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旅立ちの時  作者: 美藤蓮花
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作戦実行中

太郎は何も聞いてない

風呂から上がると雨が降りだしていた。鎌ちゃんとお殿様は空を見上げた。


空が泣き出したな。


父上、覚えているんですか?


あの頃の小さな聡太郎の事はハッキリと覚えているのじゃが。母が亡くなってからのそなたの事はあまり覚えておらぬのだ。父がそれだけ聡太郎の事をないがしろにしていたんだ。すまなかったな。寂しい思いをさせてしまったな。


母の大切な絵を、聡太郎に何の断りもなく、井伊家のお殿様に譲ろうともした。それがキッカケとなり、聡太郎はワシの前から居なくなってしまった。


ワシな、今は聡太郎の気持ちがよくわかるんじゃ。きっとワシからの愛をいつも信じていてくれていたのだろう?しかし、あの一件でその愛を信じられなくなった。


あの時ワシはちゃんと聡太郎の話を聞くべきだったのじゃ。そして井伊家のお殿様にちゃんとその場でキッパリ断れば良かった。


すまなかったな。聡太郎。


いえ、私も今だからわかりますよ。上の人からの頼みを断ることは、背くことになる。湯本家の将来を考えると父上のとった行動は間違ってはおりません。


ただ、父上の言うとおり、私はあの一件が起こるまでは父上の事を信じていたのです。けれど、父上を信じられなくなった。お民や弥太郎と自分を比べてしまった。


母上の手紙に書いておりました。父上はちゃんと聡太郎の事もお雪の事も愛しておられるのですよと。けれどあの時に思いました。


母上の絵は母上ではないと。母上はここには居ない。もう死んだんだ。私は誰からも愛されていないのかもしれない。そう思ったら、私はあの屋敷から出ていました。


最初は父上の所へ帰りたいとそう思った事もありましたが、ここへ来て、夕霧さんや道蔵さんと出会って、お雪とも手紙のやり取りをすることが出来るようになり、自然と私の居場所が出来たような気がしたのです。


聡太郎は長男だから湯本家の後を継ぐ事が決まっておったのに、すまなかった。ワシのせいで聡太郎には要らぬ苦労をさせてしまったのぅ。


父上、私はこれで良かったと思っておりますよ?いろんな人に出会えて、いろんなところへ行きました。まだまだこれからいろんな人に会ってみたいし、いろんなところへ行ってみたいのです。


雨が降るのをずっと見ながら2人は長い話をした。外の空気が冷たく感じるほど、そこにいた。


ハックシュンとお殿様は大きなクシャミを一つした。


オバケになってもクシャミが出るんですね。


そうじゃ。あとな、屁もでるぞ?眠くなるとアクビもでる。


オバケも大変なんですね。


そうだぞ!大変じゃぞ。風邪もひくんじゃ。聡太郎、湯冷めしてはいかん。そろそろ行こうか。


そうですね。父上、今宵は広間でみんなでご飯を食べるそうです。父上も行きましょうね。


わかった。父も行こう!だがしかし、父のことは聡太郎にしか見えないぞ?


大丈夫。私がちゃんと説明してあげますからね。


聡太郎は優しいのぅ。ワシに似たのじゃな。


聡太郎はそこは答えず黙っていたのだった。


広間につくと、みんな揃っていた。


聡太郎も膳の前について座り、その横の膳の前に父が座った。


聡太郎の反対側には太郎が座っている。


太郎は、白い着物を着た聡太郎の父の姿がハッキリ見えている。


いや、全員ハッキリ父の姿が見えている。みんな、見えるけど見えない事になっている。だって、お殿様は生きている。オバケのフリをしているだけ。太郎はその事を知らされず、居る。


聡太郎がみんなに言った。


ここに私の父上が居るのです。私に会いたいとここまで来てくれてるのですが、私にしか見えないみたいなんですけど、ここの膳の前に座ってます。


鏡山親方はそうなの?お殿様がそこに?鎌太郎は毎日墓参りしてたもんな。きっとその願いが叶ったんだろう。会いたがっていたもんな。良かったな。


女将さんも、鎌ちゃん良かったね〜。と言ったのだった。そうだ、親方、お殿様にお酌をしてあげたら?


そうだな。


トックリを持って、お殿様のオチョコに酒を注ぐとお殿様は普通にそれを持ち上げてクイッと飲み干した。


上手い酒じゃのう。


空になったオチョコに鏡山親方はまたお酒を注いだ。


注いでもらってばかりだと悪いと思ったのか、今度はお殿様がトックリを持って、鏡山親方のオチョコに酒を注いだ。


父上!注げるのですか!!


あ、いかん!あ、いや、頑張ったら注げる!


親方、父上が酒を注ぎました!頑張ったら注げるそうです。


そうか!それは凄い!


そのやり取りを太郎は口を開けて見ている。太郎にはハッキリとお殿様が見えている。酒を注ぐのも見えた。兄弟子にしか見えないはずの兄弟子の父上が、ハッキリと見える。


いや、皆んな見えている。見えているのに見えないフリをしている。だってお殿様は生きている。


見えちゃいけないんだ。見えてるけど、見えないんだ。見えてないんだ。そうだ。僕には見えていない。


太郎はブツブツと呪文のように繰り返す。そして、こうなったらと酒を飲んだ。空になったオチョコを見たお殿様は、太郎の所に来て、酒を注いだ。ニコニコと愛想笑いを浮かべて、酒を注いでくれるお殿様と太郎は思い切り目が合って。


太郎はあ、すみません。と挨拶をした。


えっ?太郎、見えるの?


と鎌ちゃんが聞くと、太郎はなぜか、


すいません。見えてますー。


と言った。


身内にしか見えないんじゃないの?父上!どういう事?


と、父に聞いたら父は言った。


なんか、心が綺麗な人には見えるみたいた。


と言う。


なんだ。そうなんですね。と納得している鎌ちゃんを見ていた女将さんは、もう我慢できずにその場を飛び出すように、厠に行って来ます。と言ってそこをでた。


でた先に夕霧が居て、ものすごく笑っている。女将さんは夕霧と2人、目を合わせてものすごく笑った。


食事はまだまだ終わりそうにはないのだった。

太郎はなぜか見えている。いや皆んな見えている。

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