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16 秀吉の絶望的歌唱力

『ファースト・キス』のイントロが流れ始めた。

 明るく弾けるキラキラしたメロディー。

 軽快なリズムがレッスン室に広がっていく。

 秀吉がマイクを握りしめた。

 秀吉が美咲を見た。

 さっき美咲が作っていた笑顔を思い出す。

 口角を上げ、目を細める。

 秀吉は親指をぐっと立てて宣言した。

「いざ、出陣じゃ」

「はあ?」

 美咲は呆れた顔で秀吉を見返した。


 秀吉が歌い始める。

『キュン――』

 音程が外れていた。

 ほんの少しではない。思いっきりどこかに吹っ飛ぶほど外れていた。

 七海のタンバリンを叩く音が止まった。

 美佐子もぎこちなくペンライトを振っている。

 だが、当の秀吉は絶好調だった。

『キュン――、キュン――!』

 歌えば歌うほど、音程はことごとく違う方向へ飛んでいった。

 それでも秀吉は気持ちよさそうに歌っている。


『あなたのことが――』

 秀吉は大きく息を吸った。

『だ、大好きじゃああああっ!』

 マイクが鋭い悲鳴を上げた。

 耳をつんざくような甲高い音が響いた。

「うわあっ!」

 七海が両耳を押さえてしゃがみ込む。

 美咲が言った。

「ちょっと! 声、大きすぎ!」

 秀吉は気にもしない。

 二人の反応を見て、手応えを感じていた。

 秀吉が美咲を見る。

 美咲のまねをして人差し指を美咲に向けた。

『キュン・キュンビームじゃあああっ!』

「ふざけないで!」

 美咲は怒った。

 秀吉は胸を張った。

 その顔は、戦場で兵士たちを鼓舞する武将そのものだった。


 秀吉が三人を見渡した。

「皆の者!」

 美咲がつぶやく。

「何か、嫌な予感・・・」

「もっと声をあげよ! わしについて参れ!」

 秀吉が拳を突き上げた。

「ここからわしの天下の始まりじゃあああっ!」

 再びマイクが悲鳴を上げる。

 耳をつんざく音が空気を切り裂く。

「ひゃあっ!」

 七海が飛び上がる。

 秀吉は止まらない。むしろ観客の反応が大きくなったと思った。


「おおっ! そうじゃ! その調子でわしについてこい!」

 秀吉が七海を見る。

「返事は!」

 七海は秀吉の迫力に驚いた。

「はっ、はい!」

「声が小さい! もっとじゃ!」

「はい!」

 秀吉は満足そうに音楽に乗った。

「よいぞ、よいぞ!」

 美佐子はペンライトを振りながら美咲に言った。

「豊臣さんって、すごいですよね」

「何が、ですか?」

「こんなに音痴なのに、まったく動じてません」


 曲がサビに入る。

 秀吉はさらに調子に乗った。

 足を大きく踏み出して、腕を上下に振る。

 その動きはアイドルのダンスというより、戦場で兵を率いる総大将の行進のように見えた。

 秀吉が叫ぶ。

『あなたのことが――』

 突然、秀吉が歌うのをやめた。

 レッスン室には、伴奏だけが流れていた。

 七海は息をのんだ。

 美咲も思わず秀吉を見る。

 秀吉は三人をゆっくりと見渡した。

 そして、マイクに向かって思いっきり叫んだ。

『大、大、大好きじゃああああっ!』

 マイクが耐えきれない悲鳴を上げる。

 部屋全体に甲高く叫ぶような音が響く。

 美咲と七海が耳をふさぐ。

 美佐子はなぜか微笑んでいた。


 曲が終盤に入った。

 秀吉は最後の決めフレーズに備えた。

 大きく息を吸い、マイクに顔を近づける。

『今夜・・・』

 秀吉がためを作る。

 美咲が思わず息を止める。

 七海もタンバリンを握りしめる。

 美佐子のペンライトが止まる。

 秀吉は三人を見る。

『おぬしのハートを――』

 もう一度ためる。

 秀吉の顔が自信に満ちていく。

 秀吉が渾身の声で叫んだ。

『燃やしちゃうぞおおおおっ!!』

 マイクが限界を超え、すさまじい音が部屋を切り裂く。

「やめて!」

 美咲は両手でおもいっきり両耳をふさいだ。


 音楽が終わり、最後の余韻が消えていく。

 秀吉は肩で大きく息をしていた。

 ゆっくりとマイクから顔を離す。

 秀吉は三人を見渡した。

 美咲は言葉を失っている。

 七海は口を半開きにして固まっている。

 美佐子はペンライトを持ったまま動かない。

 秀吉は胸を張った。

「皆、わしに感動して声も出ぬか!」


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