山の理由
人の記憶の中は簡単には埋まらない
朝の買い出しに行っていたお殿様が帰ってきた。
アオを小屋に戻して、鎌ちゃんとアオにご飯をあげた。
ふわふわの毛をした鎌ちゃんは、なんだかとても暑そうで、元気もあんまりない。
鎌ちゃん、夏バテかなぁ。毛を剃らないといかんな。暇ができたら散髪してやろうではないか。
ヤソさんはそう話しかけると、小屋からでてきた。空は今日は晴れている。真っ青な空の下、聡太郎は今頃はどのあたりを歩いているのじゃろう。
無事に着いてくれ。
空を見上げて呟いた。
旅籠の中はは賑やかだった昨夜とは違いガランとして静かだった。
夕霧と道蔵は台所に立って朝ごはんを作っている。
ヤソさんはお里と共に、部屋の掃除を任され、ホウキで掃いて、床を拭く。そして、道蔵に教わって一部屋、一部屋に花を生ける。
花は庭で咲いた花を、何本か頂く。
掃除が終わると台所の横にある、小さな部屋でみんなでご飯を食べるまでが、ヤソさんの朝の仕事である。
鎌ちゃん達、行っちゃったね。
ヤソさん鎌ちゃんと、会えて良かったね。
鎌ちゃんは最後までヤソさんのこと、オバケだと思ってたね。素直ないい子のまま大きくなっちゃったみたい。
あの子、
言いかけた夕霧の口を塞ぐようにヤソさんが、
聡太郎は今はどんな色にも染まっていくだろう。
例えその色が真っ黒くなろうとも、あの子が決めた事。ワシは見守る事しか出来ぬが、昨夜の事は忘れぬ。ワシも聡太郎も、皆も忘れぬ。
そうね。
優しい笑みを浮かべてその一言だけを言った夕霧に、ヤソさんは微笑み、うんと頷いた。
道蔵も、お里も、ここにいる皆が鎌ちゃんの事を心配している。それは願いにも似た思いだった。
その頃、鎌ちゃんとそのご一行は、山の頂上付近にいた。皆、ヘトヘトになっている。
少し休みましょうか。
そうしよう。
この道を通るとあの時の記憶が蘇ってくる。でももう、辛くはなかった。父のオバケと会うことができ、いろいろ話して、自分の思っていた父と、本当の父は少し違うことに気がついた。父はやはり、鎌ちゃんのたった1人の大好きな大切な父だった。
もっと早く気づいていれば良かった。自分の意地だけで生前の父に会うことができなかった。お雪の花嫁姿も、ちゃんと見に行けば良かった。
足を一歩一歩と進めていく度に、反省をしていたのだった。
お雪は兄がくるのを今か今かと待っている。




