13 テレビ・本能寺の変 ~信長死す!
信長は本能寺の奥の間に入ると、静かに障子を閉めた。
秀吉はテレビの前で立ち尽くしていた。
「親方様・・・」
画面の中で本能寺が燃えている。
赤々と燃え上がる炎が、障子を血の色に染めていた。
静まり返った部屋に、パチパチと火の粉が爆ぜる音が響いていた。
炎が少しずつ近づいてくる。
「親方様!」
秀吉はテレビに駆け寄った。
「そこから出てくだされ!」
画面の中の信長は答えない。
「聞こえぬのか!」
秀吉はテレビの側面を叩いた。
美咲が秀吉の腕をつかむ。
「ちょっと! 壊れるって!」
「離せ! この箱を壊せば出られるはずじゃ!」
「テレビの中に人なんて入っていないって!」
「親方様が中におられるのじゃ!」
秀吉はテレビの裏側に回った。
「どこじゃ・・・」
裏側には数本の線が伸びている。
「これを外せばよいのか?」
「やめなよ。それ外すとテレビの中の織田信長も消えるわよ?」
「なっ、なんじゃと?」
秀吉にも、薄々分かっていた。
この箱の中に、本物の人間がいるわけではない。
それでも、画面の中にいる信長は、秀吉の知る親方様そのものだった。
画面の中の信長は、静かに奥の間を見渡していた。
天井に炎が燃え広がる。
柱が赤く染まり、黒い煙が部屋へ流れ込んでくる。
外からは明智軍の怒号が聞こえてきた。
信長は上座に向かった。
上座の端に置いてあった短刀に目を落とした。
秀吉の動きが止まった。
「まさか・・・」
信長が短刀を手に取った。
秀吉の声が震える。
「やめてくだされ」
信長は炎の向こうを眺めていた。
炎が障子を燃やし始めた。
パチパチと火の粉が、周囲に散り始めた。
信長は着衣の乱れを直した。
襟を整え、袖を払う。
秀吉はテレビの上に両手をついた。
「親方様・・・。逃げてくだされ」
秀吉の声が弱くなる。
「お願いじゃ・・・」
信長が目を閉じる。
その顔には迷いがない。
炎が障子を焼き切った。
バキッという音とともに、燃えた木材が天井から崩れ落ちた。
炎が、奥の間の畳に一気に燃え広がった。
「親方様!」
秀吉が叫んだ。
信長はゆっくりと目を開いた。
炎に照らされた顔は、秀吉の知る信長そのものだった。
信長は短刀を握り直す。
「是非に及ばず」
力強い声だった。
信長は短刀の刃先を自分の腹に向けた。
秀吉は画面に手を伸ばす。
「親方様――。やめてくだされ!」
秀吉の指が画面に触れる。
「頼む・・・」
秀吉の声が震える。
「わしが助けに行きますゆえ・・・」
次の瞬間。
信長は自らの腹に短刀を突き刺した。
腹の奥まで短刀が食い込む。衣装が血で染まった。
秀吉の絶叫が部屋に響き渡った。
「親方様――っ!」
画面の中の信長の身体が、ゆっくりと傾いた。
その背後から炎が押し寄せる。
柱も天井も崩れていった。
信長の姿が炎の中に消えていく。
「親方様・・・」
秀吉は動けなかった。
テレビの画面には、燃えて崩れていく本能寺だけが映っている。
もうどこにも信長の姿はない。
「またじゃ・・・」
ぽつりと声が漏れた。
「また、わしは・・・」
秀吉は拳を握りしめる。
「親方様を、助けられなかった・・・」
しばらく黙り込んだ後、秀吉はゆっくりと美佐子の方に振り向いた。
美佐子は何も言わない。
銀縁の眼鏡の奥から秀吉を見ていた。
秀吉の目が、戦場で敵を見つけた時の目に変わった。
「明智美佐子・・・」
美佐子の表情が曇る。
「どうかしました?」
秀吉は何といえばいいのか分からなかった。
ただ美佐子の目をじっと見ていた。
明智光秀。
あの男が親方様を裏切った。
そして今――。
自分の目の前には「明智」という名を持つ女がいる。
親方様も、美佐子の謀反を感じ取っているに違いない。
秀吉は心の中でつぶやいた。
「おぬしは・・・。いったい、何者じゃ・・・」




