目が覚めたら……
目が覚めると、粉雪の舞う暗がりにいた。
凍った路地に寝そべり、斜めに世界を見上げている。
雪に覆われた『夢』の中の街並みは青白く幻想的で、絵に描き留めたいくらい綺麗なのだけれど。
……寒い。
夢だと割り切って楽しむには、あまりにも寒すぎる。
なのに。
早く布団へ戻りたいのに。
何度目をつむっても、凍ったまつ毛がパリパリするだけで、悪夢が終わらない。
「これは夢なんだ。これは夢なんだ。これは夢なんだ」
「そうよね。現実にはこんなこと、起こりっこないものね」
とつぜん白い顔をした少女が、震えた声でつぶやいた。
濃い金色の髪に、黒っぽい瞳……ここは異国か??
しかもマッチだなんて、昔懐かしいものがまだあるなんて。
すり切れた手をマッチの火で温めながら、少女は虚ろな視線で俺を見ている。
「私、死んじゃったんだよね? おじさん、天国からのお迎え?」
「違う違う。そんなんじゃない」
つぎはぎだらけの服を着た彼女は、白い息を凍らせ眉をひそめた。
手袋もはめないで、こんな遅い時間に?
「そっか。天国からのお迎えだったら、怖そうなおじさんじゃなくて、きっと優しかったお婆ちゃんのはずだよね」
「怖そうな……おじさん???」
夢とも幻ともつかない冬夜の寒空の下で、疑問がつぎつぎと浮かんでは消える。
「じゃあ天国の神父さんかな」
「神父さん???」
「だって坊主頭に黒い服で、首からロザリオを下げてるし」
……ああ。首飾りの十字架を見て、そう思ったのか。
煉瓦の壁に映る自分の影に驚きながら、俺は横に首を振った。
「俺は神父さんでもないよ」
「なら……もしかして……死んだお父さん?」
「なにか誤解しているようだけど、俺は天国からのお迎えじゃない」
なぜなら俺は……
マッチの灯りが小さくなるにつれ、少女がキョロキョロと路地を見回し始めた。
『おい、どうした? 俺はここだ!』
彼女が俺を見失ったのは、急に暗くなったせいではない事がすぐに分かった。
俺の体がみるみる透明になり、景色へ溶け込んでいたからだ。
「妖精さん!? どこ!?」
『ここだ! 俺はここにいる!』
俺を転生させた神がいるなら待ってくれ!
頼むから時間を……もう少しだけ時間を!
俺は、まだ何もやっちゃいないんだ!!
少女が慌ててマッチをもう一本すった。
路地奥の暗がりを照らすように、小さな灯を掲げた時。
その一瞬にして。
揺らめく炎に炙り出され、俺の体が再び色彩を帯びた。
「あぁ、よかった」
少女はマッチの火を小さな手で囲いながら、凍り付いた頬かすかにゆるめた。
そうか。
俺が少女の目に映るのは、マッチの火が燃えている間だけなのか。
「もう、妖精さんったら。てっきり置いて行かれたのかと思ったじゃない」
少女がまつ毛の氷を溶かしながら、鼻をすすって俺を見上げた。
「ねぇ、マッチの妖精さん。私ね……」
「ちょっと待ってくれ。妖精って呼ばれるような姿カタチじゃないだろう?」
「なら『マッチの精』さん。どうかお願いします。私のささやかな願いを叶えて下さい」
少女よ……俺のこと、ランプの精か何かと間違えてないか?
「私……何でもお話しできるお友達が欲しいの(ボソッ)」
「えっ。友達を創るとか、そこまでの能力は(モゴモゴ)」
マッチ売りの少女はほんの一瞬、悲しい表情で固まったが、再び俺を見上げて笑顔を作った。
「うそうそ、冗談。私の願いは『今夜中にマッチが全部売れる』こと」
「マッチは明日売ればいいだろうに。こんな寒い夜に無理したら、風邪どころじゃ済まないぞ」
「でも。これ全部を売らないと、家に入れて貰えないの」
少女が見せる小さな籠の中には、また三十箱ほどのマッチが残っていた。
「これ全部って、ぜんぜん売れてないじゃないかよ」
「今日はキリスト・ミサだから、みんな忙しいみたいで。熱っ」
マッチは根元ギリギリまで燃えて尽き、芯の燃えカスが雪に落ちた。
火が消えると再び、この世から俺の『声』が掻き消されてしまう。
意識はここにあるのに、冷え切った指先からマッチをこぼす少女へ『姿』を見せることも出来ない。
……そう、そうだ。落ち着いてマッチを擦るんだ。
マッチを擦り終えると少女は、火が消えないよう片手で風をガードしながら、もう片手の指先を雪に入れた。
「おいっ、もしかして火傷したのか?」
「ちょっとだけ。心配しないで」
「手袋とか無いのかよ」
「お父さんが……手袋はしない方がマッチが売れるって……」
自分の娘に手袋もさせずにマッチ売りをさせるなんて、どんな親だよ。
いや待てよ、さっき『死んだお父さん』と言っていたから、家庭が複雑なのだろうか。
この歳まで独り身だったし、暖かな家庭なんて築いたことはないけれど。
『この少女には、何とか幸せになって欲しい』
切なる祈りが、寒空の星のように小さく瞬いた。
その時、記憶の底から”熱をまとった力”が訴えかけてきた。
『少女を助けたければ、我を使役せよ』
「見てろよ少女、まずは俺の『具現化能力』を確かめる」
「具現化能力??」
マッチの火の残りは半分、説明している時間はない。
俺はありったけの念を込めて『手袋』を、雪のキャンバスに想い描いた。




