1/31 中編
「ちっす! お兄さん!」
「お邪魔しています、お兄さん」
「……」
家に帰ったら、なぜか、雅と奏がいた。こたつに入り、俺を見つめてくる。
雅と奏は強が所属するブルーリトルのメンバーで、一緒に青島西中を叩きのめした仲だ。
けど、最後は俺が暴走して、雅に嫌われた。雅がもっとも嫌う、ラフプレイを続けたからだ。
雅の顔がまともに見られない。小学生女子と顔合わせができないとか、情けないな、俺。
「なに? 顔を背けるなんてカンジ悪いんですけど~」
「いや、その……つ、強に会いに来たのか?」
「ううん。お兄さんに会いに来たの」
俺に? 何か用か?
とりあえず……。
「どこに行くのよ! 失礼じゃない!」
「……お客様だからな。茶でもいれてくる」
「あっ、それなら、オレンジジュースつぶつぶの百パセーントので。お菓子は……あっ! お兄さんが持っているの! それ、南松竹店のクリーム大福とaotoのプチケーキ、ミニレアチーズケーキ味!」
「そ、それは……」
ま、マズイ……雅が目をキラキラさせて見つめてくる。
これは……。
「気が利くじゃん! 私は大福! 奏はプチケーキだよね!」
「み、雅ちゃん! ち、違うよ! それはきっと……」
「きっと? 何、お兄さん?」
い、言えるはずがない……上春と朝乃宮のご機嫌を取るために買ってきたモノだとは……口が裂けてもいえん!
それにコスイしな!
こ、ここは……。
「お、俺と強で食べようと買ってきたモノだ」
「そうなの? 強君って甘いお菓子、苦手じゃなかったっけ? そうだよね、奏?」
「えっ? そうだっけ? むしろ好きだったと……」
「そんなことないもん! ねえ、お兄さん!」
いや、強はチョコレートとか好きだったような……。
コイツ! お菓子食いたくて嘘言いやがったな。
「雅さん。嘘はよくないぞ」
「ううっ……ごめんなさい……でも……その……」
はぁ……そんな悲しそうな顔されたら、俺が悪いことしたみたいじゃねえか。
なぜか、雅の顔が上春とかぶる。
しょうがない……。
「雅さん、喰うか?」
「えっ?」
「大福だ。食いたいんだろ?」
雅の顔がパッと明るくなるが……。
「……でも、いいの?」
そんな物欲しそうな顔で言うなよ。
すまんな、朝乃宮、上春。
俺はそっと雅の頭を撫でる。
「オレンジジュースつぶつぶの百パセーントだったな。奏さんは?」
「えっ? そ、その……」
「ココアだよね!」
奏は顔を真っ赤にしている。
俺は無言で頷き……。
オレンジジュースつぶつぶの百パセーントってあったっけ?
そう思いつつ、部屋を出て行くと……。
「……」
「うぉおおおおおおおおお!」
部屋のドアを開けると、目の前に朝乃宮が不機嫌そうな顔で立っていた。手にはジュースとお菓子がある。
雅がリクエストしたモノだ。
つぶつぶオレンジジュース、果汁百パーセント、あったんだな……。
「失礼します」
朝乃宮はすれ違いざま俺を睨みつけたが、はすぐによそ行きの顔になり、礼儀正しく、流れるような動きで雅達の前にお菓子とジュースを用意する。
「ありがとうございます、千春お姉さん!」
「……」
雅は笑顔で、奏は申し訳なさそうに受け取る。
二人の様子に、俺は違和感を覚える。
なんだ?
「……」
あっ、大福とプチケーキを見て、かたまっている。
ま、マズイ……。
「ごゆっくり」
朝乃宮は頭を下げて、部屋を出て行く。
おい、朝乃宮がごゆっくりって言うのはおかしくないか? 何をゆっくりしろって言うんだ?
そもそも、雅と奏はなぜ、ここに来た?
雅は大福に手を伸ばし、ジュースを飲んでご満悦だ。
「み、雅ちゃん」
「なに? 奏? 食べないの?」
「も、目的! 目的!」
目的? なんだ?
「目的? なんだっけ?」
おいおい、本当になにしにきたんだ?
どん!
うぉ!
なぜか、いきなり壁ドンされた。
なんだ?
「ぬぐ!」
「み、雅ちゃん!」
雅は壁ドンに喉を詰まらせ、奏はジュースを渡す。
話が進まないので、俺から尋ねてみるべきか?
「ううっ、ありがと、奏」
「ううん、大丈夫だから。そ、それより、お兄さんに……」
奏が何か言いたげに俺を見つめてきた。
「そうね。その前に、私、言いたいことがあるの。お兄さんはもう、ブルーリトルに戻らないの?」
ブルーリトルに戻る?
謎が多くて、訳が分からん。けど、雅がぶすっと拗ねた顔をしている。
「た、確かに私、お兄さんに少し言い過ぎたって気がするけど、その……なに? せっかく一緒にプレイしたわけだし、知らない仲じゃないでしょ? これでお別れって寂しいじゃない」
「……」
い、意外だ。
コイツ、本気で寂しいって思ってくれているのか?
いいヤツすぎて、少し感動したぞ……。
俺は自然に雅の頭をなでていた。
「ありがとな、雅。俺なんかに気を遣ってくれて」
「ば、馬鹿! 違うわよ! 勘違いするな! それと馴れ馴れしく頭をなでないで!」
雅は俺の手を払いのけようとするが、悪戯心がわいてきて、つい少し乱暴になでる。
「み、雅ちゃん……強君だけじゃなくて、お兄さんまで……」
「ち、違うし! なんでここで強君がでてくるわけ!」
いつものテンプレだな……微笑ましい。けど、いい趣味をしている。
どん!
「「……」」」
また、壁ドンされた。
なんなんだ?
「それにしてもうるさいわね。ゴキブリでもいるの?」
「いるわけないだろうが。冬だぞ? それに衛生管理はちゃんとしている。ゴキブリなどいてたまるか」
「そこ自慢するところなんだ……高校生男子なのに……」
奏はドン引きしているが、別に高校生男子だろうが、なんだろうが、台所の衛生管理はしっかりするべきだろ?
家族の食事を作るところだからな。ゴキブリ対策は万全だ。とはいえ、それでも現れるんだよな。
「あ、あの、お兄さん。お兄さんは妹さんと……その……」
「妹?」
「ああっ! そうそう! 思い出した! お兄さん! 妹は大事にしなきゃ!」
いきなり何を言い出すんだ?
雅はエヘンっと胸を張ってご高説をたれてきた。
「下の子を守ってあげるのがお姉ちゃん、お兄ちゃんでしょ! いつまでもへそを曲げてないでさっさと仲直りしなさい!」
もしかして、これか? これが目的なのか?
へそを曲げているだと? 俺が?
んなわけねえだろうが。納得いくかよ。
「なあ、そこまで言うのなら、雅さんは上の子の気持ちが分かるんだろうな?」
「……さんづけするんだ」
「はあ?」
「やめてよ。私のことは雅でいいから。さんづけされると、なんかよそよそしいし」
……いや、ちょっと待ってくれ。
そこか? そこなのか?
面倒くさい……って思ったが、仕方ない。
小学生女子を素で呼び捨てにするのは若干の抵抗があるが、話が進まないので謝るか。
「……すまん。み……雅」
「うん! それでよし!」
コイツ、コロコロ表情が変わるな。見ていて微笑ましい。
だが、俺はロリコンではない。
「話を戻すが、雅は下の子がいるのか?」
「うん! 妹が一人!」
「か、奏……さんでいいよな? 奏さんは?」
「私は兄が一人。それと、わ、私も呼び捨てでいいですよ……年下ですし」
奏は少し困った顔をしている。奏は確か、男が苦手だったな。
「その、なんだ。年下でも親しき仲にも礼儀ありって言うしな。奏さんはさん付けしてもいいか? そっちの方が助かる」
「……はい。お兄さんがそれでいいなら」
奏はほっとした顔をしている。
知り合って間もないのに、呼び捨ては抵抗あるよな。人それぞれだし。
「奏ってほんと、奥手よね~?」
「……雅ちゃんだって、強君のことが好きなのに奥手だもん」
「なっ! ち、違うから! へ、変なこと言わないでよ!」
コイツらのノリ、いいテンプレだな。
いいコンビだ。素直にそう思った。
活発な雅に思慮深い奏。
一見でこぼこコンビだが、互いに自然にフォローしているって感じがする。いい友達だ。
二人の姿に、俺と健司の姿を重ねてしまい、少しせつなくなる。
「雅は強の事が好きじゃないのか?」
「だ、だから違うから!」
「俺は雅が強の恋人なら嬉しいけどな」
「えっ?」
これは社交辞令ではない。本音だ。
「で、でも……私……女の子っぽくないし……可愛くないから……」
「俺は雅こそ強の恋人に似合っていると思うぞ」
雅はぽかんと口を開けている。嘘ではない。
「強はいいぞ。頭もいいし、運動もできる。ルックスは言わずもがなだな。料理も今、勉強しているし、元々優しい子だ。絶対に将来、モテる。イケメンは嫌いじゃないだろ?」
「け、けど……私……がさつだし……男の子からは男扱いされるし……」
「もっと自分に自信を持て。いい女の条件は可愛い容姿か? 男気のある女は魅力がないと言い切れるか?」
俺と同じクラス、同じ風紀委員の御堂優希は可愛くないが、美人で男女問わずモテる。
一般の生徒には煙たがられるが、彼女は一年前、『Blue Ruler』というチームの頭をはっていて、メンバーの多くが御堂のカリスマに憧れていた。
女神だと崇拝していた者もいる。
男に負けない喧嘩の強さと、懐の広さといった内面と外面に魅力を兼ね備えているが、雅はどこか御堂と似ているところがある。
だから、言える。雅は将来、美人になる。
どん! どん! どん!
「えへへ……ありがとね、お兄さん」
「別に。事実を言っただけだ」
「お兄さんって強君のこと、かなり気に入っていますよね?」
奏は呆れた顔をしているが、俺としては当然と言いたげに告げる。
「自慢の弟だからな。二人はどうなんだ? 妹と兄がいるんだろ?」
「妹? 可愛いよ。私はお姉さんだし、面倒見なきゃって思ってる!」
雅はハキハキと胸を張って言い切る。
お姉さんが……雅はちゃんとお姉ちゃんをしているんだな。
俺はどうなんだろうか? 上春の兄として……は最悪だろうな。それは認める。
だが、強の兄としてはどうだろうか?
なるべくなら、いい兄貴だって思われたい。強の為に上春と仲直りするのは……間違っているよな。
それは上春に失礼だ。出来るはずがない。
「……妹はそんなにいいものか? 喧嘩とかしないのか」
いいお姉ちゃんしているってことは喧嘩せず、テレビや漫画で出てくるような仲良し姉妹なのだろうな……うらやましい。
「ううん、よく喧嘩する」
「喧嘩……するのか?」
「うん」
け、喧嘩するのか?
雅はご機嫌な顔で大福を食べながら、話す。
「だって、妹だよ? するに決まっているじゃん! アイツ、ママにチクるし、私のモノをとるし、自分の思い通りにいかないと泣くし、大変なんだから、相手するの」
「た、大変だな」
「まあね。もう、そういうものだって諦めてるし。まあ、なんだかんだで……」
トントン。
なんだ?
ドアをノックするヤツがいる。ドアが開き……。
「雅はん。ちょっと……」
寒気がした。
い、行かせてはならない。そんな気がする。
雅はほえぇっと呼ばれるまま、無防備に朝乃宮の元へ行く。
「ま、待て……」
雅は俺が呼び止める前に部屋を出て行き……。
ばたん!
「「……」」
俺と奏は顔を見合わせ、静まりかえった廊下をただ、じっと見つめていた。
ドアは開きっぱなしになっている。雅はどうなったのか?
こ、こええよ!
確かめなければならないのだが、足がすくむ。
自分の家でホラーとかありえんだろ!
だ、だが、雅が心配だ。
俺は雅が無事か心の中で祈りつつ、勇気を振り絞り廊下に出ると……。
「み、雅!」
「……」
雅は床に横たわり、動かない。何があったのか? 尋ねるのが怖い……って誰に聞けばいい?
と、とりあえず、救助だ。
雅は幸せそうな顔で気絶している。余計に怖いわ!
朝乃宮……お前、何がしたいんだ? いや、分かっている。
雅と奏を使って、妹のよさとか、仲直りしろとか説得させようとしたんだよな。
だが、まっすぐぶつかってくる素直な雅がお前のよこしまな考え通りに動くわけないだろうが。
後で文句を言ってやる!




