09 生まれ変わった明智光秀との再会
「ここが本能寺でござるか?」
秀吉は目の前の看板を見上げた。
焦げ茶色の木の板。
白いペンキで「本能寺☆スター荘」と書いてある。
よく見ると、木の板にはうっすらと黒い焦げ跡がある。
秀吉は合宿所を見た。
古い木造アパートのような外観だった。
夜の闇の中、二階の窓から赤い光が漏れている。
炎に包まれているようにも見える。
「まさかな・・・」
秀吉の頭に遠い記憶がよみがえった。
燃え上がる炎。
血の匂い。
炎の向こうに立つ織田信長。
――いや、まさかな。ここは2035年だ。
秀吉は首を振った。
「本能寺と言っても、ここは寺ではない。そういう名前の合宿所なのであろう」
そう言い聞かせ、秀吉は合宿所の門をくぐった。
「豊臣さん、ですか?」
「いかにも」
秀吉は声のした方を見た。
長い黒髪。
細い銀縁の眼鏡。
赤い上下のジャージ。
眼鏡の奥にある目は、妙に知的で真面目そうにも見えた。
「明智美佐子と申します。よろしくお願いします」
「・・・」
秀吉の胸がざわついた。
「明智?」
秀吉は山崎の戦いを思い出していた。
戦場で総崩れになって、逃げ惑う明智軍の兵士たち。
それでも光秀は雨の中、馬に乗ったまま戦い続ける。
それが秀吉の見た、明智光秀の最後の姿だった。
「あの山崎の戦いから、ずいぶん時が経ったものだな」
「山崎?」
「いや。なんでもない」
美佐子は首をかしげたあとで、右手を差し出した。
「ミサ、友達いないんで、今度こそ仲良くしてください」
「今度こそじゃと?」
「いや、ずっと仲良くしてください」
秀吉は美佐子の手を見つめた。
山崎の戦場では、光秀は刀を握っていた。
あの時は自分を殺そうとしていた。
だが、今、目の前の女は右手を差し出している。
「妙なものじゃな・・・」
「何が、ですか?」
「いや・・・」
秀吉は美佐子の手を握った。
「こちらこそ、よろしくでござる」
秀吉は美佐子の手を強く握った。
「・・・」
美佐子の顔が引きつる。
「豊臣さん」
「なんじゃ?」
「手、痛いです」
「おお。すまん、すまん・・・。感極まってしまってのう」
秀吉は決着のついたはずの戦いが、今になって本当に終わったような気がした。
「豊臣さんって、本当に変な人なんですね」
「そうか?」
「はい」
美佐子が笑った。
「新田社長が待ってます。おあがりください」
「うむ」
秀吉が建物の中に入った。
階段を上がる。床がきしむ音が響く。
廊下を少し歩き、突き当たりの部屋の前に来た。
部屋の扉には『1582号室』と書かれたプレートが貼ってあった。
「なんじゃ、この数字は・・・」
「新田社長の部屋番号ですよ」
「いや・・・」
秀吉は数字を見つめた。
――1582。
その数字を忘れるわけがない。
天正10年。
その年、親方様は――。
秀吉が美佐子に聞いた。
「今日は何月何日じゃ?」
「6月20日ですけど」
秀吉の背中に冷たい汗が流れた。
明日は6月21日。
本能寺の変は1582年6月21日。
「・・・」
偶然だ。きっと偶然に決まっている。
だが、奇妙な偶然に嫌な予感がする。
「今日のうちに、親方様はここを出ることができるのか?」
「えっ?」
「いや、なんでもない」
美佐子が1582号室の扉を開けた。
「新田社長。豊臣さんを連れてきました」
「入れ」
低い声が響いた。
秀吉は部屋に入る。
信長はリビングの中央に座っていた。
その前で美咲と七海が正座している。
二人とも妙に静かだった。
強引にここに連れてこられたことが影響しているようだ。
顔が少しやつれているようにも見える。
「どうした。疲れたのか?」
秀吉がたずねた。
二人とも何も答えなかった。
秀吉も信長の前に正座した。その隣に美佐子が座る。
信長が美佐子を見た。
「・・・」
信長の目が光る。
やはり、親方様はこの女を警戒している。
秀吉の胸に、密偵として美佐子の正体を暴くという使命感が燃え上がる。
「全員揃ったな」
信長が立ち上がった。
四人を見下ろす。
「明日から天下を獲るための訓練を始める」
空気が変わった。
美咲も七海も背筋を伸ばす。
美佐子は眼鏡を手で押しあげる。
秀吉は拳を握る。
ついに天下取りの戦が始まると思うとぞくぞくした。
信長が宣言した。
「歌、踊り、演技。明日から本当の戦いが始まる。覚悟しておけ!」




