間もなく我に返って自分の上着に手をかける。

「何とかしないと」

 透は急いで自分の上着を脱いで、里中の体に巻いて止血を行う。続いて、透は刺傷部位に手を翳す。すると、透の掌から青緑色の淡い光が漏れ出した。魔力を注ぎ込む事によって細胞の活動を活性化させ、傷口を塞ぐのを目的とした治癒法。気休め程度にしかならないが、やらないよりはましだと透は魔力を注ぎ続ける

 一旦の応急措置を終え、透は少しだけ深呼吸をする。

 落ち着け。これをすぐに解決して、救急車を呼べば何てことはない筈だ。彼女は助かる。

 少しだけ安心した後、透は項垂れる。

 巻き込んでしまった。その事実は透の心に重くのしかかった。

「やめてよ。何で関係ない子がこんな仕打ち受けないといけないのよ」

「怪我をしたのね、その子」

 声がした。そこに立っていたのは屋上にいた二人組、法水京一郎とクロエであった。

「何なんですか、貴方達は」

 声を震わせながら、詰問するように透は言った。

「これは何ですか? 何でこんな事するんですか? 何が目的なんですか?」

 透は問いを投げる。しかし法水は沈黙し、クロエもそれに合わせるかのように沈黙した。

「答えてください!」

「……そういえば、君とは以前会ったことがあったね」

「そんな事どうでもいいです、答えになってない!」

「じき、異界化も解ける。その子は救急車を呼んでやりなさい。そうすれば助かる」

 救急車を呼べだなんて、そんな事は言われなくても分かっている。透はきっと法水を睨み付ける。そうじゃない、そんな事を聞きたいんじゃない。

 透は唇を噛み締め、ウエストバッグから小さな槍を取り出す。それは、瞬く間に透の身長程の槍となり、周囲の空気の流れを乱し始めた。

 フェイク・ファミリヤではない。昔祖父が北欧に伝わる神話の槍をベースにして作成したマジックアイテム。槍には、投擲すれば狙いを定めた相手に必ず当たるという呪詛が付されている。レプリカとはいえ、一度投げれば今ある透の魔力を全て吸ってしまうだろうし、下手をすれば命まで落としかねない。だが投げれば最後、その槍は必殺の一撃となって彼らを襲う。透は抑えきれなくなった動揺と怒りと困惑とがごちゃ混ぜになり、一か八かの時に持ってきていたこの槍を今まさに放とうとしていた。

 トオル、大丈夫ですか? そちらの様子は?

 声が聞こえた。それは、イツキからのものであった。

 透ははっとした。そして、すんでのところでその投擲を止める。

「……ええ、大丈夫よ」

 透は目の前の二人を見た。少女の方は男の前に立ち、防御する素振りを見せていたが、透から敵意が消えた事を察すると、その警戒の姿勢を解いていた。

「今回はここまでよ、滋丘透」

 クロエは言った。自分の事を知っているそのゴシックの少女に驚いたが、すぐに滋丘家について知っている者なのだろうと予測が付いた。

「私の名前はクロエ。それでこの男の名前は法水京一郎。また逢いましょう。ご機嫌よう」

 クロエは言って、体の前に浮かせていた本に手を翳した時だった。

 ――それは、一瞬の出来事だった。

 校舎の屋上の辺りから、瞬く間も許さない程のスピードでこちらに突っ込んでくる人影があった。それは、紛うこと無く京一郎とクロエを狙った一閃。

 躱す暇などない。本来であれば、そこにあるのは無残に転がる二人の骸の筈であった。しかし彼らが地面に倒れ伏す事はなく、裂いたのは只そこに漂っていた大気だけであった。

 二人は、まるで最初からそこにいなかったかの様にその痕跡を消していた。

「姫子、さん」

 透は呟く様に言った。

 そこに立っていたのは、姫子であった。彼女は息を切らしており、その場に座り込む。

 駆け寄ろうとする透を姫子は止めた。

「だ、大丈夫。ちょっと疲れただけだから」

「でも」

「それより、そっちの子の介抱を」

「は、はい」

 透は里中を抱き起こして、口元に耳を近付ける。

 まだ少し息は荒いが、ある程度は落ち着いて来ているのが分かった。

 ふと、ゆっくりと霧が晴れていくのが分かった。それに合わせるように、微かに人の声が聞こえ始め、やがて、空は晴れ上がった。

「異界化が解けたみたい。ごめんなさい、私は一旦退散するわ」

 そう言って、姫子は人目を気にしながら、その場を後にした。

 その後、里中の事はすぐに駆けつけた土門が救急車への連絡等の後始末をしてくれた。お陰で、透は無断欠勤中の学校にいる事が発覚せずに済んだ。六条院はいつの間にかいなくなっていた。用が済んだから、何処かに帰ったのだろうと透は思った。

 疲れ果てていた透はイツキと合流し、帰途につきながらずっと考え事をしていた。

 ――多分、自分が後先考えずにあのまま彼らに宣戦布告していたら、間違いなくやられたであろう。透は唇を噛み締める。悔しいが、自分はその程度の存在なのだ。

 巻き込んでしまった。自分が半端者のせいで、何の関係もない土門達を巻き込み、そして里中に重症を負わせてしまった。

 でも。だけど、今更止められはしない。

 タルタロスは、自分が何とかしなければ。

「やらないと。私が」

 透は、イツキにも聞こえないくらいの小さな声で呟いた。


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