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15 美咲の歌唱力

 美咲はマイクの前に立つと、すっと背筋を伸ばした。

 大きく息を吸う。

 次の瞬間――。

 イントロが流れ始めた。

 軽快なリズム。

 弾けるようなメロディー。

 美咲の表情が変わる。

 きらめく瞳に、弾ける笑顔。

 美咲の身体が音楽に合わせて軽やかに動き出す。

 髪が揺れ、ステップを踏むたびに、スカートの裾がふわりと舞う。


 美咲はマイクを握り、歌いながら三人の顔を順番に見ていった。

 秀吉と目が合った。

 美咲が人差し指をまっすぐ秀吉に向けて歌う。

『キュン・キュンビーム! あなたのことが、大、大、大好き!』

 秀吉の身体が固まった。

 自分に向かって歌っている。

 そう感じた瞬間、秀吉の胸は妙に熱くなった。

「なんじゃ、これは・・・」

 戦場で敵と向かい合ったときとも、刀を握ったときとも違う。

 胸の奥をつかまれたような感覚だった。

 美咲はそんな秀吉の反応など気にすることなく身体を翻した。

 軽やかなステップを踏み、くるりと回転して、笑顔を向ける。

「すごい・・・」

 七海が思わず声を漏らした。

 手にしたタンバリンを叩く。

「かわいい・・・」

 七海はすっかり美咲に見とれてしまっていた。

 美佐子もペンライトを左右に振る。

「美咲ちゃん、最高!」

 その声につられるように七海も声をあげる。

「がんばれ――!」


 美咲はさらに笑顔を輝かせる。

 歌が終盤に入る。

 音楽が一気に盛り上がる。

 美咲の歌声が響き渡る。

『今夜、あなたのハートを燃やしちゃう!』

 最後のフレーズ。

 美咲がぴたりと動きを止め、決めポーズをした。

「ありがとう!」


 満面の笑みだった。

 七海と美佐子が一斉に拍手する。

「すごい!」

「美咲ちゃん。最高!」

 美佐子もペンライトを振りながら拍手した。

 秀吉もいつの間にか、クラッカーを持ちながら拍手していた。

 歌が終わったというのに、胸の奥が熱い。

 これが人の心を動かすということなのか。


 秀吉がクラッカーを持って美佐子に言った。

「これはどうやって応援する道具なんじゃ?」

「白いひもを引っぱるんです」

「こうか?」

「はい。それを引けば・・・」

「こうじゃな」

 秀吉がひもを引いた。


 乾いた破裂音がレッスン室に響いた。

 紙テープが勢いよく飛び出す。

 その勢いのまま、紙テープが信長の肩の周りに絡みつく。

「・・・」

 時間が止まった。

 七海も美佐子も固まっていた。

 美咲も口を閉じた。

 信長は動かなかった。

 肩に絡みついた紙テープを見下ろしている。

 秀吉はクラッカーを握ったまま凍りついている。

「・・・」


 信長が秀吉を見た。

 何も言わない。

 怒鳴りもしない。

 ただ、じっと秀吉を見ていた。

 秀吉の背中に冷たい汗が流れる。

「こ、これは・・・」

 声が震えていた。

「親方様を狙ったわけではなく・・・」

 信長が絡みついた紙テープを静かに払い落とした。


 信長が何事もなかったかのように美咲を見た。

「前田」

「は、はい!」

 美咲の背筋が伸びる。

「うまかった」

「ありがとうございます」

 美咲の顔がぱっと明るくなった。

 信長は続ける。

「音程も正確だ。声も出ている。振り付けも乱れていない」

「はい」

「観客も盛り上がった」

 美咲が少しだけ胸を張る。

 信長の表情は変わらない。

「だが・・・」

 美咲の笑顔が消える。

「誰の心に残った?」

「・・・」

「貴様は確かに客を沸かした」

 信長がレッスン室を見渡す。

「それなのに、沸かせた客は曲が終われば静かになる。拍手も歓声も長くは続かなかった。アンコールの要求もなかった」

 信長の目が美咲を捉える。

「それでは駄目だ」

「・・・」

「アイドルは歌っている間だけ人を楽しませる仕事ではない」

 信長がゆっくりと美咲に近づいていく。

「何年経っても忘れられぬあの日の記憶を、相手の人生に刻みつけるものだ」

 美咲が唇を噛む。

「すいません」

 信長が三人を見渡した。

「貴様らも同じだ」

 その視線が秀吉で止まる。

「豊臣」

「はっ!」

「貴様は今、前田を見てたよな」

「もちろんでございます」

「どうだった?」


 秀吉は美咲を見た。

 さっきまで笑顔を作って歌っていた美咲の目には悔しさが浮かんでいた。

 秀吉は正直に答えた。

「心を奪われました」

 美咲は驚いたような顔をして秀吉を見る。

 信長が言った。

「それは永遠に貴様の記憶の中で生き続けるものだったか?」

「それは・・・」

 秀吉は答えられなかった。

 美咲の歌は確かに心に残った。

 だが、何年経っても忘れられぬほどのものでもなかった。


 信長がステージの上にあるマイクを指差した。

「ならば、貴様が見せてみろ」

「わしが?」

「そうだ。人の心を奪い、記憶に残る歌を届けてみろ!」

「はっ!」

 秀吉はいつものように威勢よく返事をしてしまった。


 秀吉はステージに立った。

 マイクを握った。

 手に汗がにじむ。

 美咲たちが自分を見上げている。

 秀吉は人前で歌など歌ったことがなかった。

 ――大丈夫じゃろうか?

 秀吉は不安になった。

 だが、天下の豊臣秀吉がこの戦から逃げるわけにはいかない。

 信長が言った。

「それでは、始めろ」


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