03 お題は恐怖の炊飯器
「誰だ、お前は・・・」
信長の履歴書をめくる手が止まった。
机の上には何百枚もの履歴書が積み上がっている。
信長はその中の一枚を手にしたまま、目の前に飛び込んできた秀吉を見た。
秀吉はすぐに土下座をし、床に額をこすりつけた。
秀吉は顔を上げることなく言った。
「この秀吉。親方様の家臣となるべく、アイドルのオーディションを受けに参りました」
「秀吉?」
信長が履歴書を探し始めた。
「今日のオーディションに秀吉という女はいないぞ」
秀吉の身体が固まった。
まさか忘れたのか。
「猿でございます。転生して、親方様の前に参上いたしました」
「猿だと?」
秀吉の顔が引きつった。
最後に秀吉が信長と会ったのは本能寺の変の半年前だった。
信長は完全に秀吉のことを忘れているようだった。
胸の奥にさみしさがこみ上げた。
だが、秀吉はすぐに考え直した。
親方様も生まれ変わったのだ。
織田信長だった頃の記憶がないのは仕方がない。
信長は自分の前でひれ伏す秀吉に言った。
「顔を上げろ」
「はっ!」
秀吉は恐る恐る顔を上げた。
目の前にいる男を見る。
黒い髪。
冷たくて鋭い目。
人を寄せつけない覇王の威圧感。
黒いロングコートを羽織っている。
戦国時代の織田信長とは、姿も衣装も違っていた。
それでも秀吉には分かった。
この男がいるだけで、部屋の空気が変わる。
審査員も、候補生も、誰もがこの男の動きを気にしている。
ただそこにいるだけで、人を従わせる。
それは秀吉が知っている信長そのものだった。
信長が一枚の履歴書を手にして言った。
「豊臣明日香!」
「はっ!」
「特技なし。歌の経験も、ダンスの経験もなし。貴様、何しに来た?」
「親方様の家来になるためでございます」
信長が言った。
「ここは俺の家来を集める場所ではない。アイドルになりたい、有名になりたい、そんなやつはどうでもいい。俺が求めているのはアイドルになって天下を獲る人間だ!」
秀吉の目が輝いた。
戦国時代に出会った親方様と言っていることは変わらない。
「貴様にそれができるか?」
「もちろんでございます」
「では、オーディションを始める。そこの椅子に座れ」
「はっ!」
秀吉は先に審査室に入った二人の少女の隣に腰を下ろした。
「最終審査だ」
信長の声が響く。
「お題はこれだ!」
信長は机の下から何かを持ち上げた。
白い箱。
丸い蓋。
見覚えのある形をしていた。
「・・・」
秀吉の顔からすっと血の気が引いた。
「これを使って、自分を俺に売り込め!」
信長が机に置いたのは炊飯器だった。
秀吉の唇が震える。
「そ、それは・・・」
秀吉はじっと炊飯器を見た。
間違えない。
秀吉をあの世から引きずり出し、2035年に放り込んだ化け物だ。
――熱い、狭い、暗い
あの中に吸い込まれた時の思い出が一気によみがえる。
秀吉は立ち上がった。
「親方様! それは危険です!」
信長の眉間にしわが寄る。
「その炊飯器から離れてください」
「・・・」
「それは人を吸い込みます!」
審査室が静まり返った。
信長は無言のまま秀吉を見る。
秀吉は信長に訴えた。
「こんなものを持っていたら天下を統一する前に、変な時代に飛ばされてしまいます!」
信長が机をたたいた。
履歴書が舞い上がった。
「貴様っ! 俺の命令が聞けないのか!」
秀吉は真っ青になった。
「アイドルになりたいならやれ!!」
秀吉は聞くしかなかった。
その声。
その目。
命令に背けば切腹だ。
秀吉が言った
「分かり申した」
それを聞いた信長の隣に座っていた審査員が炊飯器を手に持った。
ゆっくりと歩いてくる。
「それでは最初の方、1991番の前田さんからお願いします」
審査員が美咲の前に炊飯器を置いた。
美咲は少し驚いたものの、すぐに明るい笑顔を作った。
信長が言った。
「使い方は自由だ」
信長が三人を見て続けた。
「歌ってもいいし、踊ってもいい。何をしても構わん」
そして最後に言った。
「三分で、俺に自分を売り込め! 天下人になれるかどうか見極めてやる」




