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想いのカタチ

 クソッ!なんでだよっ!


 どれだけ強く願っても、念を込めても、手袋は現れなかった。

 代わりに具現化したのが『紙』と『木炭』って。

 ……。


「少女よ。急いでこの紙を巻いた木炭に火を――」

「少女、少女って、ちゃんと『ハンナ』って名前があるんだから」

「――ハンナ、マッチの火が消える前に!お願いだから急いでくdas…」


 紙に移ったマッチの火は細い木炭へと燃え移り、路地の煉瓦(れんが)を明るく照らした。

 予想通り俺の幻出時間は大幅に増えたが、『具現化能力』の強化という期待は裏切られた。


 へっくしゅん

 ハンナがくしゃみをしながら鼻の下をこする。

 一刻も早く暖を取らせてあげたいのだが、木炭の欠片ぐらいで(しの)げる寒さじゃない。


 雪雲でかすみはじめた星を見上げ、俺は改めて少女に向き直った。


「なぁハンナ、教会へ行ってみよう。あそこなら多分……一杯のスープと靴下を乾かすぐらいの時間をくれると思うんだが……」

「いやよ。こんな服で行くなんて、辱めを受けに行くようなものだわ」

「命運がかかっている時に、恥ずかしいも何もないだろ。きっとジャン=バルジャンみたいに温かく迎え入れてもらえるさ」

「ジャンって誰? フランス人のお友達?」

「いいから行こう。勇気を出して扉さえ開けてくれたら、あとは俺が何とかするから」


 ややしばらく渋っていたハンナだったが、いよいよ濡れた足が凍えてきたのか、木炭の火が消えると同時に、とぼとぼと路地を出て歩き始めた。

 そう、それでいい。

 ちゃんと教会へ向かってくれよ。


 手を引くどころか、声も出せないもどかしさに身悶えしながらついてゆくと、ハンナはやがて近くの広場にある聖堂へと辿り着いた。


 けれども彼女は臆してしまったのか、聖堂の前をウロウロするばかりで、一向に中へ入ろうとしない。

 ハンナ……俺がついているから。早くマッチを擦るんだ。


 ぽうっ

 マッチの灯りがともると同時に、俺はためらうハンナを鼓舞した。


「さぁ、ほんの少しだけ勇気を出して。その扉を押し開けるんだ」


 紙と木炭を具現化しそびれた俺は、一言に賭けて冷たい空気を吸い込んだ。

 荒ぶる呼吸をを喉の奥へと押し込め、胸のロザリオを握りしめ……

 ハンナが扉を開けた瞬間、薄明りの灯る聖堂に向けて俺は叫んだ。


「神父様!どうかスープを一杯この子に!せめて衣服を乾かす暖のご慈悲を!」


 ぎょっとしたハンナが俺を見上げると同時に、暗がりの中に潜んでいた無数の目が、一斉にこちらを振り返った。


 ……なんでこんなに、大勢の人がいるんだよ!?


 二の句を継ぐタイミングを逃したわずかの間に、ハンナは扉も閉めずに走り出してしまった。

 びゅうと北風が吹きつけ、石床に落ちたマッチの炎も跡形なく消される。

 おい、ハンナ!待ってくれ。



 ハンナは路地裏に身を隠し、さめざめ泣いた。


「だから言ったのよ。行きたくないって」


 そんなに泣かないでくれよ。俺が悪かった、謝るから。

 ……『キリスト・ミサ』が『クリス・マス』のことだったなんて、知らなかったんだ。


 涙で冷えた頬をゴシゴシこすり、ハンナがマッチの籠を抱えて立ち上がる。


 ごめんよハンナ。

 今度こそ上手くやってみせるから、もう一度だけチャンスをくれ。


 俺は胸のロザリオを恨めしく見下ろしつつ、少女の後を追って浮遊した。


     *


 俺は首から十字架(ロザリオ)をブラ下げてはいるが、キリスト教徒ではない。

 むしろ一日でも早く、手放してしまいたいと願っているくらいだ。


 これをくれたのは若い頃、ちょっとだけ付き合っていた恋人なのだが。

 未練がましいと思いつつ、いつまでも捨てられないのには理由がある。



 あの時……あるクリスマス・イブの夜。

 彼女は俺をミサへと誘ってくれた。

 何を着て行けばいいのか、どう歌えばよいのか、教会のことなど何も知らなかった俺は、直前までひどくためらった。

 ……ためらった末、結局。彼女の待つミサへは行けなかった。


 扉を開くことができず、謝罪の連絡もできずにいた数日後。

 彼女から一足遅いクリスマス・プレゼントが届いた。


 『今までありがとう。どうか幸せになって下さい』

 ロザリオには、短い別れのメッセージが添えられていた。


 一年後、彼女は真面目堅気な稼ぎのある男と結婚し、あっという間に三児の母になったという。


 誰が聞いても『未練がましい』としか返答のしようがない話だ。

 けれども俺はロザリオを首にかけ、今日まで自分へ言い聞かせ続けた。

 いつの日か夢を叶えて幸せになり、どこかの街角で笑いながら彼女とバッタリ再会するのだと。

 その時には胸を張ってロザリオを外すのだと。


     *


 ハンナは握りしめたマッチ箱から一本を取り出し、火をつけ、開口一番つぶやいた。


「首からロザリオ下げてるくせに、ミサで大声出すなんて。何を考えてるの!?」

「……はい、すみません。以後、気をつけます(小声)」



 扉を開ける勇気がなかったのなら、せめて。謝罪する勇気を持つべきだった。

 それを忘れぬ自戒のために、俺は今でも()びたロザリオを首から下げている。

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