1/31 前編
次の日。
「……」
「どうしたの、正道?」
昼休み。
風紀委員室で左近といつものように昼飯を食べようとしたとき、いつもの弁当箱が違う事に気づいた。
「いや……小さい」
「小さい?」
弁当箱が小さい。
いつもは長方形の弁当箱がお弁当袋に入っているのに、今日は楕円型のお弁当箱だ。
どういうことだ? これは上春の弁当箱じゃないか?
確か、前にそーめんを入れていた弁当箱に似ている。
だが、なぜ一段だけ……
「可愛いお弁当だね」
「……」
俺は弁当箱を開けると……。
「……日本人らしいね」
何が日本人らしいだ。皮肉か?
小さい弁当箱には白一色、白米がビッシリと詰めていた。
なんだ、この弁当は? この意味は?
「嫌がらせかよ……」
今日の弁当の当番は上春と朝乃宮。
朝乃宮はこんなセコいことはしない。だとしたら……。
「……ううん、あの子がそんなことをするとは思えないけど」
「するとは思えない? 目の前にある結果が全てだろ……」
アイツ……いい加減にしろよ……。
お前のせいで……どれだけ……。
「と、とりあえず、落ち着こうよ。まずは確認しなきゃ。間違いだってことも……」
「本気でそう思ってるのか?」
「……」
「失礼します」
「あっ……上春さん」
上春……。
「あっ、兄さん。よかった。ここにいたんですね」
「あ、あのね。上春さん、ちょっと……」
「兄さん、ごめんなさい。おかずの入った弁当箱を入れ忘れてしまって……」
……。
「ほ、ほら! 僕の言うとおり……」
「……わざとだろ?」
「えっ?」
「楽しいのか? こんなことをして。わざとらしい」
やり方が陰険だろ……ニヤニヤしやがって……イジメか……。
イジメハユルセナイ。
イジメヲヨウニンデキナイ……デキルハズガナイ!
アノクソヤロウタチトイッショノコトヲスルヤツヲユルスナ!
そうだな、こんなヤツ……妹じゃない。
コイツは……敵だ!
「僕は姉さんとあんちゃんも仲良くして欲しい。あんちゃんは血のつながっていない僕に優しくしてくれて、家族にしてくれた。すごく、うれしかった。姉さんにも同じ想いをしてほしい。幸せを感じて欲しい」
強……。
「に、兄さん?」
「……」
「ま、正道? どこにいくの?」
「購買だ」
俺は上春を睨みつける。
「こんなヤツの作った飯なんて食えるかよ」
俺は黙って風紀委員室を出た。これが精一杯だった。
上春を罵りたい気持ちを抑えるのがやっとだった。
部屋を出たところで……。
「朝乃宮……」
「……」
朝乃宮は何も言わず、俺の横を通り抜ける。
もう何も言うことはない。そう言われた気がする。
「……」
完全に嫌われたな。
なぜだ? 俺と朝乃宮は何でもない。
それなのに……言いようのない胸の痛みが走るのは……。
「はぁ……」
なぜこうなった……。
いや、そんなことは分かっている。俺のせいだ。
きっと、本当に入れ忘れたのだろう。それなのに……。
冷静に考えれば、上春があんなことするわけがないと分かることなのに……ついカッとなって上春を傷つけ、朝乃宮を失望させた。
何をやっているんだ、俺は……。
くそ! くそ!
「……シケた顔してるな、藤堂」
「……御堂か」
俺が逃げた場所、屋上に御堂がいた。
御堂はどこか不機嫌そうで物憂さを感じる。
「上春を……泣かせた」
「そっか……」
御堂は俺に近づき……。
ゴン!
「痛ぁ!」
「これで気が済んだか?」
「……すまん」
「謝るな」
御堂には頭が上がらない。
御堂は理由を聞かず、ただ俺の頭を殴った。
それが罰で、少しでも俺の罪悪感を消すために……。
悪いことをしたら罰を受ける。それが償いとなり、許される。
それを御堂がやってくれた。
御堂の心遣いと仮の罰を受けたことで、少しだけ心が軽くなったのは……最低だと思うべきことだとは思うけど、少しだけリラックスできた。
だから、つい弱音を吐いてしまった。
「なあ、御堂。兄妹はいるか?」
「いねえ」
「俺もいなかった。だから、分からないんだ。兄妹喧嘩って……こんなにも辛い気持ちになるのか?」
「……」
武蔵野は言っていた。
兄妹なんて、喧嘩するのは日常茶飯事だって。
確かに喧嘩する。
けどな……。
「泣かせる気はなかったんだ……なんの変哲もないやりとりだって俺は思ってた。頭をはたいたりすることは、別に俺達にとっちゃあ、フツウだろ? けど……上春は違ったみたいだ。距離が……アイツとの付き合い方が分からないんだ」
だから、戸惑う。つい、憎まれ口を叩いてしまう。
喧嘩の経緯はともかく、俺だって上春が憎いわけでも嫌いなわけでもない。
けど……うまくいかない。
どうすればいいんだ……。
「御堂なら……どうする?」
なぜ、俺は誰かにすがるのか……本当に情けない。自分が嫌になる。
どうして、俺はこんなにも弱いんだ……。
「さあな」
「……」
「私は私だ。自分に出来ることしか出来ねえよ。藤堂、お前はお前らしくやれ」
「俺らしく?」
なんだ? 俺らしくって……。
だが、納得いくところがある。
所詮、俺は俺だ。
女子と話すのが苦手な俺が、武蔵野のようにうまくやれるわけがない。
ならば、俺がやるべきことは……。
「サンキューな、御堂」
「……別に」
俺は自分に出来ることを問い続けた。
「はぁ……」
放課後。
俺は体育館裏でため息をついていた。
今日は風紀委員活動がない為、授業が終わった後、ここで時間を潰している。
情けない……。
上春と鉢合わせするのが嫌で逃げているだけだ。
不良を相手にしてきたのに、女子一人から逃げているとか……。
だが、どうすれば……。
それに……。
「……朝乃宮……」
「藤堂……はん?」
なんてタイミングだ。
よりにもよって朝乃宮と出会っちまうとは。
なぜ、朝乃宮がここにいる?
俺への苦情か? 当然だな。
上春を泣かせた事への文句以外俺に話しかけることなどありえないからな。
上春を泣かせたのは俺のせいだ。
素直に嫌みでも小言でも聞いて……ん?
どうしたんだ? 両手を口に当てて驚いた顔をして。
何をそんなに驚いているんだ?
「朝乃宮さん。お待たせしました」
ん? 男?
多分同じ二年の男子生徒だが、俺……じゃなくて、朝乃宮に何の用だ? なぜ、俺をチラチラと見る?
いや、待て。
放課後。
人通りの少ない場所。
男女。
そっか、告白か。朝乃宮は美人だからモテるしな。
「邪魔したな」
なんだ? 胸がざわつく。なぜかムカムカする。
何に対して?
分からないが、苛立ちが湧き上がるのを抑えられない。
そのとき、スマホの直進音が鳴った。
相手は左近だ。
「ごめん、ちょっといいかな?」
「……なんだ?」
「どうかしたの? 元気ないみたいだけど?」
「問題ない。それより何か用があったんじゃないのか?」
俺は誤魔化すように話を催促する。
「少し問題が発生しちゃってさ。動ける?」
「大丈夫だ。ちょうど体を動かしたい気分なんだ」
このムカムカする気分が晴らせるかどうかは分からないが、何かしていないと落ち着かない。
とりあえず、左近からの依頼を聞くことにした。




