1/29 後編
唐突だな。
朝乃宮を怒らせるな?
「どういうことだ?」
「言葉通りの意味だよ。今の生徒会長だけど……」
「生徒会長? 誰だっけ?」
「……それ、本気で言ってる?」
す、すまん……。
以前は押水姉だったな。今は……。
「小暮先輩……か?」
「それは押水先輩の前の生徒会長だよ。それに小暮先輩は三年だから今年卒業でしょ? 僕達と同じ二年の氷室君だよ」
「……」
そ、そうだったか?
いつの間に……。
「青島祭の後、生徒会選挙があったでしょ? 覚えてないの?」
「……すまん。あのとき、いろいろあってな……」
「伊藤さんと別れたことでしょ? 引きずるくらいなら呼び戻しなよ」
伊藤を呼び戻す?
そんなこと……。
「無理だ。前にも言ったが、今の青島は危険だ。伊藤を二度と危険な目に遭わせない。それが俺達の共通の認識だろ? それに生徒会長が朝乃宮とどう関係している?」
「そうだったね。実は氷室君はアンチ風紀委員でね、僕達の存在を疑問視しているんだ」
そういうヤツはいるだろうな。
特に俺なんて不良相手に喧嘩ばかりしているから不信感ありまくりだろう。
「けど、朝乃宮が生徒会副会長だからうまくとりなしてくれているわけ。この意味が分かる?」
「上春の為と俺達への牽制か?」
風紀委員は教師の犬って陰口言われているからな。これ以上、風紀委員の風評が悪くなるのを見過ごせないといったところか。
牽制は……。
「俺達じゃなくて、僕にだけど。以前上春さんに冷たい態度をとったから怒ってるみたい。これで分かったでしょ? 彼女は上春さんの為なら本気で潰してくる。朝乃宮は猫かぶっているから人気あるし、権力は朝乃宮の方が上。腹立たしいでしょ?」
最後のは個人的な嫉妬では?
「それに朝乃宮、御堂、順平はゲストだし」
「おい、そういう言い方は……」
「綺麗事はなしでいこうよ。御堂と順平は義理人情で動くから、仲間に何かあったら放っておけない人達でしょ?」
それは言えてる。
あの二人が率先して約束を破ることはないが、仲間の為ならそちらを優先するのは目に見えている。
気持ちは分かるし、そういう理由なら仕方ない。それは俺も左近も承知の上だ。
問題は……。
「朝乃宮か」
「そう。彼女の基準は常に上春さんにある。つまり……」
「上春次第で対立することもあるって言いたいのか?」
理屈ではそうだ。
だが、上春が風紀委員に対立するような事をするとは思えない。
アイツの性格上ありえない。例え喧嘩中でもだ。
だが、それは俺達の考えであり、結局、朝乃宮のさじ加減なのだ。
「もし、朝乃宮と対立した場合、僕達はかなり不利になる。本気でやりあうことになる。そのとき、正道は朝乃宮を抑えることが出来る?」
朝乃宮を抑えるか……。
実力はあちらの方が上。
人気は言うまでもない。
ありとあらゆる面で朝乃宮が上。
だが……。
「その必要はないだろ?」
「どういうこと?」
「俺は朝乃宮を信じている。アイツは味方だ」
アイツと同じ釜のメシを食ってきたんだ。
信用できるヤツだって分かってるさ。対立することもないし、する必要もない。
「信じるね……正道。朝乃宮のこと、何も……」
ドン!
なんだ?
風紀委員室の外から音が……。
「……ごほん。正道、2/3あいてる?」
「なんだ、藪から棒に? 空いているが、それより……」
「公民館で節分のイベントがあるんだけど、その手伝いをお願いしたいんだ」
ああ……もう、そんな時期か……。
役所の方が公民館で季節の行事を子供達向けにやっている。
最近だとクリスマス会を手伝ったな。
サンタの役……やりたかった……。
「バイトがあるのは知っているけど、今回のイベントは参加して欲しいの」
「? 力仕事が多いのか?」
左近が参加をお願いじゃなくてしてくれって言うのは珍しいな。
「青島西中の一件がさ、流石に問題になってるんだよね。今もみ消しているんだけど」
「もみ消しているのかよ」
つい苦笑してしまうが、左近は大真面目な顔をしている。
「笑い事じゃないから。正道、小学生の怪我人を出したのって結構問題なの。形だけでも反省してますって事、証明しないといけないから」
「俺は本気で反省しているぞ。それで役所の手伝いか?」
「アピールするにはいい機会でしょ? それに反省しているのは目に見えた方がウケがいいし」
いや、俺達、ボランティア精神を侮辱していないか?
いろんな意味で申し訳ない気持ちになる。
「俺一人か?」
「いや、風紀委員から何人か出してくれって先方から言われているから、こっちで何人か適当に選ぶつもり。それでいい?」
「いいぞ」
きっと、須藤あたりが呼ばれるんだろうな。
俺は漠然と考えながら、一番厄介な事を考えていた。
俺と上春はこの朝の一件以降、口をきいていない。
完全に冷戦状態だ。
ついでに朝乃宮とも一言も話していない。
そりゃそうだわな。朝乃宮は何があっても上春の味方だ。たとえ、上春が百パーセント悪くてもだ。
情の深い朝乃宮らしい。
けどな、違うだろうが。
悪いことは悪い。嫌われるとしてもハッキリと言うべきことは言わないと駄目だろうが。
くそ! 何故か腹が立つ!
やはり、朝乃宮とは気が合いそうにない。アイツは天敵だ。それを再確認させられた。
朝乃宮との特訓も無期限の中止となっている。
まあ、特訓は御堂と順平がいるから問題ない……こともない。
最近、御堂の特訓が激しい。何か八つ当たりされている気もするが、御堂が本気ならそれはそれでやりがいがある。
ただ、順平の本気を引き出すのは実力不足なのだが。
青島西中との喧嘩以来、特に問題もなく日々が過ぎていく。そのことは御堂にも相談済み。
ただ、油断はできない。
とりあえず、今、一番の悩みは……。
トントントントン。
「……」
「……」
今日の晩ご飯当番、俺と朝乃宮。最悪の組み合わせだ。
いや、上春の方が……いやいや、今はどうでもいい。
会話がない。重苦しくて息苦しい。胸の中がざわつく。
「……」
「……」
はぁ……さっさと作ってしまおう。
今日の献立はタラ鍋。
個人的にはタラはフライで揚げてタルタルソースで食べるのが好きだが、寒い時期にこそ鍋で暖まりたいんだよな。
相変わらず朝乃宮の手際は見事だ。それに姿勢が美しい。
こういうところはすげえって素直に思える。そんなこと、口が裂けても言えないが。
なぜって? 負けたくないからだ。
楓さんの教え子として、みっともない姿は見せたくないからな。
「! 痛っ!」
朝乃宮?
どうやら包丁で指を切ったみたいだな。珍しい……っていうか、初めて見たぞ。
「見せてみろ」
「!」
俺は朝乃宮の手を握る。
結構深く切れてないか? 血が溢れている。
「……別にたいしたことありません。水で洗って絆創膏を……!!!!!!!!」
んちゅ……ぺっ!
結構血が出てるな……鉄の味がする。
もう少し……。
「藤堂はん……」
「んん……」
バシュ!
「ぶほぉ!」
せ、扇子で叩かれた! 地味に痛い!
な、何だ?
「藤堂はん……血を口で吸っても止血効果はありませんし、逆に菌が入りますので、逆効果です。水で洗って絆創膏していれば問題ありませんから」
朝乃宮は台所から出て行った。
そして、そのまま帰ってこなかった。
「……」
朝乃宮は晩ご飯に現れなかった。
今日も上春はすこぶる機嫌が悪い。
だが、なぜか違和感を覚える。
どうして?
「……私の部屋なのに……」
それはともかく、朝乃宮がこの場にいないのは……俺の責任だろうな。
なんであんなことをしたんだろう……。
ふと頭の中に思い出が蘇る。
それはまだあの女を母親と……。
いや、よそう……。
俺は首を横に振り、考えを打ち消す。
女子に気軽に触ったことを反省した一日だった。
「ハックシュン!」
「……あんちゃん、大丈夫?」
「応。問題ない」
強の心配げな視線に、俺は問題ないと手を横に振る。
夜、俺は受験勉強を、強は俺のパソコンで動画を見ていた。
この部屋には暖房機器が一台しかない。今までは一人だったので、石油ストーブで事足りていたのだが、今は強がいる。
当然、強に石油ストーブを譲っているので、俺は服を重ね着して、毛布を肩からかけているが……寒い。
これから更に寒さは増していく。強の前では強がったが、正直寒い。
なんとかしなければ……。
「ねえ、あんちゃん。ホットミルク、作ってみてもいい?」
「? かまわないが、ただあたためるだけだぞ? 電子レンジを使えばいい」
俺は強と一緒に台所に移動し、強のマグカップに牛乳をいれ……。
「あんちゃんのも」
「俺?」
ようやく、俺は強が急にホットミルクを作り出すと言い出したのか理解できた。
俺は強の頭をなでる。
強と一緒に飲むホットミルクは温かくて、疲れが癒やされた。
「……」




