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「家族会議を始めます」
本日の午後九時、上春を除いた全員がリビングに集まっていた。
全員が微妙な顔をしているなか、朝乃宮だけが目をつぶり、ぴんと背筋を伸ばし、正座している。
議題など聞かなくても分かる。上春がこの場にいないことが答えだ。
司会役の信吾さんが『家族団欒』の文字が書かれたTシャツを着て、困った顔をしている。
「議題は咲の事です。咲が落ち込んでいます。夜ご飯も食べずに一人、暗い部屋の中、悲しみに打ちひしがれています」
この場で最初に口を開いたのは朝乃宮だった。
「いや、ただ意地を張っているだけだろ? それに部屋の明かりがもれていたぞ。部屋の前に置いた食事も手をつけていたしな」
「……」
とりあえず、間違いは指摘しておくか。
「ま、正道! そういうこと言わないの!」
「いや、嘘はいかんだろ? 状況を正しく把握するためにちゃんと事実を伝えるべきだ」
晩ご飯を我慢することすら出来ないのか、アイツは。
ただ、ご飯を無駄にしない事はいいことだと思う。
バン!
「ウチが食べさせたんです!」
……こええ。かなり頭にきているみたいだな。
はぁ……憂鬱だ。
「……おほん! ここからは僕が引き継ぐよ。ええっ、咲が悲しんでいる原因ですが……」
「いや、ただ意地を張っているだけだろ? 放っておけよ。二、三日したら元に戻るだろ?」
「そ、それはそうだけど……」
バン!
大きな音と、テーブルがガタガタと震える。
「女の子を……年下の子を泣かすやなんて、最低やと思いますけど!」
「知るか。先に上春が強の料理の邪魔をしたんだ。どう考えても上春の自業自得だ」
まさにそれだ。
アイツの自業自得。それ以上でも以下でもない。
「どんな理由があったとしても、女の子を泣かすのが悪いと言ってます!」
「それなら泣かないよう気を遣って叱れって言うのか? 悪いことをしたヤツに性別は関係ないし、ちゃんと叱るべきだ。お前も姉ならちゃんと下の子には言い聞かせろ。悪いことをしたのに甘やかすなんて納得いかない」
「「……」」
俺と朝乃宮はにらみ合う。意見は平行線のまま、交わることはないし、妥協すらない。
「ま、正道君~。お兄さんなんだから、譲歩してよ~。ここは僕の顔に免じてさ~」
「なぜ、譲歩しなければならないのですか? 別に信吾さんの顔に免じてもらわなくても結構です」
「み、澪さ~~ん」
情けねえな……女に頼るな。
女は俺を説教するのかと思ったが……。
「まあ、正道が正しいわね。妹なんて甘やかしたら駄目よ! 姉である私が言うのだから間違いないわ!」
おおぅ……。
信吾さんは絶望しきった顔で俺は苦笑してしまう。
女の言葉に怨念じみた感情がにじみ出ていた。
「そういえば、澪と古都音はしょちゅう喧嘩してたわね……」
「よくもまあ、飽きないものだと呆れていたものだ。しかも、内容が些細なこと過ぎて、怒る気にもならなかったな」
義信さんも楓さんも苦笑いしながら当時のことを思い出しているようだ。
「なによ! いつもお父さんもお母さんも古都音のことばかり味方してたでしょ! 妹だからって贔屓にしすぎ!」
「いや、お前はいつも倍返しして古都音を泣かしていただろうが」
「だからって、フツウ復讐に空手を習う? 殺されるかと思ったわよ!」
そういえば、古都音さんは青島極真流をたしなんでいるって言っていたな。
たしなむってカンジではなく、ある種の伝説となって青島に言い伝わっている。
警察官潰しの古都音だったっけか? 義信さん、激怒しただろうな……。
義信さんの皺の深さは絶対にこのアホ姉妹のせいだ。
「おほん!」
朝乃宮が大きく咳をしたせいで、和やか(?)だった空気がまた微妙な雰囲気になる。
「いい加減にし! 女の子泣かせておいてなんなん、その態度! 年上なんやし、少しは大人になり! 土下座の藤堂が泣きますえ!」
いや、だから、そんな二つ名ねえよ。どんだけドMなんだ、その藤堂は。
「ま、正道君ってそんな性癖が……んんがぁあああああ!」
とりあえず、俺は信吾さんの後頭部を掴み、テーブルに叩きつけ、考える。
納得はいかないが、確かに俺が頭を下げなければ、収拾がつきそうもない。頭一つ下げてこの面倒な騒動が終わるなら安いモノだ。
とはいえ、なぜ上春如きに俺が頭を下げなければならないのか……。
「藤堂はん」
ちっ! 分かってるっつーの!
俺はため息をついた。
場の空気が正道謝罪しろって雰囲気になっている。
特に信吾さん。寂しいときのシュナイダーのような目で俺を見てる。
だから、分かっとるわ!
俺は仕方なく上春に謝ることを皆に伝えようとしたとき。
「……確かにあんちゃんは姉さんを叩いたことは悪いと思う。けど、それなら、みんなに迷惑を掛けた姉さんも謝罪するべき」
強の一言で形勢は逆転していく。
俺も信吾さんも朝乃宮さえ、黙り込んでしまった。
「そうですよね、おじいちゃん」
「ん? んん……そうだな」
「お、お父さん……」
楓さんが義信さんに困った顔をして見つめているが。
「……いや、強君の言い分は正しい。話を聞く限り、正道も悪いところはあるが、咲君も十六だ。ケジメはとるべきだろう」
おおっ! 義信さんが楓さんに意見した!
けど、視線は完全にそらしているけどな!
「そうよ! 父さんもたまにはいいこと言うわね! 母さんも咲ちゃんのことを本当に想うのなら、ちゃんとしないと!」
いや、お前はただ、妹って存在が嫌いなだけだろ?
再婚する気あるのか?
「いやいや、強はん。咲がみんなに迷惑をかけたんは、そもそも藤堂はんが原因やし、謝罪するべきは藤堂はんだけやと思いません?」
「そうだ! そうだ! 正道君が悪い!」
おい、信吾。ぶっとばすぞ!
コイツ、ここぞとばかりに俺を責めやがって!
「それは違う。姉さんが料理の邪魔をしたから、兄さんが怒った。それが原因だから。元凶が謝らなければいけないのなら、姉さんが謝るべき」
いいぞ、強! もっと言ってやれ!
俺はいつでも全力で強を応援しているぞ!
「せ、せやけど、藤堂はんの方がお兄さんやし……」
「姉さんは僕よりも年上。姉さんこそ年上としてふるまうべき」
ぐうの音もでない正論だな。年上としてふるまうべきか……いい言葉だ。
俺も強の兄としてふるまうべきだな。
「分かった。俺は上春に謝罪する。だが、上春もみんなに迷惑をかけたことを謝罪しろ。いや、まず強に謝罪するべきだ。アイツも姉ならそれくらいのことはできるだろ?」
これなら納得だ。
義信さんも女も強も俺の意見に納得している。楓さんも渋々だが、喧嘩が終わるならばと納得している。
「それでいいですよね、信吾さん?」
「えっ? ま、まあ……そこが妥協点かな?」
とりあえず、俺が謝罪する目的を果たせたので、信吾さんも認めた。
後は……。
「それでいいよな、朝乃宮?」
「……」
「不服なら多数決するか? けど、俺の意見が通ったら、お前が上春を説得しろよ。まさか、人に謝罪を要求しておいて、自分は知らん顔はないよな? ちゃんと、自分の言ったことに責任を持て。それが年上の責務ってヤツだろ?」
「……分かりました。それでいいです」
とりあえず、これで決着がついたな。
謝るのは癪だが、アイツも自分がしでかしたことを謝るのなら、強が許せばもう、俺から言うことは何もない。
それに、強が俺を庇ってくれたことで胸が一杯だ。これが兄弟の絆かと感動してしまった。
このくだらない喧嘩も終わった……と思っていたのだが……。
「藤堂はん。ウチは悲しいです」
「……」
終わっていなかった。
家族会議が解散した後、俺と強は部屋に戻った。
その後、強が眠った後、ドアをノックする音が聞こえてきた。
ドアを開くと……。
「……」
「……」
朝乃宮が目の前にいた。
「話があります」
「……」
というわけで、俺と朝乃宮はお互い正座したまま、向かい合っている。
いや、どういうわけだ?
解決したよな? 加○剛も唸る強の大岡裁きで一件落着だろ?
さっさと予習して寝たいのに……なぜ、朝乃宮の小言を聞かにゃならんのか?
どうでもいいが、ほんと、コイツ姿勢がいいな。ピンと背筋を伸ばして全くぶれない姿は凜としていて美しい。
だが……。
「ウチがあれほど咲にも優しゅうせいと何度も何度も何度も忠告したのに、強はんばかり贔屓にしたから、咲は拗ねたんです。ほんま、女の子を泣かせるのが天才的やね。その才能、どこで売ってはるん? ぜひ教えて欲しいんですけど」
「……」
グチグチと小言を聞かされなければ素直に見とれていたのだが。
自分の思い通りにいかないからといって、八つ当たりはやめろ。面倒な女だ。
ぽか!
「人の話、聞いてます?」
「……」
コイツ……木刀をピコピコハンマーを扱うように俺の脳天に振り下ろしやがった。
地味に痛い。
「聞いている。けどな、お前が咲を溺愛しているし、俺が強を贔屓にしても問題は……」
ぽか!
「そこやない」
いや、マジで痛いからな……それと何が違うんだ?
この後、長々と説明されたが、米粒ほども理解できなかった。




