第1章第1節
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東京湾沿岸の倉庫地帯。
その一画にある、使われなくなった廃倉庫の中で、白い炎の剣を持った少年が自分より遥かに巨大なモノと対峙していた。
鬼、である。
しかもそこいらの鬼ではない。焦げ茶色の硬い肌に複数の角、複数の目、異様に太くて長い腕、がっしりとした体格。かの大蛇、ヤマタノオロチの息子と言われる酒呑童子であった。
「すぐに楽にしてやるよ」
そんな異形の化け物相手に、白い炎の剣を持った少年 ―真堂朝輝― が、平時は柔和である表情を、狂喜に引き裂けるような笑みに変えて宣言した。
ズザッ!! と言う音とともに、朝輝が身を捻り、今まさに木の幹のような腕を振り回してきた鬼に斬りかかった。
隠し剣からの逆袈裟。
「グッゴォォォォォ!!」
力任せに振り回した腕を、二の腕の辺りからスッパリと綺麗に切断された鬼が叫ぶ。
ジュウッ、と鬼の肉が焦げる音とイヤな臭いがした。
朝輝は即座に逆袈裟で斬り上げた刃を翻し、痛みに呻く鬼の足元に殺到。
ズパッ!!
真横から、空気を断つような鋭い一閃。
その一閃は腕より太い脚をいとも容易く両断した。
「しまいだ。酒呑童子も案外あっけなかったな。拍子抜けだったよ」
ホコリっぽい倉庫の床に、片足を失った鬼の巨体がどうっと倒れる。
そして、倒れた鬼の首に無慈悲な刃が振り下ろされた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ふぅ〜、任務管理」
朝輝が1人言を呟くと同時に、鬼を葬った刃が右手から溶けるように消失した。
短くもなく、長くもない黒い髪を手でちょっとクシャっとして、朝輝が振り返る。
「終わったぞ、喜屋弟」
暗い倉庫に積まれたコンテナの前に倒れた人影に言う。
「ま…マジっすか…せっかくのデビュー戦だったのに…」
「まぁ…お前の心が折れてない限り次があるさ」
鬼に吹っ飛ばされた所為で倒れているのは喜屋雅幸という、短髪でスポーティーな感じの陰陽師の少年だった。
彼は、学校においては朝輝の後輩。
〈国際魔術連盟日本支部 悪魔・魔物討伐課〉においては朝輝の部下にあたる関係である。
「勉強になった?」
「あ…はい…」
実のところ凄すぎて参考になりませんでした。はい。
しかしこれが7つ星か…。
雅幸は見せつけられた力の差に愕然としていた。
なんと言っても、世界に7人しかいないわけで、その貴重な7つ星の戦闘を生で見ることが出来たのだから幸運である。
「大丈夫か?」
朝輝が倒れている雅幸の隣に膝を着いて話しかけた。
その顔は先ほどの凶暴なものから、何時も通りのちょっぴり垂れ目がちで柔和な顔に戻っていた。
「なんとか…あぁ、肉体よりも精神のダメージのがデカいかも…」
「そうか。悪いけど僕は治癒魔術は使えないから。でももう回収班が来るでしょう」
噂をすればなんとやらで、その回収班が倉庫の中に突入してきた。
「任務お疲れ様です。真堂課長」
慇懃に挨拶してきた隠蔽課 ―魔術的な事故や事件を一般に知られない為に証拠を隠滅する課― の職員に簡単に状況を伝える。
雅幸が救護班に回収されて行ったのを見届けた朝輝は、今回の鬼討伐作戦の本部に戻ることにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
〈朝輝が去った後の倉庫〉
そこでは、物品の回収や、破壊された物の修復が行われ、鬼の死体の回収も始まっていた。
「なんてこった…」
職員の1人が呟く。
倉庫の床には、首を跳ねられ、右腕と右足を失った巨大な鬼の死体が仰臥していた。
「これが7つ星か…」
「謹慎中で力を制限されているってのにこの力…」
恐ろしい。
うらやましい。
頼もしい。
いろんな感情が入り混じった言葉が呟かれた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あぁ…眠いなぁ。
7月22日。時刻は既に深夜2時を過ぎていた。
朝輝は眠くてフラフラしながら、静かな暗い倉庫地帯を本部に向けて歩いている。
それにしても夜中だというのに蒸し暑い。
もう夏休みか…
朝輝がボーっとそんな事を考えていた時であった。
前方の暗闇から微かに、トッ という足音が聞こえた。
「ん?」
誰だろうか。
一瞬、朝輝のお目付役である黒江白雪かと思ったが、それは色によって否定された。
暗闇からスッと出てきたのは真っ白い少女である。
まるでその闇を裂くかのような存在。
「…こんな所まで何の用?異端審問官様」
「私は私の仕事を全うしているだけ」
白い髪に白い肌に白い服のクラスメイトは、サファイアのような瞳を暑苦しい暗闇の中で煌めかせながら言う。
「異端審問官も大変だこと」
私怨でもあるのだろうか?
異様に追いかけてくる少女である。
「もうすぐ貴方の呪縛が解けるはず」
白い少女は感情を覗かせない声で言う。
「呪縛が解け、貴方が少しでも隙を見せたら私は貴方を捕らえて裁く。それが私の仕事だから」
仕事だからっていいながらこれは絶対私怨だよな〜
朝輝は彼女のサファイアの瞳を見つめながら思った。
しかし綺麗な瞳だ。
命が宿っている分、本物のサファイアよりも儚く美しいのかも知れない。
「もし仮に隙を見せたとしても」
言いながら朝輝は彼女に近づいて行く。
「教会の異端審問官如きに捕まるほど、このChocolateDragonも落ちぶれちゃいないからさ」
朝輝と彼女は至近距離で見つめあった。
このちびっこい異端審問官はイギリス出身らしい。
「私も、たかが魔術師風情にやられる気はない」
例え7つ星の〈ウリエル〉だろうとも。
最後にそう付け加えた。
本当に強い娘だな。
自分が2年前に何をしたか知ってるのに、臆せずに正面から立ち向かってくる。
そんな彼女の態度に、朝輝は思わずはふっと笑ってしまった。
「竜が笑うな気持ち悪い」
厳しいね。
と朝輝がさらに笑った時、
「シェリー・ゴールドスミス」
涼やかな声が横合いから聞こえた。
スルリと、まるでそこにある闇自体が人の形を成して出てきたかのような人物であった。
黒くて長いポニーテールに、黒いスーツ、黒い革靴。
総てが黒いため、対象に白磁のような肌が目立ち、まるで顔と手だけ闇に浮いているようであった。
彼女、黒江白雪がその切れ長な目をスッと細め、異端審問官シェリー・ゴールドスミスを睨むように見ていた。
「去りなさい」
言われなくても、
そう言って異端審問官はふっと消えた。
「お疲れ様です。朝輝様」
「久しぶりの実戦だったから疲れた…」
「江原部長が怒っていましたよ」
「あぁ〜…」
心当たりアリアリだった。
今回の任務、実はかなりの大人数戦の予定だったのだが、朝輝が部長のいない所で勝手に作戦変更し、無理やり着いてきた喜屋雅幸と2人で突撃をかましたのだ。
実は朝輝と雅幸は鬼と戦う前に、鬼を使役していた陰陽道結社〈白鷺〉の陰陽師総勢43人とやりあって(ほぼ朝輝が)壊滅させていた。
その上、鬼もである。
そんな無謀な所業を可能にしたのはやはり7つ星という化け物じみた朝輝の強さだからこそである。
「まったく…無茶をなさる」
白雪が珍しく感情を表していた。
「う…ごめんなさい」
久しぶりの実戦で愉しくなってしまったから、なんて言えない…
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後、部長にコッテリ絞られた朝輝は、白雪の運転するベントレーで自宅へ向かっていた。
「ん?」
高校生らしくケータイをいじっていた朝輝が声をあげた。
着信13件
メール23件
内、どちらも1件以外同じ人物によるものであった。
「うぅ…」
あのお嬢さまは苦手だ。
いつデートして下さるんですの?
私との正式なお付き合いについて返事を伺いたいですわ。
何時も何時もそればかりである。
はぁ〜…これってもはやストーk…
後の1件は、喜屋雅幸の姉で、朝輝のクラスメイト。
リアル魔女っ娘の喜屋美香からであった。
内容は、弟の戦績報告の催促と…
「なんでだ?」
思わず口にしたが、白雪は気にしていないようであった。
書かれていたのは、明後日 ― 日付が変わったから正確には明日 ― に、美香の親友である九条沙也香と一緒に朝輝の家に遊びに行く。
と言う内容であった。
朝輝に拒否権はないらしい…
しかし…わからない。
連盟の仕事関係で美香が来るのはわかる。
しかし、一般人である九条沙也香を伴って、と言うのがわからない。
しかも九条沙也香は…。
朝輝は、やたら肌が色が白く、黒髪が美しい少女の姿を思い浮かべた。
その姿はやたら鮮明に脳内で再生される。
血の匂いと、激しい後悔と共に…
「美香は“彼女を見たことがある”はずなのに…」
今度の独り言に、白雪は思わずバックミラーで朝輝を見た。
これからも頑張りますので、何卒よろしくお願いいたしますm(_ _)m




