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ChocolateDragon  作者: 珈琲屋
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第3章第1節 ゲームの始まり

挿絵(By みてみん)


―――薄暗く、埃とカビと、染み付いた古い血の匂いがする。そんなおどろおどろしい部屋。その四隅から伸びる4本の鎖で四肢を拘束され、気を失った黒髪の少年が、冷たく硬い石の床に死んだ様にうつ伏せで倒れていた。


冷たい床に突っ伏している少年は、左の二の腕に着けた、装飾のないツルリとした銀の腕輪以外、上半身に何も身につけていない。


しかしその滑らかな裸の背中、そこには何か記号のような文字のようなものが7ヶ所刻まれていた。

それは見る者が見れば震えあがる死の束縛であった。


刻まれたばかりの刻印は禍々しく少年の背を汚し、黒々と少年を蝕んだ。


しかし、この少年の犯した罪に対してはこの罰は軽すぎると言っても過言ではないのである。


普通なら即死刑になってもおかしくない罪を犯した少年は7つの死の刻印で拘束された。

ただそれだけであった。

細々とした規制はあるが、とるに足りないモノばかりである。

もちろん、それには裏がある。

この少年は、連盟に於いて重要な座にある上に、非常に貴重なサンプルでもあるのだ。

刻印の少年は魔術史上、過去たった1人、伝説の魔術師しか成し遂げ得なかった偉業を成し遂げたのである。


伝説の魔術師の名は“マーリン”またの名を“ガンダルフ”。

最期こそ哀れな末路を辿った魔術師であったが、力は本物であった。


そんな彼は魔術史上で唯一ドラゴンに変化し、その力をふるうことが出来る魔術師であったのである。

この少年が成し遂げるまでは。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「― どう?黒江さん」


服の裾を捲り揚げ、真堂朝輝が背中を晒していた。


「…もう大分薄くなっています、後少しで消えるかと」


と、白雪は何時もの感情を表さない声で答える。


「良かった。これでやっと九条さんをまともに護れるよ」


「朝輝くん…」


沙也香が少し心配そうな声をあげたのは、朝輝の滑らかな背中に刻まれた一見タトゥーのようにみえる黒い記号が、魔術素人の沙也香が見ても禍々しくて不気味なモノであったからである。


「…前にも言ったけど、ちょっとした事件を起こしてね。謹慎のための拘束なんだよ」


拘束について事前に少し話を聞いていた沙也香だったが、実際に見せられるまで、朝輝が謹慎を食らうような事件を起こすなど想像できていなかった。


「ちゃんと…僕が九条さんを護るからね」


窓から差し込む逆光の中、服の裾を下ろした朝輝が振り返らずに言う。

その時、朝輝がどんな表情だったか沙也香には見えなかったが、声から朝輝の確固たる思いが伝わってきた。


「う、うん!!ありがとう。私も魔法のお勉強頑張るから!!」


これが今、沙也香が出来る精一杯の返事であった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


わらわは村木屋のアンパンが食べたい!!」


その日の夕食後の、いつものような穏やかな時間であった。


浴衣を着たこの家のワガママ姫が、ソファーに身を沈めてTVを見ている朝輝におねだりをしていた。

「あー、そういえば最近食べてないね。」


食後だというのに、油したたる肉をジュージュー焼いているグルメ番組に釘付けになりながらも、本日3つ目のプリン(1つ3000円もする)をスプーンですくっている朝輝が答える。


「じゃあ明日のおやつはアンパンにしようか」


(お腹いっぱい過ぎて苦しいのにプリンの匂いと肉焼き音のコンボが…うぇぅ)

沙也香はこの2人の食欲には着いて行けそうになかった。


「朝輝様、食べ過ぎですから」


「あッ!?あと1つで最後にするからお願い没収しないでぇぇぇ!!」


朝輝の断末魔もスルーし、白雪が無慈悲にプリンを没収するのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


― 次の日、約束通りアンパンを買いに行くことになった。ずっと2人とも家に籠もりきりだったので、朝輝と沙也香の気分転換も兼ねての お出かけである。


「じゃあ行って来るから」


そう行って朝輝が玄関のドアノブに手をかけた。


「本当に私がついて行かなくてよろしいのですか?」


白雪が少し心配するように言った。

珍しく感情らしきものが見えなくもない。


「電車の切符くらい自分で買えるから大丈夫だよ」


「……………私が申しているのは―」


「わかってるよ白雪さん。大丈夫だから」


「…承知しました」


(…うーんと)


どうすればいいのかな?

なんか置いてきぼりにされた気分の沙也香であった。


幸いにも今、結は陽向でお昼寝中なので気付かれずに2人で出掛ける。

……帰った時が怖いが。


「それではお気を付けて…」


白雪がキレイな礼で2人を送る。


初めての朝輝と2人っきりのお出かけ。

久しぶりの外ということもあり、沙也香は軽くハイになっていた。


それは朝輝も同じようなもので、もうすぐ忌まわしき呪縛から解放されるということもあり、気が緩んでしまっていた…



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


地下鉄で十数分。

2人は夏の太陽が照りつける銀座を歩いていた。

さすがに人が多い。

「暑いね〜。そうだ!!ジェラート食べよう」


「あ、あははは…」

たわいないおしゃべりだが、朝輝たちは目的地である村木屋に着くまでに既にかなりの買い食いをしていた。


(もしかして黒江さんが心配してたのって、これ…?)


朝輝家で暮らし始めて気づいたが、朝輝の食に対する執着…特に甘いものに対する執着にはハンパないものがある。


「私はもうお腹いっぱいかも…」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


銀座の中央通り。

2人はその通り沿いにある目的地、村木屋に道草しながらやっと到着した。


「いやぁ、さすが元祖アンパンの店。いつきても繁盛してるな」


「へぇ〜。ここが元祖アンパンのお店なんだ。初めて着た」


店の中にはかぐわしい焼きたてのパンの香りが漂い、人々を誘惑し財布の紐を緩ませていた。


そんな中、さんざん買い食いしたにも関わらず誘惑されている人間がここにも1人。


「ふはぁ〜…いい香りだ…素晴らしい。買い占めちゃいたい」


朝輝の場合ホントに買い占めかねないから困る。


その時、朝輝に気付いた店員が、あっという顔をしたのを朝輝と一緒にパンを買う列に並んでいた沙也香がみた。


その店員は慌てた様子で厨房に飛び込んでゆく。


どうしたんだろうかと考えている内にアンパンが大量に並んでいるレジ前にたどり着いた。

このお店はアンパンに限ってはレジにたどり着いてからアンパンの種類と個数を注文するのである。

そして、沙也香はさっきの店員さんがあっ、という顔をした理由がわかった。


「えーと、とりあえず酒種アンパン有るだけ全部と、あとは全種類10個ずつ」


は? そう思ったのは沙也香とレジのバイト大学生だけではなかったらしく、左右にいたお客さんまで朝輝に振り向いた。

そして裏からはさっきの店員さんと多分店長らしき人が出てきて、遅かったか…という顔をしていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「なんか…たくさん買ったね…」


両手に20個くらいずつのアンパンが入った袋を下げた沙也香が、更に大量のアンパンが入った袋を持った朝輝に言った。


朝輝は沙也香(女の子)に荷物を持たせたくなかったが、施されてばかりが嫌だった沙也香は荷物を持つと言って聞かなかった。


「いつもこのくらい買うよ?」


さもそれが当たり前のだというように言う朝輝。


そりゃあ店員さんも“あっ”となるわけである。


2人はなんとか人混みを掻き分けて、自動ドアから外に出た。

途端にむわっとした夏の熱気が2人を包む。


「――― ッ!?九条さん!!」


本当に突然、朝輝が叫んで沙也香を突き飛ばした。


「え…?」


わけがわからぬまま朝輝に突き飛ばされ、尻餅をついた沙也香が次の瞬間に見たものは ―――


沙也香をかばった朝輝に、何者かが細長いモノを叩きつける所であった。


もの凄い衝撃であった。


別に小柄でもない朝輝が、まるで蹴り飛ばされた空き缶のように宙を舞ったのである。


一拍遅れてドッパッァァァン!!という衝撃音が響く。


「朝輝…くん?」


コレはウソだ。コレはゲンジツじゃない。ゲンジツであってはいけない。


しかし、これは紛れもなく現実であると、夏の太陽に灼かれた熱いアスファルトに教えられる。


「朝輝くん…!?」


沙也香は立ち上がれなかった。

体に力が入らない。

「朝輝くん!!」


名を呼ぶことしかできなかった。


一方、道路に倒れた朝輝はピクリとも動かない。


「動くな。動かなければ傷付けはしない。俺の狙いはお前が持っているカケラだ」


唐突に、朝輝を殴り飛ばした襲撃者が、その一定間隔で節のある金属製の棒状武器を沙也香に突きつけて言った。

ただし、沙也香は相手がなんと言ったのか理解出来なかった。

なぜなら相手が中国語で話しかけてきたからだ。


怯えた表情のまま固まっている沙也香を見て、襲撃者は面倒臭そうな顔をしてチッと舌打ちをした。

「中国語がわからんか。だが俺は日本語は喋れないし、喋りたくもない」


そう中国語で言ったのは、短髪でつり目気味の、朝輝や沙也香と同年代の少年である。


「さっさとカケラを寄越せ」


言っていることはわからない。でも、沙也香が狙われる理由は1つしかない。沙也香は思わず胸元にあるカケラを服の上から握った。


「おとなしくそれを寄越せ。あんたは傷つけたくない。俺にもあんたみたいな知り合いがいるからな」


――――真堂朝輝は熱い車道の上に転がっていた。

意識が朦朧とする。多分、打たれた所の骨は砕けただろう。 しかし、打たれた背中の左側にはなんの感覚もなかった。


……甘かった。

こんな状況の時に、ましてや今の自分は魔術が使えない。


(なんて事だ…。立ち上がらなくちゃ… 九条さんを…護らなきゃ… 約束した。僕が九条さんを護ると約束した。絶対に…九条さんにはケガ1つさせない…ッ!!)


見事に“人払い”され、静まり返った銀座。

その車道に倒れた朝輝は頭を巡らせ、助けを見つけ出した。

朝輝からすぐ手の届く車道と歩道の段差の所に、ジュースの空き缶があったのだ。

朝輝はそれに手を伸ばし、小石で表面に魔術的な記号を描く。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「 …さぁ、早く。じゃないとお前も ――― 」


言いかけて、短髪の少年が突然振り向いた。


――――その視線の先には。


「朝輝くん!?」


左腕をダラリと力なく垂らした朝輝がふらりと立ち上がる所であった。

その右手には空き缶が握られている。

フラフラしていた朝輝が、足を踏ん張り力いっぱい右腕を振るった。


「ちぃッ!!テメェが魔術を使えねぇのはわかってんだよッ!!」


襲撃者の少年は、かなりの速度で飛来した空き缶を、節のある鉄棒で打ち払う。

――――しかし


空き缶を打ち払った瞬間、ボバッッ!! っと言う爆発音と共に空き缶が炸裂した。

「なッ!?」


炸裂した空き缶は、衝撃波と共に缶の破片を撒き散らした。

襲撃者の少年はまともに衝撃波と破片を食らって、背後の建物の壁に叩きつけられるが、至近距離にいた沙也香には破片はおろか、衝撃波すら襲いかからなかった。


それは真堂朝輝という一流の魔術師の手腕によるものである。

しかしあくまで朝輝は魔術を使ってはいない。

今のは魔術的な意味を持つものを作り出し、魔術的な意味を持つ別のものにぶつけて反応を起こしたのである。


「貴様ァ!!」


壁に叩きつけられて数瞬後、襲撃者の少年は武器を構え直しし、車道に立つ真堂朝輝に突撃する。


避ける体力もない朝輝は何の武器もなく、ただただ裸の右の拳を握る。


「死ねッ!!」


節のある金属棒が振りかぶられ、朝輝の頭を割らんとする。

―――しかし


唐突に少年が何かに気が付き回避行動をとる。

直後、少年がいた所のコンクリートが砕けた散った。


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