Chapter 4
**ドスンッ!!!**
突然の大きな音に、キヨシは飛び起きた。
目を見開く。
数秒間、まだ眠気の残る頭で、ただ天井を見つめていた。
*……今の、何だ?*
リビングのほうから、また小さな音が聞こえた。
キヨシはすぐに起き上がった。
「母さん?」
返事はない。
キヨシは急いでベッドから降り、リビングへ向かった。
「母さん!」
部屋に入ったところで、キヨシは足を止めた。
母親が食卓のそばに立ち、誰かを抱いていた。
小さな女の子だった。
髪は少し乱れ、眠そうな目をしている。
何が起きたのかも分かっていないような、無邪気な子供の顔。
「あ、ユウト!」
母親が笑った。
「おはよう」
キヨシの緊張した表情が、すぐに和らいだ。
「おはよう……」
キヨシは少女のところへ歩いていく。
「サラ」
サラがキヨシを見る。
キヨシは妹の頬を優しく指でつついた。
「おはよう、寝ぼすけ」
サラの小さな顔が、くしゃっとなる。
「あぁ!」
キヨシは笑った。
妹のサラは、まだ四歳だった。
「なあ、母さん……」
キヨシは辺りを見回した。
「さっきの音、何だったの?」
「ああ、それ?」
母親はキッチンのほうを見る。
「サラのミルクを準備してたら、ボウルをいくつか落としちゃったの」
申し訳なさそうに笑う。
「起こしちゃった?」
「うん」
「ごめんね」
母親は腕の中のサラを抱き直した。
「ほら、学校の準備してきなさい」
キヨシは頷いた。
「分かった」
しばらくすると、家の中に朝食の香りが広がった。
キヨシはテーブルに座り、母親が用意してくれた朝食を食べていた。
その隣では、サラが時々キヨシの皿から食べ物を取ろうとしている。
「おい」
キヨシは皿を遠ざけた。
「それ、俺の」
サラはキヨシをじっと見つめる。
そして、もう一度手を伸ばした。
「サラ」
サラがクスクス笑う。
キヨシはため息をついた。
「母さん、またやってるよ」
キッチンから母親の笑い声が聞こえた。
「一個くらいあげなさい」
キヨシは妹を見る。
「……分かったよ」
小さく切った一口分を、サラに渡した。
サラは嬉しそうにそれを食べた。
その瞬間だけは――
何もかもが、ごく普通だった。
ただの、いつもの朝。
朝食を食べ終えると、キヨシは制服を着て、通学鞄を持ち、玄関へ向かった。
「行ってきます!」
母親が振り返る。
「ユウト」
「ん?」
「今日は帰り、遅くなるの?」
キヨシは足を止めた。
しばらく黙ってから答える。
「う、うん……」
後頭部を掻く。
「セイイチとサトウと遊ぶから」
母親は頷いた。
「そう。気をつけてね」
そして、続けた。
「なるべく早く帰ってくるのよ」
キヨシは笑った。
「分かった、母さん」
玄関のドアを開ける。
「じゃあ、また後で」
「行ってらっしゃい」
ドアが閉まった。
* * *
昼休みになる頃には、教室はいつも通り騒がしくなっていた。
生徒たちは互いの声をかき消すように話し、別の生徒たちは急いで昼食を食べている。
キヨシはセイイチとサトウと一緒に座っていた。
すると、セイイチが突然キヨシへ身を寄せる。
「なあ、キヨシ」
「ん?」
「昨日の土の道ってさ……実際、何があると思う?」
キヨシはセイイチを見る。
「何があるって?」
「ああ」
セイイチは声を少し落とし、わざとらしく言った。
「ほら、あの道の先に何があると思う? 廃屋とか? 古い神社とか? それとも秘密の地下道とか?」
キヨシはセイイチを見つめた。
「なんで俺に聞くんだよ?」
「だって昨日、お前ずっと見てただろ!」
「俺が見てたのは道だ! 森全部じゃない!」
セイイチは眉をひそめた。
「じゃあ、サトウに聞けば?」
キヨシはすぐにサトウを指差した。
「そうだな。サトウに聞けよ」
セイイチが振り向く。
「サトウ」
サトウは昼食から顔を上げた。
「ん?」
「あの場所の中って、何があると思う?」
サトウはキヨシを見る。
それからセイイチを見る。
そして、もう一度キヨシを見る。
「キヨシに聞けよ」
セイイチの目がピクッと動いた。
「おい、キヨシ」
キヨシはうんざりしたように声を上げる。
「もういいって! 中に何があるかなんて分かるわけないだろ! 俺だって昨日初めて見たんだぞ!」
「でも、お前あそこを――」
「だから知らないって言ってるだろ!」
サトウは、言い争う二人を黙って見ていた。
そして――
笑った。
妙な、小さな笑みだった。
「なあ……二人とも」
セイイチとキヨシが止まる。
サトウは少し身を乗り出した。
「それじゃ……」
二人を交互に見る。
「……あの場所の中、行ってみないか?」
沈黙。
セイイチがゆっくり立ち上がった。
キヨシも立ち上がる。
二人ともサトウを見つめた。
セイイチの表情が完全に真剣になる。
「絶対に嫌だ」
キヨシもすぐに頷いた。
「もちろん嫌だ」
サトウは瞬きをした。
そして――
口元をニヤリと歪める。
「ふーん……」
椅子に背を預ける。
「やっぱりな」
セイイチは目を細めた。
「なんでそんな笑ってるんだよ?」
サトウはただ笑い続けた。
「別に」
キヨシはため息をつく。
「お前、絶対どこかおかしいだろ」
昼休みのチャイムは、まだ鳴っていなかった。
それなのに――
なぜかキヨシもセイイチも、あの土の道のことを頭から離せなかった。
そしてキヨシの頭の片隅に、昨日の光景が一瞬だけ蘇る。
五本の黒い指。
こちらへ向かって、ゆっくりと曲がった指。
キヨシはすぐに、その記憶を頭から追い払った。
*……たぶん、ただの枝だ。*
少なくとも……
そう信じたかった。




