2/1 その一
「よう、正道! おはよう!」
「……」
次の日の朝。
通学中にいきなり声を掛けてきたのは武蔵野だ。
コイツの顔を見ただけで分かる。何をしに来たのかを。
「妹はいいぞ! 萌えるし、エロいし、攻略のしがいがあるし」
はぁ……お前もか……。
どうでもいいが、お前は妹をなんだと思ってやがる?
そんな目で見られたら気持ち悪いだけだろ?
「はぁ……おバカな声と胸くそ悪い空気がすると思ったら、あなた達でしたの」
「黒井……」
武蔵野の義妹である黒井麗子が不機嫌そうな顔で俺達を睨みつけている。恥だと思われても仕方ないぞ、武蔵野。
後、空気が悪いって言うな。
「正道、咲ちゃんと喧嘩してるんだって? 懲りねえヤツだな、お前も。あれから一ヶ月もたってねえだろうが」
「……兄妹喧嘩するのは日常茶飯事なんだろ?」
「いや、お前は成長していない。その石頭をなんとかしないと、同じ原因でいつまでも喧嘩するぞ。咲ちゃん、泣いたんだろ? 妹を泣かせると大抵、ろくな目に遭わないぞ」
いや、分かってるから。身にしみているから。
俺だって上春を泣かせたいわけじゃない。上春にも笑っていて欲しい。
けどな、強と一緒にいて分かったんだ。俺は疫病神だ。
俺と一緒にいれば、危険な目に遭う。現に一歩間違っていたら強の夢を俺が壊してしまうところだった。
ここで上春も傷ついたら、俺はもう、信吾さんに顔向けできない。
ちょうどいい機会なのかもしれない。これを機に、上春と距離をとったほうがいい。
これは正月にも考えていたことだ。
だから……。
「はぁ……相変わらず悲観的なことばかり考えるんですのね。俺が護ったやるみたいなこと、言えませんの?」
「……そんないい加減なこと言えるわけないだろうが。俺は最強でもなければ、無敵でもない。俺よりも強いヤツなんて青島にはゴロゴロいる。自分の身を守るのが精一杯だ。誰かを護りながら戦うような器用さなど、俺にはない」
「だったら、風紀委員も不良と喧嘩することもやめて、カタギになればいいですの」
カタギになる? 俺が?
そんなこと……。
「……出来るわけがない! いいか、黒井! お前ら不良がどこで喧嘩しようが野垂れ死のうが勝手だが、一般人を巻き込むのはやめろ! 迷惑だ! お前らの勝手な都合で理不尽な目にあるなんて、納得できるか! 真面目に生きているヤツが馬鹿を見るなんてなっとくいくわけないだろうが!」
これだ。これこそが俺の戦う理由であり、原動力だ。
不良の身勝手な喧嘩や抗争で傷つく人がいることが納得できないんだ。
「……それはお姉様のことも侮辱しているわけですの?」
黒井から殺気が放たれる。俺はまっすぐに受け止める。
知ってるさ。不良が全て悪いわけじゃない。
いいヤツもいれば、根性もあって尊敬できるヤツもいる。
御堂もその類いだ。
けどな、黒井。だからなんだと言いたい。
不良同士の喧嘩は器物破損は当たり前。
下手すると建物が半壊するほど激しい争いをされて、いつもいつもいつも被害を受けるのはただの一般人だ。
喧嘩した張本人はいい。覚悟をして喧嘩をしてるんだ。
プライドと意地のぶつかりあい。さぞや、気分がいいだろうな。
けどな、フツウに生きている人達にとってはいい迷惑だ。
「いやいや、正道だって喧嘩してるじゃん。風紀委員ってアレなわけ? ほら、テレビでやっていたアレ、争いをなくすため、平和のための武力行使する私設武装組織だっけか? 本末転倒だと俺は思うけどな。喧嘩は喧嘩だし、やられたらやり返すのが不良の流儀だろ?」
「間違っているぞ、武蔵野。青島の不良は言葉よりも実力を示せ、が信条だ。青島では口先だけのヤツの言葉など、ガムの包み紙にも劣る存在だ。だから、実力を示さないと誰も従わないんだ」
そう、力で従わせているだけだ。
そのことに文句を言うヤツはこの青島にはいない。
青島に来たばかりの頃は理解できなかったが、拳を何度も交わして理解できるようになった。
その潔さがあるからこそ、風紀委員は成立している。だから、俺は一般人に迷惑を掛けている不良を叩きのめす。
時間が許す限り、俺はヤツらを叩きのめす。
俺の説明に武蔵野は肩をすくめ、黒井は何を当たり前の事を、と呆れていた。
「そ、それなら、仲良くなればいいじゃん。千春と仲良くなれば問題ないじゃん!」
「朝乃宮だと?」
俺はこめかみがピクピクするのを感じていた。
なぜか、朝乃宮の名前を聞くと、昨日のことを思い出し、腹立たしい気分になる。
それに気づかず、武蔵野は好き放題言ってくる。
「正道も隅に置けないよな! 超絶美人のヤマトナデシーと一つ屋根の下で暮らしているとかうらやましさを通り越して殺意が芽生えるわ! あの美人と仲良くなれば、咲ちゃんも強もみんな護れるじゃん! 俺としては一石二鳥のナイスアイデアだと思うのだが、いかがかね? あっ! 俺が千春と付き合えば口利きできるじゃん! うん! そっちの方がよくねえ?」
朝乃宮と仲良くだと? お前が朝乃宮と付き合うだと? ふざけるな!
俺は朝乃宮を思い浮かべる。
木刀でしばかれる。殴られる。叩きのめされる。
説教される……俺の話を聞かない……聞いてくれない。
それに昨日の男からの告白……。
ふ・ざ・け・る・な!
「冗談はよせ。俺は朝乃宮を心底軽蔑していた。多少誤解していたところもあるが、それでも、アイツと仲良くなどありえない。せいぜい、お互い干渉しないのが妥協点だ。後、人の家族に手を出すな」
ここがお互いの線引きだ。
俺は朝乃宮のやることに口出ししない。だから、朝乃宮も俺のやることに気にもとめない。
これがベストだ。
好きなだけ上春とイチャついてろ。男に告白されろ。
俺を巻き込むな。
「……ほんま、人のいないところで影口叩くとか、いい性格してますな~藤堂はん。ウチは藤堂はんにいろいろとお世話したつもりなんやけど、恩を仇で返すなんてひどいお人」
「……本人に聞こえるように大声で言ってやっただろうが。世話だと? 全ては上春の為だろうが。俺のためじゃない。恩着せがましく言うな。これもお前の差し金なんだろ、朝乃宮」
朝乃宮は自然に流れるように姿を現す。
肌に突き刺さるプレッシャー。息苦しくなる重い空気。
これこそが朝乃宮だ。
ずっと思っていた。
人に優しい朝乃宮など違和感しかない。
アイツは……暴力の権化だ。下手したら目の前にいる女は青島で一番警戒が必要な女だ。
その証拠に黒井はこの寒い冬のなか、汗をかきながら朝乃宮を睨みつけている。
アイツの恐ろしさを物語っている。
「ちょ、ちょっと待って。俺は……」
「武蔵野やめておけ! 今の朝乃宮に近寄るな!」
「藤堂先輩に賛成ですの! 死にたくなかったら全力であらがいなさい!」
三対一か。それでも分が悪いな。
朝乃宮はキレている。今までに感じたことのない圧迫感に襲われる。
「なんでしたら、その言葉よりも実力を示せ、を実行しましょうか? 間違いなく藤堂はんは地べたを這うことになりますえ。今、先ほどの発言を謝罪するのなら、ウチも聞かなかったことにして手打ちにしますけど?」
朝乃宮は木刀を持ち、最終警告を発してきた。今すぐ謝罪し、発言を取り消したら許してやると。
俺の答えは勿論決まっている。
それは……。
「やってみろ。俺は絶対に負けを認めないし、お前には屈しない。お前は俺にとって……獅子身中の虫だ」
感情に身を任せ、つい売り言葉に買い言葉で挑発してしまった。
覆水盆に返らず。
これで確実に決別した。俺は明確に朝乃宮と袂を分かったわけだ。
今までが奇跡だったのだ。朝乃宮と一緒にいられたことが。
所詮、上春とのつながりがなければこんなものだろう。
俺なんかよりも、他の男子生徒と楽しくやっている方が朝乃宮も楽しいだろう。
俺と朝乃宮が仲良くなど……ありえなかった。
これでコイツとの家族ごっごは終わったな。
なぜか、少し寂しい気持ちになった。悲しいと思った。
だが、それも時がたてば、すぐに忘れるような小さいことだ。
朝乃宮は目を一度だけ閉じ、ゆっくりと開く。その目に覇気はない。ただ虚ろで冷たい殺意しかない目だ。
俺と黒井はあの目を知っている。なぜなら、一年前、あの目に何度も泣かされてきたのだから。
「来るぞ!」
「分かってますの!」
俺と黒井は全力で朝乃宮を叩きのめす事を決めたとき。
「おっはラッキー!」
「「「!」」」
それは突然だった。
誰かが朝乃宮の背後に立ち、思いっきりスカートをめくったのだ。
朝乃宮のスカートは膝よりも更に下の丈の長いスカートをはいているが、かなり強くめくったのか、長い足と太ももと……。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああ!」
朝乃宮は神速でスカートを押さえ込んだ。
「「……」」
俺と武蔵野は目が点になる。
朝乃宮は目に涙を溜め、俺達……おい、待て。なぜ、俺を睨む!
「見ました?」
なにを?
そう聞く勇気がなかった。
喉がカラカラになり、うまく言葉が出せない。
ただ、分かっていることがある。
これからあまりにも理不尽な暴力が俺を襲うことだ。
なぜだ?
スカートをめくったヤツが悪いだろうが……等と正論は通じないし、疑問も許されない。
「見たんやね……その反応は……」
「……何を言っても結末は決まっているのだろ?」
その後の記憶がない。ただ、一つだけ思ったことがある。
理不尽だと……。




