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17/20

17 信長の評価 

 音楽も止まった。

 レッスン室に奇妙な沈黙が落ちた。

 秀吉はその沈黙を感動の余韻だと思っていた。

「ふっ。言葉も出ぬほど感動したか」

 秀吉が得意げに言った。

「わしほど完璧にアイドルをできる者はおらぬ。おぬしも、わしを見習うがよい」

「あんた、本気で言ってるの?」

「もちろんじゃ」

 美咲は額を押さえた。

 その横で美佐子が銀縁の眼鏡を押し上げる。

「確かに、忘れられないパフォーマンスでしたね」

「そうじゃろう」

 秀吉が胸を張った。

「わしの歌は人の心を――」


「前田」

 信長の低い声が割って入った。

「貴様は豊臣の歌をどう思った?」

 美咲は秀吉を見た。

 少し考えてから答える。

「・・・忘れられないぐらい、ヤバかったです」

「向井」

「は、はい・・・」

「貴様は?」

「わ、わたしも・・・、一生忘れないと思います」

「そうか」

 信長の視線が美佐子に移る。

「明智」

「はい」

「貴様は?」

「記憶には、強烈に残ると思います」

「ほれ!」

 秀吉が勢いよく信長を見る。

「やはり、わしはアイドルの才能が――」

「黙れ!」

「はっ!」

 秀吉の口がぴたりと閉じた。


 信長は三人を見渡した。

「今の豊臣のパフォーマンスは何点だ?」

 誰も答えない。

 秀吉が自信を持って言った。

「百点でございます!」

 信長の眉が動く。

「そうか?」

 低い声だった。

「三点だ」

「さ、三点?」

 秀吉の顔が凍りついた。


「な、なぜでござりますか?」

「音程が外れている」

「・・・」

「声がでかすぎる」

「・・・」

「振り付けもめちゃくちゃだ」

「・・・」

「歌い方も暑苦しい。煽り方も最悪だ」

 秀吉の肩が少しずつ落ちていく。

「何より、アイドルらしくない」

「そんな・・・」

 さっきまで天下を獲れると思い込んでいた秀吉が小さくなる。

 レッスン室が静まり返る。

 誰も何も言わない。


 信長は秀吉を見て言った。

「だが・・・」

 秀吉が顔をあげる。

「一つだけ貴様には前田にないものがあった」

「えっ?」

 美咲の目が動く。

 信長が美咲を見た。

「前田」

「はい」

「貴様は歌も踊りも完璧だった」

「ありがとうございます」

「客も盛り上がった」

「はい」

 信長が秀吉に視線を戻す。

「だが、今日のレッスンで一番、皆の記憶に残ったのは誰だ?」

 美咲が黙り込んだ。

 七海も答えない。

 美佐子が信長をフォローするように静かに言った。

「・・・豊臣さん、ですね」

「そうだ」

 秀吉の表情に自信が戻ってきた。


 信長が続ける。

「貴様の歌はクソ以下だ」

「はっ!」

「聞くに堪えん」

 秀吉の表情が沈んでいく。

「それなのに、誰も貴様から目を離さなかった」

 秀吉の目が大きくなる。

「それが人を惹きつける天性の才能だ」

 信長は続けた。

「歌も踊りは、練習すれば身につく」

 信長が美咲を見る。

「前田のようにな」

 微妙な空気がレッスン室に流れる。

 信長は再び秀吉を見た。

「人の心を動かす力は教えられて身につくものではない」

 秀吉の胸が高鳴った。

 その瞬間、秀吉の脳裏に戦国時代の光景がよみがえった。

 人を集め、味方につける。

 一人を動かすと、二人が動き、やがて大勢になる。

 それこそが、農民だった自分が人を従わせ、天下人へと駆け上がる原動力だった。


 秀吉は拳を握った。

「そうか」

 小さくつぶやく。

「歌も踊りも人の心を動かすための道具なんじゃな」

 秀吉の目に自信が戻った。

「ならば、やはり、わしはアイドルで天下を――」

「勘違いするな!」

「はっ!」

 信長は冷たく言い放つ。

「今の貴様はただの音痴だ」

「・・・」

「人の心を動かす以前のレベルだ!」

「・・・」

「ゆえに基礎からやってもらう」


 信長が美咲に言った。

「前田!」

「はい」

「こいつに歌と踊りを教えろ」

「えっ、私が?」

 美咲は嫌そうな顔をする。

 秀吉は言った。

「わ、わしが、こやつの弟子になれというのでござりますか?」

「そうだ」

「勘弁してくだされ」

 美咲も言った。

「私だっていやよ! こんなやつ」


 信長のこめかみに青筋が浮かぶ。

「貴様ら・・・」

 二人の背筋が伸びる。

「くだらないことで揉めるなら――」

 信長の声がレッスン室に響き渡る。

「練習しろやああああああっ!」

 二人は信長の迫力に全身を硬直させた。


 信長が背中を向ける。

 部屋の扉に手をかける。

「これからが本当の戦いだ」


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