2/1 その二
「正道、大丈夫なん?」
「なあ、潤平。その質問に何の意味があるんだ? 見たら分からないか?」
「ごめん。ちょっとウケる」
昼休み、俺は自販機前で偶然会った潤平と話をしていた。
朝の記憶がない。気がつくと保健室のベットで寝ていた。
誰が運んでくれたのかは分からない。武蔵野に連絡すると、武蔵野も黒井も無事だった。
俺だけボコボコとか……納得いかねえ……。
「悪戯の犯人は伊藤氏の弟だって知ってた?」
「あのガキ……」
アイツの悪戯のせいで俺がボコられるとか、余計に納得いかんわ。
「けど、安心したわ。朝乃宮も人の子じゃん。パンツ見られそうになってビンタとか」
「いや、木刀だ」
ビンタならかわいげがあったんだけどな。ったく、なんなんだ、あの女は。
くそ! 腹がたってしかたねえ!
「そういえば、正道ってまだ上春氏と喧嘩してるん?」
「ああっ……」
「朝乃宮から何か……本みたいなもの、受け取らなかった?」
本? あの部屋に置いていたアレか?
どうして、潤平が知ってるんだ?
「……いや、受け取っていない」
「おっかしいな……絶対にうまくいくのに……」
うまくいく? 何がだ?
「正道、これはお節介だけど、少しは朝乃宮に優しくしなよ」
「なんでだ? 上春ではなくてか?」
潤平が朝乃宮を庇うのは珍しいな。というよりも、二人に接点なんかあるのか?
「上春氏もだけど。朝乃宮にはなんだかんだで助けられたでしょ? それに彼女、正道のことを気に入っていると思うよ」
「……んなわけねえだろうが」
アイツは上春一筋だ。それは上春陽菜の約束があるからだ。
もし、上春陽菜が目覚めて、約束が果たされたとき、アイツはどうするのか?
自由になれば他のヤツにも目がいくのか? 誰かを好きになるのか?
その好意が俺に……いや、やめておこう。
俺は首を横に振り、ありえない未来をかきけした。
「久しぶりだな。朝乃宮陽菜」
俺は朝乃宮陽菜の病室にお見舞いに来ていた。
潤平との話が出てきたので、立ち寄ってみた。
俺は一輪の花を花瓶に差し込む。
上春陽菜は相変わらず静かに眠っている。コイツはいつまで眠っているんだろうな。
「なあ、上春陽菜。俺はどうしたらいいんだろうな……上春や朝乃宮と喧嘩したかったわけじゃあないんだ……強のように自分を偽ることなく……兄妹だからこそまっすぐ向き合えば、分かり合えるって思っていたんだ……けど、全然うまくいかない。俺はやはり……誰かと仲良くなる資格なんて……ないのかもな」
何を今更……。
御堂や伊藤を傷つけておいて。何様だというのか。
いや、これはただの言い訳。うまくいかない正当な理由を作り上げ、自分を護る為の儀式。
ベツニイイダロ? ニゲルノハツミジャナイ。
分かっている。けど、俺は向き合うって決めたんだ。
その為に『集合体』に参加した。
ここで諦めてはいけないんだ。
「!」
物音がしたので、振り返ってみると……。
「上春……」
「兄さん……」
病室の入り口に上春が立っていた。
「「……」」
俺達は病室を出て、帰路についていた。
俺は一人で帰ろうとしたが。
「……待ってください。帰る家は一緒なのに、どうして、別々に帰らなきゃいけないんですか?」
「……言うまでもないだろ?」
くそ!
上春の泣きそうな顔を見て、胸くそ悪くなる。自分の小ささにどうしようもない嫌悪感が襲いかかる。
結局、一緒に帰ることになった。
二月になって寒さは更に厳しくなる。けど、握りしめた拳は熱くて痛い……。
逃げないと上春陽菜の病室で誓っておきながら、この体たらくは何だ?
家族と向き合うのではなかったのか?
俺と一緒にいれば、上春は危険に巻き込まれる。それは上春だって分かっているはずだ。
それなのに、上春は俺の側にいようとする。
俺が上春の為に出来ることなんて、たかがしれている。
これを機に上春から離れた方が、彼女にとって幸せではないかと思う。
それでも、俺は……上春に……上春の想いに……。
「上春!」
「きゃあ!」
俺は上春を力一杯抱きよせた。
「に、兄さん? ちょっと、こんな道の真ん中……あっ……痛ぁたたたたたたたたた!」
野郎!
上春がいたところを猛スピードで赤のロードバイクが爆走する。最高速度が70はでる自転車だ。
あのスピードから50はでていた。当たれば、上春はただじゃすまなかっただろう。
「痛い痛い! 兄さん! 痛い! 離して!」
ユルセナイカ?
当たり前だろうが!
「兄さ~~~ん! 聞こえてますか! マジで! マジで折れる~~~~~!」
ケドナ。
なんだよ。
「ひぃいいいい! 痛ぁたたたたたたたたた!」
モットタイヘンナヤツガイルゾ。
?
「に、兄さん……ギブ……許して……」
「おおっと!」
俺は上春を突き飛ばすように離した。
上春は千鳥足でヨロヨロとよろめき、カーブミラーにぶつかる。
「あがぁ!」
「上春。ちゃんとしろ。風紀委員として情けないぞ」
道ばたのカーブミラーにおでこからぶつかるとか、ギャグか? 道ばたですることじゃないだろう。
「……やっぱり、兄さんは天敵です……その天然で人の心をえぐりとるその所業……まさに鬼畜……」
鬼畜だと? ロードバイクから護ってやったのに、コイツは……。
「少しは兄を敬え」
「うぎゃああああああああああ!」
とりあえず、アイアンクローでお仕置きだ。
俺はロードバイクが走り去った場所を見ると……。
いた!
フルフェイスをかぶった黒いジャケットの男が俺から離れたところでロードバイクをとめ、こっちを見ている。
野郎!
わざと待ち構えて挑発してやがる。だが、なぜ、上春を狙う?
俺は上春のアイアンクローを解除し、男を睨む。
男は指をクイクイと前を指さす。
なんだ? かかってこいって言ってやがるのか?
業腹だが、天地がひっくり返っても俺があの男に追いつくことはない。ロードバイクはそれほどの力がある。
男はゆっくりと走り出す。男の前に高齢の女性がいる。男は女性の後ろをゆっくりと走っている。
ま、まさか……。
男は先ほど指を指していた。それは俺を挑発している行為だと思っていた。
だが、その指さした場所に高齢の女性がいなかったか? 男は……男は……。
男はスピードをあげ、女性に近づく。
そして……。
「きゃあああああ!」
あのクソ野郎!
男は女性のすぐ横を猛スピードで通り過ぎた。
数ミリでもずれていたら、女性にぶつかっていただろう。それほど近接した距離をあの男は通り過ぎた。
女性はあまりの恐怖で尻餅をついている。しかも、それだけではすまなかった。
「ば、バックが! 泥棒!」
ちっ!
「兄さん!」
「上春! あの高齢の女性を頼む!」
俺達は腰を抜かしている女性に向かって走り出す。ロードバイクは右の道へ曲がる。
「大丈夫ですか! 怪我はありませんか!」
女性は上春に任せて俺はロードバイクを……んん? なんだ?
いや、足を止めている場合じゃない! 追うんだ! 無駄だと分かってはいるが、それでも気が収まらない。
俺はカーブを曲がるとそこには二人の男が地面に倒れていた。事故か?
二人ともフルフェイスはしていない。
二人とも……。
「同じロードバイクだと?」
形も色も同じロードバイクが倒れている。
ジャケットは一人が赤でもう一人はセーターを着ている。黒ジャケットではない。
は、犯人はどっちだ?
俺は何か嫌な予感を感じていた。
この事件はただのひったくりではなく、ただの序章……いや、すでに新たな抗争に巻き込まれているなどと、想像もつかなかった。




