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血なまぐさくなってまいりましたよ
「じゃあ実際に魔術を使ってみようか」
朝輝がそう言って、人差し指を立てた。
「え…もう?」
「グリモワとか使ったお勉強より実際に魔術使ったほうが楽しいでしょ?」
そんな2人がいるのは武器庫の隣の、朝輝曰わく“トレーニングルーム”らしい。
しかし…
「ここ…ちょっと怖い」
「そう?」
「うん…」
朝輝は馴れている、と言うか、ここを作らせた本人だから何ともないのだが、実際異様な空間ではあった。
床も壁も天井も同じ材質の石造りで、ライトも少なく薄暗い、小体育館くらいの広さの部屋。
ただそれだけの部屋である。
「お待たせしました」
そういって、無表情な白雪が武器庫の方から入って来た。
その手は、大小様々な大量のダンボールがこれでもかとばかりに乗せられた荷台を押している。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そしてその後しばらく沙也香は、朝輝に指導されながら部屋の端に置いたダンボールに向けて、ルーンを撃ち込む練習をしていた。
「す…スゴいッ!私、魔法使ってる!」
習得した沙也香のルーンによって、ダンボールは惨たらしいほどグチャグチャのゴミになっている。
「よし、使い方は覚えたね」
「うん!!」
魔法が使えるって楽しい!!
沙也香は有頂天になっていたが、それも一時のことであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「じゃあ次は動く的を撃ってみようか」
飲み込みの早い生徒に満足しながら朝輝が言う。
「動く的?」
なんだろう…
クレー射撃みたいな感じかな?
「まぁ、このために着替えてもらったんだけどね」
ちょっと待ってて。
そう言って朝輝が武器庫の方に行った。
すぐに戻って来た朝輝の手にはシンプルな武器がにぎられていた。
120センチ程の六角形の黒い棒である。
「それなにに使うの?」
素朴な疑問であったが、朝輝はまぁ直ぐにわかるよ、としか言ってくれなかった。
「黒江さん。お願いします」
朝輝が、その棒を杖みたいに床について白雪を呼ばう。
「かしこまりました」
そう言って白雪が運んで来たのはかなり大きな代物であった。
縦横2メートル程の箱状の物だったが、黒い布に覆われていて中身はわからない。かなり怪しげである。
「あれ…なに?」
ダンボールをどかした位置に置かれた物体に釘付けになりながら朝輝に問う。
「九条さんの最終試験だよ」
そう答えた朝輝が、黒い六角形の棒を持って箱に近づいて行く。
そして ─
バリィーン!!
朝輝が振り上げた棒を箱に叩きつけた。
ドパッ ─
っと、割れた箱の中から水が溢れ出し、朝輝が素早く飛び退いた。
「さぁ、試験開始」
わけがわからなくなって呆然としている沙也香に朝輝が言う。
「え…な、なに!?」
直後に沙也香がおののいたのは、箱を覆っていた黒い布の中で何かが蠢いていたからであった。
「ほら、九条さん構えて」
朝輝がいつもの調子で促す。
「ギッ…ギィィィ」
突如布の中から響いたおぞましい声に、びくっとした沙也香は思わず銃を落っことしそうになった。
「な、なんなの!?」
もぞもぞと蠢いていた布が、唐突に外された。
そこにいたのは…
「…!?」
なんだアレは…
とても現実とは思えない。
ヌメついたウロコに覆われた深緑色の体表。
首がなく、頭から肩までが滑らかに繋がっている。
そしてその間には、エラとおぼしき裂け目。
人間のように二足歩行しているものの、その手足の指の間には薄い膜 ─水掻き─ がある。
身長はそれほど高くなく沙也香と同じくらい。
頭から背中にかけてトゲのあるヒレがはえていた。
「と、朝輝君!アレ!?」
「半魚人だよ?昨日、隅田川で捕まったんだって」
あんなものが都内の川にいたなんてとてもじゃないが信じられない。
「臆病な種類だからね。まぁ、だからこそ追い詰められたら狂暴化するんだけど」
朝輝が呑気にそんなこと言っていると、周りを確認し、逃げ場がないと知った半魚がこちらを威嚇し始めた。
「ギッギッギッギッ」
不快な鳴き声と共に、腥い臭いも漂って来た。
銃を構えたまま、思わず一歩後ろに下がる沙也香。
「よく狙って」
「こっ、殺しちゃうの…?」
「そのために連れて来たんだよ?それに、実戦で使えなきゃ意味ないでしょ?やらなきゃやられる。今九条さんがいるのはそういう世界なんだよ」
沙也香は初めて意識した。
自分の覚えたモノが、誰かを傷つけ殺すモノだということを。
「ギッギッギッギッ」
不快な鳴き声を発しながら、半魚が飛びかかるような前傾姿勢をとる。
「ほら、九条さん。ケイナズでもハガラズでもいいから撃たなきゃ」
朝輝は口にアメ玉を放り込みながら言う。
とうとう沙也香は震えだした。
怖かった。
未知のバケモノと突然対峙させられ、それを平然と殺せと言われた…
「怖いよぉ…」
「恐れるな、恐れが死を呼ぶ」
初めて朝輝に強い口調で言われたが、怖くて怖くてしかたない。
びちゃびちゃっ
と、とうとう半魚が沙也香目掛けて、濡れた足音を響かせながら飛びかかって来た。
「ひっ…!?」
更に一歩、恐怖で下がった所で沙也香は震える腕で銃を構えながら尻餅をついた。
あぁ…私、もう…
絶望し、沙也香は自分の脚を抱え、膝小僧の間に頭をうずめる。
しかし、
ゴウッ!!
何か鈍いモノが風を切り、
ドガッ!!
何かが肉を殴打した。
「ギガォッ!?」
悲痛な叫びが響く。
数秒遅れて、ドシャっと何かが墜落した、濡れた音が聞こえてきた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「朝輝君…?」
うずくまっていた沙也香は、不意に温かい朝輝の手に手を握られた。
「ごめんね九条さん…」
沙也香が顔を上げると朝輝が沙也香の前に跪いていた。
「…いきなり段階を飛ばしすぎたみたいだ」
まだ震えが止まらない。
「…あ…ぁ」
朝輝の傍らには、末端に何かヌメリが付着した禍々しい黒い六角形の棒が置いてあった。
ビチビチ
と、朝輝の後ろの方からなにか異音が聞こえてくる。
「ぁ…う」
見てしまった。
それは無惨に頭部を破壊され、ビクビクと痙攣を繰り返す半魚人の骸。
それを行ったのは…
「九条さん」
7キロもある鉄棒を振り回し、自衛のために飛びかかって来た半魚人を容赦なく滅殺した朝輝が言う。
「ゆっくりやっていこう。時間はあるから。さぁ、立って。部屋に戻ろう。美味しい紅茶とケーキがあるから」
朝輝は怯えている沙也香の手を握り、優しく立たせた。
「もう、大丈夫だよ。九条さんのことは僕が守から…」
しかし、そうは言っても沙也香も戦わなければならないのだ。
朝輝はどうしようもない焦燥感にさいなまれていた。
早くこの少女が、己の身を守れるくらいには戦えるようになってもらわなければ…
敵からも…そしてこの自分からも。




