1/31 後編
俺は雅を抱え、体が冷えないよう、こたつに入れて寝かせる。
こたつで寝るのは体に悪いともいわれているが、すぐに起きるだろう。
奏は戦慄し、顔が青ざめている。
「そ、その悪かったな。俺達の兄妹喧嘩に巻き込んでしまって」
「い、いえ……その……」
「大丈夫だ。奏さんのことは俺が絶対に護る。あのアホにも注意しておくから許してくれ」
「……ぷっ!」
俺の言葉に奏は大きく目を見開き……笑っていた。
なんだ? 何か面白い事、言ったか?
「ご、ごめんなさい。お姉さんと同じ事言うんですね」
「同じ事?」
「千春お姉さんもお兄さんのこと、アホって言ってました」
あの野郎! なんてこと言いやがる!
許せねえ!
「いえ、お兄さんも言ってますから。仲がいいんですね」
「そのメガネ、度が合っていないんじゃないか? 仲がいいとかありえないだろ?」
「青島の女夜叉だからですか?」
俺は目を細め、奏をまじまじと見つめる。
驚きだ。小学生がその二つ名を知っているとは。
「そんなに怖い顔で睨まないでくださいよ。怖いです」
「す、すまん」
「くす……お兄さんって大きいのに優しいですよね」
別に大きさは関係ないだろ?
楓さんは俺よりも大分小さいが、人の器としては俺なんかと比べものにならないと思っているしな。
「あのぉ……お兄さん。お願いがあるんですけど」
「お願い?」
「情報交換をしたいんです。今、青島でまた不穏な動きがありますよね?」
俺は奏を睨みつける。
奏は最初からうつむているので、俺の睨みにビビってはいないが、怖がっているのは分かる。
奏は聡い子だ。それ故のおごりが今の提案なのか?
確認しておくか。
「理由は? まさか、興味本位じゃないだろうな?」
「……次こそは巻き込まれないようにするためです」
「巻き込まれる?」
奏はうつむいたまま、ぼそぼそっと答える。
「青島西中の事です。あのときは流されるまま巻き込まれて大変な目にあいましたから。私、何も出来ませんでした。本当に情けなかったです」
「……」
そんなことはない。
小学生女子が中学男子に腕力や運動能力で勝つのは至難の業だ。
奏の頭脳なら一泡吹かせることは可能だと思うが、それは策があってのこと。
交渉など出来ないまま、勝手に試合が決まってしまったからな。
仲間が傷つく中、何も出来ないのはキツいからな。
「それに理不尽だと思いました。お兄さんには悪いですけど、私達はお兄さんの知り合い……だけでないと思うんですけど、それが主な原因で危険な目にあったんです。最終的には強君が自分の意思で決めたこと、お兄さんは最後まで私達の安全を考えてくれたことは分かっていますけど。それでも……」
「いや、あれは完全に俺が悪い。ちゃんと青島西中とは話をつけているが……巻き込んだのは俺だ。すまなかったな」
俺だって巻き込まれた……などと言い訳はしたくない。
もし、俺が淋代の提案に乗っていれば……。
国八馬がグラウンドを占拠したとき、いったん、強達を何が何でも家に帰し、その後、国八馬と話をつけていたら……。
国八馬がスライディングで第一の犠牲者を出した瞬間、試合を終了していれば……。
思い返せば思い返すほど悔いしか残らない。
「わ、私こそごめんなさい。お兄さんはもう、青島ブルーリトルのメンバーで仲間なのに……だ、だからこそ今度はちゃんと先に把握しておきたいんです。みんなを危険な目に遭わさないようにするために……」
そっか……そうだよな……。
奏はみんなを護るために情報を欲している。やはり、奏は聡い子だ。
俺だって青島ブルーリトルのみんなにこれ以上、危険な目に遭って欲しくない。
それならば……。
「分かった。俺が教えることが可能な情報は全て教える。それでいいか?」
奏は顔を上げ、ほっとしたような笑顔で頷く。
「あ、ありがとうございます。勿論、私も情報を送るので」
「情報?」
「小学生だからこそ分かることもあるんですよ。勿論、危険なことはしていませんので」
先回りするなよ。けど、俺の懸念を理解してくれて助かる。
こうして、俺と奏はLINEの連絡先を交換した。これが後に俺達の運命を大きく変えることをまだ知らない。
「朝乃宮?」
シュナイダーの晩ご飯を用意して庭に出たとき、朝乃宮と会った。
何しているんだ、コイツ?
「……何か?」
「いや、シュナイダーに晩ご飯を持ってきたんだ」
本当は強が当番だが、強は今、楓さんに料理を教わっているので邪魔しては悪いと思い、俺が強に断りを入れてご飯を持ってきたのだが、まさか、朝乃宮がいるとは……。
もしかして……。
「シュナイダーにご飯、持ってきてくれたのか?」
珍しい……朝乃宮がシュナイダーにご飯を持っていくなんて。
「そうです。だから、戻ってください」
「?」
何かおかしい……。
朝乃宮はすました顔をしているが、そこから動こうとしない。
シュナイダーの食べる音がしない。いつもはガツガツ食べているので、音がするのだが……。
「さっさと戻った方がええんとちゃいます?」
「……」
なんだ? その言い方は?
人を厄介者扱いしやがって……いや、昼間に上春を泣かせたのだから、俺は完全に嫌われたみたいだ。
こんなことなら、さっさと上春に謝ればよかったのかもしれない。
けど、それももう後の祭り。それに、朝乃宮の為に仲直りするのは違う気がする。
でも、それでも……。
「まだ、何か?」
「……なんでもない」
俺は言いようのない悲しみと怒りを抱えつつ、その場を後にした。
「正道君、いいかい?」
「……信吾さん」
雅達が帰った後の夜。
強は眠り、勉強していたところに、信吾さんが部屋に入ってきた。
何の用か……聞かなくても分かる。
信吾さんのTシャツに『兄妹愛』と書かれている。信吾さんはいそいそとこたつに入った。
「いいね、こたつ。うらやましいよ」
「信吾さんの部屋にはクーラーがあるでしょ。それで? 上春のことですか?」
「……妹はいいもんだよ、正道君」
妹がいい?
何の冗談だ?
「可愛いじゃない。妹。いいものだよ。僕にも妹がいるんだけど、そりゃあ可愛くて可愛くて……」
「信吾さんの妹って確か、上春の母親ですよね? 子供を捨てるような女が特別なんですか? 可愛いんですか?」
「……」
おっ、黙った。
信吾さんはぱくぱくと口を動かしているが、何も話さない。そりゃそうだ。
俺の指摘に言い返せなくて当然だろう。
信吾さんの妹さんも理由があって、上春を置き去りにした。それを信吾さんは知っているのかもしれない。
けどな……。
「俺はどんな理由があったとしても、子供を捨てる女は許せません。子供はね、信吾さん。忘れられないんですよ。捨てられた恨みと悲しみは」
忘れられそうにないんだ。悪いが、妹云々は置いておいて、上春の母親を俺は軽蔑している。
それだけは絶対に変わることはない。
「まいったな……キツいね、正道君」
「事実ですから。それと信吾さんが上春にそんなこと、絶対に言わないようにしてください」
「ははは……優しいね」
「……」
優しくなどない。常識だ。
勘違いして欲しくないのだが、俺は上春と仲が悪くても、傷ついて欲しいなど一ミリも思っていない。
上春が元気で笑顔なら、他はどうでもいい。
俺が嫌われていても、口をきかなくなってもそれでいいと思っている。
「けどね、正道君。それでも僕は妹のこと、放っておけないんだ。だって、妹がどれだけ頑張ってきたのかとか、いいところ、沢山知っているからさ。僕だけでもさ、妹を庇ったってバチはあたらないでしょ? みんなが厳しくしてるわけだし。正道君はどうなの? 家族のこと、そんなに簡単に嫌いになれるの?」
「……俺はあの女のことは大嫌いです」
女のことを考えるだけで苦々しい気分になる。
「義信さんや楓さんは? 強は?」
「……嫌いになれそうにないです」
「僕もだよ。心の奥底では嫌っていても、家族だから逃げられない。シカトし続けるなんて無理だし。それだったらさ、楽しんだほうがいいじゃない。僕は仲良くした方が楽しいよ」
信吾さんらしい。いや、信吾さんだから、家族を、誰かを恨めないのではないか?
ふとそう思った。
「あっ、いた。なんで正道のところにいるのよ」
今度は女が俺の部屋に入ってきた。どうでもいいのだが、部屋の主に断りもなく入るなよな、お前ら。
「澪さん! 今、僕達、妹のことで話していたんだよ! 妹がどれほど素晴らしいのかをね!」
「いや、話してないだろ」
そんな話し、全くしてねえよ。
「妹が素晴らしい~? ありえないわ~、絶対にありえない! 地球が滅んでも、私は妹なんて厄介なクソガキって思うわね」
「……」
お、お前……一応夫婦なんだろ? 恋人なんだろ?
だったら、嘘でも協力してやれよ。信吾さんの努力が水の泡だろうが。
それと、こたつに入るな。
女は手に持っていたミカンを俺と信吾さんに渡す。
「寝る前に食べたら太るぞ」
「ほんと、嫌なガキね! 昔は可愛かったのに」
「まあまあ、澪さんも正道君も喧嘩しないで。正道君も少しは言い方を考えようよ。少し変化させるだけで人間関係、ずっと楽になるよ」
「お断りします。俺は媚びたりしたくないんで」
「ほんと、可愛くないガキよね、あんた。そういえば古都音もそうだったわ……いや、今もそうなんだけどさ、昔ね……」
女は妹の古都音さんの悪行(?)をマシンガンのように叩きつけてくる。よほど鬱憤がたまっていたみたいだな。
そういえば、女は義信さんと諍いがあって、この家を出て行ったみたいなことを聞いたが、本当は古都音さんとうまくいかなかったことが原因ではないかって思ってしまう。
「それでね、私が仕方なく折れてやったら、愚昧はなんて言ったと思う? それが……」
ごん!
またか……。
アイツ、壁ドンすきだよな。いつか壁にひびが入るぞ。
「なに? ポルターガイスト」
「や、やめてよ、澪さん。僕、そういうの苦手。正道君は?」
「どちらかというと俺も苦手ですね」
苦手というよりも嫌になったという方がただしい。
「へえ、正道君のことだから、現実的じゃない。ありえないとか正論を言うのかと思ったよ」
「……」
「正道ってホラー好きじゃなかったっけ? あっ、もしかして、アンタが十歳のとき、私が説教したことで冷めたとか?」
「……まあ、そんなところだ」
「可愛いところあるじゃない~」
ウザい……適当に合わしただけだ。
俺が十歳のとき、一度肝試しをしたことがある。
それは夏の暑苦しい夜の日だった。
肝試しは小学生にとってベタだけど心躍るイベントで、俺と健司以外にもクラスの女子達も参加していた。
その女子の中に、気になる子がいて、いつもよりもテンションが高かったのを覚えている。
夜中に子供達だけでホラースポットと噂高い廃屋の建物にいくだけでも冒険なのに、気になる子が一緒となれば、最高に気分が高まっていたのも当然だ。
だからこそ、俺は落胆した。
最初は建物を歩くだけでキャーキャー騒いでいたが、何も起こらず、ただ暑苦しくて、蚊にさされまくるだけ。
極めつきは建物に勝手に住み着いていた浮浪者のおっさんがうんこしている姿を目撃してしまった事だ。
おっさんは俺達を叱り、俺はひたすら謝った。
今にして思えば、なぜ俺が謝らなければならないのかと、逆に警察を呼んで地域に貢献できたかもしれない。
結局、何のホラーもなく解散し、家に帰れば親に怒られるといったお約束も果たし、貴重な夏休みが徒労に終わっただけだった。
このときほど、現実ってこんなもんだよなって思ったことはない。
「そうそう、思い出したわ~。古都音が七歳の時、ホラーなんて怖くないって言ってたけど、ホラー映画見た後、おねしょしたの。けど、それを私の布団と入れかえて、そのせいで、私がお父さんに怒られたわけ。どう? 許せる? 妹だからって、何でも許せると思ったら……」
どん!
「「……」」
「なによ、うっさいわね」
女はこたつから出て、部屋を出て行こうとする。
「ま、待て! 危険だ!」
「危険? アンタ、まさか本当に怪奇現象だと思っているわけ? 笑える」
女は俺の忠告を聞かず、部屋を出て行き……。
バタン。
「「……」」
いやいやいや! マジでこええよ! リアルでこええ!
何が怖いかって、これが人の仕業だからだ。
信吾さんは勇気を振り絞り、部屋を出て行く。
「み、澪さん! しっかりして!」
俺も渋々部屋を出る。
女は……幸せそうな顔で気絶していた。いや、二番煎じはいいから。
とんだ茶番だと思いつつ、俺達は女を寝室まで運んだ。
女を寝室に運んだ後、俺の部屋の前に物が積まれていた。
「?」
その物の正体は……本?
俺は沢山積まれていた本の一冊を手にする。イラストがあるのでラノベだろう。タイトルは……。
『妹きゅんキュン☆ ラブ☆』
「……」
他には……。
『妹だけど愛さえあれば捕まらないよね!』
『妹が変態でも三度の飯より大好きです』
『妹&IMOUTO』
『妹のことなんかぜんぜん愛してなんかないんだからねっ!』
『妹は世界を救う』
『妹が泣いてるので定時に帰ります』
『妹のためなら死ねる』
「……」
俺は本を蹴飛ばした。
「ああっ!」
何か悲鳴のようなモノが聞こえたが、無視して部屋に入ることにした。
俺のこと、ナメてるのか? それとも、からかっているのか?
シュナイダーのことといい、アイツは……。
「……ほんま、よかったわ……」
? どういうことだ?
あの本で俺を説得しようとしていたのではないのか?
なら、なぜ?
意味は分からないが、勉強の続きを……する気になれず、眠ることにした。
アイツは何がしたかったんだが……なぜかイライラが止まらなかった。




