計画
女将さんがやってきた
梅雨時の雨が上がったあとのむせ返るような暑さは旅をする者には地獄のように思う。
それでも自分の足で進まなくては辿り着く事はできない。江戸を出発した鎌ちゃんたちは、もうすぐ富士の山がよく見える駿河へと到着する。
厚い雲が覆っていて富士の山の裾野だけがよく見えた。
鏡山親方と共に先ずは夕霧の旅籠を目指して出発した鎌ちゃんは、連れに太郎を連れてきた。
3人で旅をしていたのだが、早駕籠がやってきて、中に乗っていたのはまさかの女将さんだった。
鏡山親方はなぜ来たのかと驚いた。
いやね、親方に手紙が届いたのよ!で、中身を見たら、これは届けなくちゃと思ってね。ついでに私も付いてきたのよ。御幸山の妹さんなら私にとっても子供みたいなものだからね。
御幸山ではわからない事も、私ならわかるだろうと思ってね。
それは、助かります。女将さん、恩にきます。
女将さんが来て嬉しそうな鎌ちゃんの横で、鏡山親方は顔を曇らせ、大きな溜め息をついて言った。
なんか疲れた。この辺りで宿を探そう。
はい。
梅雨時期な事もあってかどこの旅籠も空いていた。また、鏡山親方の事を知る人もやはり沢山いた。どこへ行ってもすぐに人が集まってくる。
そして帰る頃には祝儀が用意されている。
鏡山親方は行く先々で御幸山と、太郎の紹介をしてくれる。皆んな御幸山の名を聞くと、あの、秋場所で初土俵で幕下優勝した力士か。
と、よく知っていた。
鎌ちゃんは、自分のことをこんなにたくさんの人が知っていてくれている事に驚いた。
力士の事は知られていても、女将さんのことを知る人1人もいなかった。自分から出しゃばる訳でもなく、鏡山親方の側でいつも笑っている。
この人がいるだけで部屋に柔らかな灯りが灯ったように明るくなる。
皆んなが疲れて眠ったころ、女将さんは鏡山親方にその手紙を手渡した。
その手紙の差出人は、湯本のお殿様だった。
湯本のお殿様の手紙には、こう書かれていた。
ワシはいま、夕霧の旅籠で世話になっている。このたび、我が息子、聡太郎がこの旅籠にくると聞き、取り急ぎ、こうして文をしたためておる。
亡くなった事になっているゆえ、居てはマズイのだが、ワシは聡太郎に会いたい。そこで、ワシはお化けになって聡太郎に会うことに決めたのだ。
皆にワシは見えぬが、聡太郎にだけ見えるように、なんとかよろしく頼みおく。
この礼はきっとするゆえ、頼みおく。
旅籠にくるのは4名と聞く。部屋を用意して待っておる。また酒でも酌み交わそうではないか。
、、、。
手紙を読んだ鏡山親方は何故に4名となっているのか謎が残る。
3人で旅をしているのに、鎌ちゃんは何故4名と書いたのか。
旅に出る少し前に、女将さんに呼ばれた鎌ちゃんは、妹の様子を見に行くのに何故に親方が一緒に行くのかを聞かれたのだった。
鎌ちゃんは、年に一度の夕霧さんとの約束を果たす為とも言えず、わかりません。と答えたのだが。
あの、毎年恒例のように、鎌ちゃんが世話になっていたっていう旅籠に行ってるでしょ?親方は。
なんか嬉しそうに行くのよね。いつもね。浮気でもしてるんじゃないかしら?
ねえ鎌ちゃん。その旅籠には女の人はいるの?その人は独り身?
はい。夕霧さんと言ってとても綺麗で優しくて、強い人ですよ。
ふーん。そうなんだ。ねえ鎌ちゃん、その旅籠に私も行くから、4人分、部屋とっておいてくれる?
はい。きっと夕霧さんも喜ぶと思います。
、、、そうかしらね。喜ぶかしら?
はい!喜びます。きっと。
という事があった事を、鏡山親方はまだ知らないのだった。
なあ、女将、これ、読んだ?
はい。
こんな事が本当にうまくいくのか?
それは私たちの腕にかかっているんじゃないかしら?
そうか?お化けって。お殿さまがお化けって。ん?そういえばお前、お殿さま見て、良い男ねえとか言ってたな!お前、だから付いていく気になったのか!
そう思うならそう思えばいいでしょ?夕霧さんて綺麗な方なんだってね!独り身ですってね!あなたこそ、鼻の下伸ばして毎年、毎年、何しに行ってることかしら?
ギクっという顔を、女将さんは見逃さない。鏡山親方が言いかけたのを止めるように女将さんは言いました。
鎌ちゃんの為にも私たちが頑張らないとよ。会いたいと思う親心、和解もせずに、あの世に行った父さんに会えるのよ?一世一代の大芝居ね!
だなぁ。お前が来てくれて良かったよ。俺だったら出来ない。見て見ぬフリだろ?絶対可笑しくて笑ってしまう。
私も笑ってしまうかも。
2人とも笑ってどうする!そういえば太郎がいたな。あいつにどうやって伝えるかだな。
そうね。夕霧さんの旅籠に行くの、楽しみね。
鏡山親方は、すまん。と女将さんに土下座をして謝った。
女将さんは、涙目になって、バカ!と言ったのだった。
親方の浮気がバレたのだった。




