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猫飼いたい…
「とうとう来ちゃったよぅ…」
灼熱の太陽の下、夏の日差しに弱そうな白い肌に、背中の中程まである黒髪の少女が、弱々しく呟いた。
そんな、黒髪色白な九条沙也香が立っているのは、高い柵と塀と植物に囲まれたレンガ造りのシックなおウチの柵状の門の前。
ここは都内でもかなりの高級かつ閑静な住宅街である。
「あぅ〜…」
ウジウジしている沙也加の肩を美香がポンと叩いた。こちらは沙也香と対極な感じの少女である。染めている訳ではない、自然な茶のショートカットに、部活で日焼けした健康的な肌色。活発で快活な性格のクラスメイト。喜屋美香である。
「ほれ、熱いからサッサと入るよ」
「あ…待って!!まだ心の準備が―」
ピンポーン、と沙也加の準備が出来る前に美香が門の横にあるインターフォンを押してしまった。
『はい』
「喜屋美香で〜す!!」
『どうぞお入り下さいませ』
無駄に涼やかな女性の声の後に、キィっという微かな音を立て、門が内側に開いた。
「ホレホレ!!」
「うっぅ〜!!」
沙也加の後ろに回った美香が、彼女の背中をグイグイと押す。
門からドアまでの、ちょっとした石畳を渡り、重厚そうな木のドアの前に立つと、そのドアが内側にすぅっと開いた。
「いらっしゃいませ」
ドアの内側に立っていたのは、沙也加より20センチくらい背の高い、黒いスーツを着た若い女性であった。なんだか沙也加は彼女の佇まいや、その切れ長の目とスッと通った鼻筋をした彼女の美貌と、なんだか少し冷たい感じに圧倒されていた。
「こんにちは白雪さん」
「こんにちは美香様」
そんな白雪に平然と、しかも親しげに挨拶する美香に少し驚きの目を向け、慌てて自分も挨拶をする。
「こッ…こここんにちは!!」
「こんにちは」
テンパってる沙也加とは対照的に、まるで極まった茶道の達人のように美しい所作で礼をする白雪。
「(かッ…カッコいい!!)」
思わず心の中で叫んでしまった。
「あ、この子が九条沙也加ちゃまね」
「九条沙也加様。宜しくお願い致します」
「は、はいッ!!こちらこそ!!(名前に様付けられちゃった…!!)」
「で、この人は朝輝の…う〜ん、メイド?秘書?お目付役…かな…の黒江白雪さん」
「名称はなんでも構いませんよ。さ、こちらへどうぞ」
そう言って無駄に広い玄関から案内されたのはやはり無駄に広い、流石は金持ちと言った感じの応接室であった。
応接室に入ると、臙脂色のふかふかソファーに座っていた朝輝が、立ち上がった。
「いらっしゃい」
「おじゃましますよん」
「ぁ…お、じゃましましッ」
噛んだ…緊張MAXの沙也加。
「どうぞ」
と言って朝輝が丁寧な所作でソファーをすすめる。
「では、お茶をお持ち致します」
そう言って白雪が応接室から出て行った。
ちょうどいいフカフカ感のソファーに腰掛け、朝輝と美香と沙也加が対面する。
「あ、そうだそうだ」
座って直ぐにそう言って、美香が女の子らしいバックの中からなにやら茶色い封筒を取り出す。
「これ、朝輝への手紙だって」
そう言って美香がテーブル越しに朝輝に封筒を渡す。
「ふぅ〜ん」
あまり興味無さそうに朝輝が封筒を眺めた。
「あの受付のお姉さんが渡し忘れたって言ってたから代わりに私が持って着てあげたの」
「まったく…手紙くらい直接家に届いてもいいのに…」
まったく話しに着いていけない沙也加であった。
「そういえば…」
と朝輝が、連盟日本支部経由で送られてきた封筒を、封を切らずにテーブルの端に放置して、思い出したように2人に向き直った。
「なんの用事?」
確かに美香は朝輝の家に行くとは言っていたが、何で行くかは伝えていなかったのであった。
「いやぁ〜ねぇ、この沙也加ちゃまが朝輝クンのブルジョワ〜な生活っぷりを見たいって言うからさぁ!!」
「……?」
返答に困った朝輝の様子を見て、沙也加がかなり慌てた。
「み、美香ぁ!!」
「ってのは建て前で、単純に暇つぶし」
「…暇つぶしなら良秀とデートでもいいだろ」
いやぁ〜デート疲れるし。
とか言ってる内に、ティーセットと美味しそうなバウムクーヘンを乗せた銀のワゴン(個人宅で使われているのを沙也加は始めて見た)を白雪が運んで来て、手際よく紅茶を注ぎ、バウムクーヘンを並べる。
「す、スゴいね…」
今までほぼ空気だった沙也加がなんとか口を開く。
「お手伝いさんがいるお家って、始めてみたよ」
緊張のせいか、話し終えるとこの部屋の冷房が寒く感じられた。
「黒江さんは素晴らしい人だよ、いっつも助けてもらってる」
ワゴンの隣に立っていた白雪が、無言で頭を下げる。
「朝輝は黒江さんがいないと何も出来ないもんね」
「ぐ…返す言葉がない…」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それからしばらく、たわいないおしゃべりと、白雪が淹れる美味しい紅茶としっとりとした柔らかなバウムクーヘンを楽しんだ。
「ちょっと、御手洗いかりてもいい…?」
紅茶+冷房でトイレに行きたくなってしまった沙也加は、白雪に案内してもらい御手洗いに向かった。
「ふぅぃ〜…」
と沙也加は新築の家みたいにピカピカ清潔なトイレの中にある、洗面台の磨き抜かれた鏡に向かって息を吐いた。
とうとう大好きな朝輝の家に来て、その朝輝と沢山話すことができた。
今夜もコーフンして眠れなそうだ。
髪を整え直し、ハーブの香りのするレストルームから、微かに木の香りのする廊下に出る。
ここは応接室の直ぐ隣であった。朝輝の家の真ん中には小ぶりな木の植わっている中庭があり、そこから夏の陽射しが程よく廊下を照らしていた。
「みぃ〜」
すると、突然沙也加の足元から猫の鳴き声が聞こえた。
沙也加の足元にいたのは真っ白い小さな子猫であった。
「あ…カぁワイイ!!」
思わずしゃがみこんで、子猫に手を伸ばす。
もちろん怖がらせないように、ゆっくり下からである。
「みゃう!!」
「きゃっ!!」
下から近づけていた沙也加の白い指に、おとなしかった子猫が突然爪を出して猫パンチを繰り出してきた。
「痛い…」
血は出ていないが、かなり痛かった。
「みぃ〜う」
既に子猫は沙也加から少し離れた日陰にいた。
「痛いよ子猫ちゃん…」
子猫はぷいっと向こうを向いてしまったたが、まだそこにいた。
「ふん、良い気味じゃ、もしお前が朝輝に何かしたらこんなものでは済まさぬからの」
「…え?」
猫がしゃべった?
「こ、子猫ちゃん?」
「みぃ〜」
そう猫らしく普通に鳴いて、子猫はどこかへ行ってしまった。
首を傾げながら応接室に戻ろうとしたところ、
「どうしたの!?」
少し慌てた様子の3人が、応接室から出てきた。
「九条さんの悲鳴が聞こえたから」
沙也加の顔がかぁっと熱くなる。
みんなに悲鳴を聞かれたとは恥ずかしい。
「白い子猫ちゃんがいて…撫でようとしたら右手を引っ掻かれてビックリしただけだから大丈夫…」
「結に引っ掻かれた…大丈夫?」
「あうぅ…!!」
見せて、と言って朝輝が唐突に沙也加の右手を軽く握ったため沙也加が思わず声を出してしまった。
沙也加の右手を調べている朝輝の後ろで、沙也加と目が合った美香がニヤニヤしてウィンクをよこした。
それにしても、朝輝の手は大きくて、暖かいと言うよりも熱かった。
鼓動が激しくなり、呼吸も少し荒くなってきた。
「ん、傷は大したことないけど、一応消毒しておこう」
その言葉を聞いた白雪が、救急箱を取りに行った。
手を握られて少しポーっとしていた沙也加だったが、朝輝が手を離したのでやっと正気に戻る。
「あ…そう言えば…」
と、正気に戻った沙也加がさっきあった事を口にした。
「朝輝くんちの猫…結ちゃんはしゃべるの…?」
一瞬、朝輝が固まったのがわかった。
あぁ…なんて変なことを言ってしまったのだろうか。
頭おかしいと思われたらどうしょうと沙也加は後悔した。
朝輝は朝輝で、
「(結のやつ…なんてことを…あんなに一般人の前では猫のまましゃべっちゃダメって言ったのに)」
と、心のなかで結を叱った。
「(まったく!!朝輝め、妾というモノがありながらあんな娘の手など握りおってッ!!)」
物陰に隠れていた結が、そんな2人の光景をみてヤキモチを妬いていたのであった。
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