夢の不始末
トボトボと川沿いの道を歩いたマッチ売りの少女は、水車のある小屋の前で立ち止まった。
扉を開けてチラリと中を覗き、蒼白・朦朧としたハンナがこっそり滑り込む。
ここは……麦挽き小屋か。
しかも、おあつらえ向きのカマドに麦わらまである。
ハンナがマッチを擦ったので、ようやく俺は姿と声を取り戻した。
「待っててくれハンナ、今すぐ紙と木炭を出すから!」
「うん……マッチの精さん、ありがとう……」
木炭に燃え移った火をカマドに入れ、ハンナはかき集めた麦わらを一掴み放り込んだ。
「ふぅ……暖かい」
「そこの薪も、もらって入れようぜ」
「だめよ……そこまでやったら、さすがに怒られちゃう」
「後から弁償すればいいだろ? 凍え死ぬより怒られるほうがマシだ」
それでも薪に手を付けず、ハンナは『麦の粒』を拾って口に入れ始める。
飯も食ってなかったのかよ……
怒りと悲しみが入り混じった激憤で、糞ったれな世界を焼き滅ぼしてしまいたい衝動を堪えていると、ボトンと音がして地面に何かが転がった。
木炭だ!しかも今までの細木より100倍くらいデカい。
「ハンナ、やったぞ!これで早く温まるんだ!」
「すごい! ありがと、マッチの精さん!!」
カマドに木炭を放り込むと、しだいに麦挽き小屋に暖気が広がっていった。
ハンナの凍った靴や濡れた靴下から、ユラユラと湯気が立ち昇る。
「お腹空いたね? あっ、でも妖精さんだとお腹は空かないのかな?」
「ごめんな。でも出来るだけたくさん木炭を具現化しておくから、朝になったらマッチと一緒に売ればいい」
「うん、そうする。……じゃあ、明日はきっとご馳走ね。何を食べようかな~」
靴と靴下を乾かし終えると、ハンナは積まれた麦わらの山に潜り込み、寝息を立てた。
カマドに木炭をくべ足しながら、せめて麦の落穂を拾い集め、朝に驚かせてやろうと試みる。
けれども。俺の手も足も、自分で出した木炭以外には触れることができなかった。
ここにもそこにも、こんなにたくさん目の前にあるのに……
俺は麦粒をあきらめ、木炭の産出に取り掛かろうと力んだのだが。
ふいに目の前が暗くなり、景色が黒一色で塗りつぶされた。
おいっ、何でだよ。
まだ火は残っているだろうが!!
目が覚め視界が晴れると、俺は粗末な小屋に突っ立っていた。
麦わらの山に埋もれて眠るハンナの姿は、どこにもない。
それもそのはず。ここは麦挽き小屋ではなく、見知らぬ家の寝室だった。
その粗末で汚れた狭い部屋では、見知らぬ男がマッチを片手に、目を丸くしていた。
「なんだこれは……どういうことだ??」
「なんだこれは……どういうことだよ?」
男は何か賭け事の倍率表を手から落とし、ブルブル震え始めた。
悪いが、賭け事狂いのおっさんにつき合っている暇はない。
華麗にスルーを決め込んで、急いで麦挽き小屋まで戻らなければ。
帰り道を捜そうとドアへ向かった瞬間、男は『イヒーッ!』と不気味に高笑った。
「ついに来た!幸運の神が降りて来たぞ! ハンナ、酒だ。酒を持ってこい!」
「ハンナ…………だと?」
「クソッ。あのガキ、まだ帰ってないのかよ。要領の悪い能無しが」
怒りが瞬時に発火点を越えた。
男が落とした賭博用紙を踏みつけにすると、紙から激しい火の手があがった。
「貴様! 何をするんだ貴様!俺のオッズ表が!!」
「何が俺のオッズ表だ! お前の賭け狂いに――」
男がオッズ表の火を消し止めると、俺は瞬時に声と姿を失ってしまった。
ハンナよ……悪いがこの男はもう駄目だ。
血が繋がっていないのならなおさら、こんな男の末路につき合っちゃ駄目だ。
ハンナはハンナ自身の道を進まなきゃ。
状況が分かった以上、ボヤボヤしていられない。
一刻も早くハンナの元へ帰って、対策を練らなくては。
呑んだくれの親父を捨て置きハンナの家を出ると、そこは雪に埋もれた平野だった。
どこだよ、ここ……
雪のせいで遠くが見えないし、それらしい街明かりもない。
俺はおぼつかない足取りで、フワフワと街道をさまよった。
やっとの思いで聖堂のある町へたどり着いたのは、夜明け頃のことだった。
新雪にうっすら覆われた町のどこかで、鐘の音が鳴っている。
まだ完全に夜が明けきってもいないうちから、ご苦労なこった。
昨夜の記憶を頼りに麦挽き小屋へ向かうと、バケツを持った人々が俺を追い抜いていった。
川沿いの道に出ると、遠くに煙が立ち昇っているのが見える。
火事か!
燃えているのは『ハンナの眠る麦挽き小屋』だった。
燃えてる!!麦挽き小屋が燃えてる!!!
ハンナ!!!ハンナ!!!




