05 七海のオーディション
秀吉が感心していると、隣から小さな声が聞こえてきた。
「どうしよう・・・」
隣に座っていた七海が、青ざめた顔をして炊飯器を見つめていた。
「次、わたし・・・、ですよね」
「そうじゃな」
「何をすればいいんだろう・・・」
秀吉は答えに困った。
七海は隣に座る美咲に小声でたずねた。
「美咲ちゃん・・・」
「なに?」
「わたし、何をすればいいと思う?」
「知らないわよ。あんたのことなんて」
「そうだよね・・・」
「歌でも、踊りでも適当になんかやればいいじゃない」
「おままごと、とか?」
「なんでそうなるのよ!」
「美咲ちゃんが、なんか適当にやれって言うから・・・」
審査員が七海を見て言った。
「では、次。1998番。向井七海さん。よろしくお願いします」
七海は緊張しながら炊飯器を抱えた。
ふらふらしながら立ち上がる。
「1998番、向井七海です」
声が小さかった。
審査員が言った。
「聞こえません」
「すいません」
七海は慌てて息を吸い込んだ。
「1998番! 向井七海です!」
今度は大きすぎた。
審査員も驚く。
七海は自分でも驚いた。
「ごめんなさい・・・」
審査員の一人が苦笑した。
「大丈夫ですよ。落ち着いてください」
七海は炊飯器を抱き直した。
「あの・・・」
「はい」
「わたし、何をすればいいんでしたっけ?」
美咲は頭を抱えた。
七海は必死に考えていた。
考えれば、考えるほど、頭の中が真っ白になっていく。
七海は炊飯器を見た。
「そうだ!」
七海はいいことを思いついた。
炊飯器をいつも大事にしているクマのぬいぐるみだと思うことにした。
七海は炊飯器を信長や審査員たちに見せた。
「わたし、今日、この子と一緒に来ました」
「この子?」
「はい」
七海は真剣な顔で炊飯器を抱きしめた。
「この中には、わたしの未来が入っています」
審査員たちが顔を見合わせる。
七海は炊飯器の蓋を開けた。
何も入っていない。
七海は中をのぞきこんだ。
「あれ、まだ、何も入っていないみたいですね」
審査室が静まり返る。
後ろで見ていた美咲は、顔を覆いたくなるほど恥ずかしくなった。
七海はゆっくりと蓋を閉じた。
七海はいつもクマのぬいぐるみに話しかけているように炊飯器に言った。
「わたしは、人前に出ることが苦手です。人前に立つと、緊張するし・・・、自信もありません」
七海は炊飯器を見る。
「でも、お米だって、最初から炊きあがっているわけじゃないですよね」
審査員の一人が背筋を伸ばす。
「お水を入れて・・・、火を入れて・・・、それから時間をかけて炊いていきます」
七海が信長を見た。
「わたしは、今は、上手に歌えないし、踊ることもできません・・・」
七海は自分の言葉を探していた。
「でも・・・、いつか時間が経って、ちゃんと炊きあがったときには・・・」
言葉が詰まる。
「みんながおいしく、食べえるアイドルになります」
審査員の一人が聞き返す。
「食べえるアイドル?」
七海は固まった。
「・・・食べられる、です」
審査室に小さな笑いが起こる。
「すいません・・・」
七海は炊飯器を抱えたまま、ぺこりと頭を下げて自分の席に戻ってきた。
七海は今にも泣きそうな顔をしていた。
秀吉はそんな七海を見て言った。
「いいでわないか」
「えっ?」
七海が顔を上げた。
「嘘は言っておらん」
信長は黙ったまま七海の履歴書を手に取った。
顔写真を見て、ペンを持った。
秀吉はその手元を見た。
顔の上に斜線を引いた。
やはり落とすのか。
「では、次」
審査員が名簿をめくった。
「2035番。豊臣明日香さん。よろしくお願いします」




