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14 いざ、初めてのレッスン

 翌朝。

 秀吉たちは鏡張りのレッスン室に集められた。

 磨き抜かれた木の床が、朝の光を跳ね返す。

 壁一面の鏡には四人の姿が何重にも映っていた。

 秀吉は落ち着かない様子で部屋を見回した。

「なんじゃ、この部屋は・・・。鏡が多すぎぬか?」

 美咲が言った。

「自分の姿を見ながら練習するんだから、当たり前じゃない」

 秀吉は鏡の前に立った。

 そこに映っているのは見慣れない少女だった。

 長い髪。

 制服ではなく、体操服のような身動きがしやすい服。

 どこからどう見ても、豊臣秀吉の姿ではない。

 秀吉はしばらく自分の姿を見つめていた。

 鏡の中の少女の目だけは、転生した直後と違い、天下を獲った男の目をしていた。

「天下人にしては、ずいぶんとかわいらしい姿になったものじゃ」

「それ、自分で言う?」

 美咲は呆れた。

 秀吉は部屋の小さなステージに目をやった。

 そこには一本のマイクが置かれていた。

「なんじゃ、あれは・・・」

「マイクのこと?」

「何をするためのものじゃ?」

「歌うために決まってるでしょ」

 秀吉がマイクに近づいた。

 手に取ってみた。

 軽くて細い。

 とても戦場で使える代物ではない。

 その時だった。


 レッスン室の扉が開いた。

 乾いた音が響く。

 信長が入ってきた。

 部屋に緊張が走る。

 信長は何も言わずにステージに上がった。

「全員、前を向け!」

「はい!」

 四人の背筋が伸びる。

「今日のレッスンは、笑顔と演技を詰め込んだ全力恋愛ソングだ!」

「恋愛?」

 秀吉は首をかしげた。

 信長は構わず続ける。

「キラキラと弾けるように歌って踊り、ファンを惹きつけてもらう!」

 秀吉は何を言っているのか、さっぱり分からなかった。

 信長がリモコンを操作する。

 部屋の横に置かれた大きなテレビに曲名が映し出された。


『ファースト・キス』


 秀吉は美咲に聞いた。

「なんて書いてあるのじゃ?」

「えっ?」

 美咲が振り返る。

「あんたカタカナ読めないの?」

「うむ」


 音楽が流れ始めた。

 明るいポップなメロディーだ。

 画面の中では、七人ほどの少女たちが弾けるような笑顔で歌っている。

 カラフルな衣装で軽やかなステップを刻んでいる。

 それに合わせて、観客席のファンがペンライトを振っている。

 少女たちが手を振るたびに、観客が一斉に歓声をあげる。

「おお」

 秀吉は思わず身を乗り出した。

「なんじゃ、この大軍は・・・」

「大軍じゃないわよ。ファンでしょ、ファン」

「ふぁん?」

 秀吉は画面を見た。

 何百人もの人間が、たった数人の少女たちに向かって声を上げていた。

 少女たちが観客を指差して歌っている。


『キュン・キュンビーム』


 曲がサビに入った。

 少女たちの動きが大きくなる。

 観客の歓声が一気に膨れ上がる。

 少女たちが歌った。

『今夜、あなたのハートを燃やしちゃう!』

 秀吉は美佐子に聞いた。

「ハートとは何じゃ?」

「心臓のことです」

 秀吉の顔が真剣になる。

「これは心臓を焼くという歌なのか?」

 七海が小さく笑った。

「明日香さんって、本当におもしろい人ですね」

「何を言っとる。わしは真剣じゃ」


 秀吉は画面を見た。

 少女たちはただ歌っているのではない。

 ファンに向かって手を振り、笑いかけ、目を合わせながら歌っている。

 一人一人のファンに向かって、自分の存在を届けようとしている。

 秀吉は黙り込んだ。

 オーディションの日。

 信長に言われた言葉がよみがえる。

 ――アイドルとは、人を惹きつけ、あこがれを抱かせ、人の心を動かすものだ

「そういうことか」

 秀吉は納得した。

「何が?」

「これは戦なのじゃ」

「はっ?」

「歌っている者が、ファンの心を奪おうとしておる」

 美咲は何も答えない。

 秀吉の目が輝く。

「一人、また一人と味方につけていく。そして最後に、大勢の者が自分たちのために声を上げる」

 秀吉の口元が持ち上がる。

「刀も槍も使わず、人の心をこうやって自分の陣営に引き込む。これがこの時代の天下取りなんじゃな」

「また天下・・・」

 美咲は、アイドルのことを何も知らないくせに、意外と人間のことをよく見ている秀吉に驚いた。


 そのとき、音楽が止まった。


 信長がリモコンを置く。

「前田!」

「はい!」

 美咲の背筋が伸びる。

「お前からやれ!」

「分かりました!」

 美咲はオーディションの時のように明るい声で答えた。


 美咲がマイクの前に立った。

 秀吉たちは部屋の隅に移動する。

 信長が残りの三人を見て言った。

「貴様らは前田が歌っている間、客になれ」

 信長が部屋の隅に置かれた段ボールを指差す。

「ファンになって前田を盛り上げろ!」


 美佐子は段ボールを開けた。

 中には、タンバリン、クラッカー、銀テープ、ペンライトなどがぎっしりと詰まっていた。

 美佐子が言った。

「豊臣さんはこれね」

 秀吉はクラッカーを受け取った。

「なんじゃこれは・・・」

「クラッカーです」

「武器か?」

「違います」

 七海が小さく笑う。

「前田さんを応援するものです」

 秀吉はクラッカーを見つめる。

 戦場では兵を鼓舞するために太鼓を鳴らしていた。

 その代わりのようなものなのか?

 美佐子が七海にタンバリンを渡す。

「七海はこれね」

「はい」

 美佐子はペンライトを手に取った。

「じゃあ、前田さんを全力で応援しましょう!」

 七海がうなずいた。

 秀吉はクラッカーを握りしめた。

 信長が静かに口を開いた。

「それでは始めるぞ」


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