1/30 前編
次の日。
俺は北区にある青島デパートに向かった。暖房機器を買うためだ。
安い電気ストーブなら五千以下で購入できるだろう。できなければ、ネットで買えばいい。
青島デパートは青島にある唯一のデパートで、三階建て、地下一階まである。
地下は食品売り場。
一階は化粧品、アクセサリー売り場。
二階は紳士、婦人服売り場。
三階がオモチャと電気製品売り場。
屋上は子供の遊び場兼ステージだ。
デパート内に入ると、暖かい暖房の風が冷えた体を暖めてくれる。
目的地は三階なのでさっさと行くか。俺は寄り道せずにエスカレーターに乗り、電気製品売り場へと向かう。
平日なのでデパート内にいる客は主婦と子供がちらほらいて、青島の生徒もいる。
電気製品売り場につくと、早速暖房器具に向かおうとしたが……。
「おっ、我が弟子! ちっす!」
「こんにちは、正道君」
アルバイト先の店長、榊原さんとその妹さんの夏帆さんと出会ってしまった。
俺はさっと顔をそらしてしまう。き、気まずい……。
「おいおい、正道よ……店長にその態度はないんじゃない?」
「……その、すみません……」
「……兄さん……正道君に何したわけ?」
夏帆さんが橿原さんを睨みつける。いや、違うんです。ヤバい、変な誤解をさせてしまった。
俺はすぐに謝罪する。
「いえ! 俺が悪いんです! 本当に申し訳ございません! 野球を……喧嘩の道具にして……汚してしまって……」
俺は青島西中とブルーリトルの野球勝負で、試合中にボールをわざとぶつけたり、殴ったりして喧嘩をしたことを謝罪した。
榊原さん達が所属している『青島ブルーフェザー』は野球好きな大人が集まって出来たチームで、俺もそのチームに入れてもらい、よくしてもらった。
それなのに、恩を仇で返してしまった。
青島西中の連中を叩きのめしたことには後悔していない。けど、皆さんに迷惑を掛けたことは心苦しかった。
榊原さんはどう思っているのだろうか?
「確かに、喧嘩はよくないな。反省……」
「いや、兄さん。昔、バットで気に入らないヤツ、叩きのめしてきたでしょ?」
「こら、妹よ! ここは真面目にだな……」
「『ブルークラッシャーの榊原』って言えば、有名でしょうに。ねえ、正道君?」
「は、はい……」
ブルークラッシャーとは昔、青島を恐怖に陥れたキチガイの集団で、特にヘッドの榊原さんはバットで敵対する不良をぶっ潰してきた。
義信さんも手を焼かされたと聞いている。
ちなみに夏帆さんもレディースのトップで、ガチで榊原さんと衝突したことがある。
文字通り血の雨が降った伝説の兄妹喧嘩として語り継がれている。
俺と上春の喧嘩に比べたらスケールが違うよな。
「と、とにかく! 大人として、正道を叱らにゃならんでしょ! 俺らがそうだったからって、正道のやったことが許されることじゃないだろうが」
「それもそうね。で、許すの?」
榊原さんは俺に手を差しのばし。
パチン!
「あ痛ぁ!」
マジで痛い!
デコピンなのに一瞬だけ気が遠のいたぞ! これがクラッシャー榊原の実力か!
「俺はこれでいい。後は自分を許せるか、だろ?」
「自分を許せる?」
榊原さんは俺の肩に手を置き、笑いかけてきた。
「俺はいつでも歓迎するぜ。そもそもおっさんの集まりなんだ。資格とかそんなもんはねえよ」
俺はほっとしてしまった。
自分で誓ったことなのに、一週間もたたないうちに気が変わるとかありえないだろ?
戒めろ。自重しろ。
「狂人の集まりの間違いじゃない?」
「お前もたいがいだぞ、妹よ。さっさと結婚して家を出ろ」
「セクハラだから。その発言」
榊原さんは夏帆さんと口げんかしている。
俺は二人をじっと見つめていた。
「どったの、正道? 俺達の顔に何かついてる?」
「お姉さんに見とれていたとか?」
夏帆さんが前屈みになって俺の顔をのぞき込んでくる。
飾り気のないすっぴん美人でスタイルのいい女性にからかわれていると分かっていても、苦手だよな。
「あっ、いや……すみません……二人は仲がいいと思いまして……」
「「ああん!」」
二人はもの凄く嫌そうな顔をしていた。
仲がいい……って思うのは不謹慎かもな。
俺も上春と仲がいいって言われたら、同じ顔をしていたかもしれない。
「いや、ありえんだろ? さっさと結婚して出て行け」
「お前が出て行け! いいおっさんがいつまでも実家で暮らすとかありえないでしょ!」
ブーメランですよ、夏帆さん。
俺も兄妹仲良く買い物にいく日が来るのだろうか? 晩ご飯の買い出しとか除いて。
とりあえず、喧嘩を止めるか。
「あ、あの、榊原さん、夏帆さん。何を買いに来たんですか?」
話をそらすために別の話題を振ることにした。
「俺は暖房機器」
「私はテレビ。正道君は?」
「俺も暖房機器です」
「そっか! おそろいだな!」
何がおそろいだ?
それに暖房って……。
「暖房機器ってお店のヤツですか? でも、暖房って壊れてましたっけ?」
「いや、自分の部屋の。デスクこたつが欲しくてさ。最近、パソコンを買っただろ? 本格的に勉強しようと思って」
「テーブルで勉強しようが、机で勉強しようが同じでしょうに」
「俺は形から入るの。机で勉強した方がヤル気出るでしょ?」
榊原さんの言いたいことは分かる。
テーブルでやるよりも、椅子に座って勉強した方が俺は楽だ。
背もたれあるし、机の方が引き出しとかあるからいろんな物をしまっておけるからな。
やはり、大人っていいよな。経済力が違う。
高校生だと限界がある。早く就職して金を稼ぎたい。
車が欲しいし、家具や電気製品を充実させたい。
俺の部屋にある物はすべて、義信さんのお古だからな。
それが悪いとは思わないし、逆にありがたいのだが、だからこそ、自分の物は自分でそろえたい。
早く大人になりたい……。
「正道君はどんな暖房機器を探しに来たの?」
「俺は電気ストーブです。安いし、予算が五千円なので」
なるべくなら安く済ませたい。三千程度で買えるものがベストだ。
「ねえ、それなら兄さんのお古のこたつ、譲ってあげたら?」
「おおっ! ナイスアイデアだ、妹よ!」
んん? どういうことだ?
「正道君! 特別ボーナスだ! こたつを譲ってしんぜよう!」
「はい?」
思わぬ提案に、俺は目を丸くした。
こたつをゆずってもらえる? マジか!
それはうれしいのだが……本当にいいのか?
呆然とする俺に、榊原さんは豪快に笑い、俺の背中を叩く。
「気にするなって! いつも真面目に働いてくれているお礼だって!」
「いや……祝日や休日だけですし……」
「土曜日や平日だって電話したら優先的に働いてくれているでしょ?」
確かに、呼ばれたら助っ人として出ていたが……いいのか?
土曜日は学校が休みなので十五時から夜十時まで働いているが、平日は呼ばれたら二、三時間くらいしか働いていない。
「いや、短い時間だけ入ってくれるのはすんげえありがたいんよ。忙しいときだけ入ってくれるのは人件費削除できるしさ」
「それはある!」
確かに客がいないときに俺がバイトに入っていても、時給が発生するから、店側としたらそっちの方がいいよな。
一応、バイトは学校と義信さんの許可をもらっている。
義信さんとしては、知り合いの榊原さんがいる店で俺がバイトすることに安心があるみたいだ。
「けど、本当にいいんですか?」
「いいっていいって! これからも夜露死苦ってことで!」
こ、ここは断らない方がいいのか? 本当にいいのか?
頬が緩むのが自覚できる。俺の部屋にこたつか……いいな……。
「よし! 私も正道君にテレビを贈呈しよう!」
「はあ?」
な、なんでテレビ?
テレビ買いに来たんでしょ? いや、テレビを買いに来たってことは……。
「私のもお古だけど、まだまだ使えるから。しかも、内蔵HDDとブルーレイつき!」
「さ、流石に悪いですよ!」
「兄さんだけいい顔させたくないし。それにテレビってリサイクル料がかかるでしょ? 言い方悪いけど、タダで廃棄できるんだから、こっちもお得なわけ」
いやいやいやいやいや! 待て待て待て待て!
運がよすぎないか? ありえないだろ?
テレビとこたつ……マジか……。
俺は自分の部屋にこたつとテレビのある生活を思い浮かべ……やべえ……マジで笑みが抑えられない。
タダよりも高い物はないというが……それなら、俺の出来ることで恩返しすればいいんじゃないのか?
俺のことを買ってくれているんだ。それなら、応えたい。
俺はありがたく受け取ろうとしたが……。
「私のことが好きならさ……もらってよ」
「……いや、ちょっと待ってください。それはどういう意味で?」
「勿論、可愛い弟分としてね。あっ、本気なら別にそれでもいいけど」
だから、やめてほしい。
上目遣いとか、距離近いとか、無防備とか本当にテレるからやめてほしい。
ちなみに夏帆さんは美人ってだけでなく、器量がよく、面倒見の良さや強さを兼ね備えているので、男女とも人気だ。
看板娘の夏帆さんにはファンもいる。もし、手を出したって噂が流れたくらいで、常連にシバかれる。
それだけならまだいい。
夏帆さんはレディースの伝説と呼ばれたお方だ。崇拝するお人達もいるので、その人達に睨まれたら終わりだ。
「正道……」
榊原さんが急に真面目な顔になって、俺の前に立つ。
これはよくある、妹はやれんと言ったあの……。
「夏帆をもらってやってくれ! 頼む!」
全くの逆だった……。
いやいや、夏帆さんに手を出したら殺されるでしょ、確実に……。




