Chapter 3
佐藤は両手を頭の後ろに回しながら、二人より少し前を歩いていた。
「この道の話、知ってるか?」
誠一が佐藤を見る。
「話って?」
「親父が、知り合いと話してるのを聞いたんだ」
佐藤の声が少し低くなる。
「俺たちが思ってるより……ずっとヤバくて、気味の悪い話らしい」
誠一が眉を上げた。
「え? マジで?」
「ああ」
佐藤は前方の道へ視線を向けた。
「この最初の辺りは、別に何もないんだけどな。でも、奥まで行くと二手に分かれてるんだ」
佐藤は前を指差した。
「左と右にな」
「右側は長野町の大通りへ続く道につながってる。でも、森の中を通ってるから、大通りにいる人からは、こっちから誰かが来てもほとんど見えないんだ」
キヨシは黙って話を聞いていた。
「それで……」
佐藤が少し間を置く。
「そこからが、本当の意味での土の道なんだ」
誠一の笑顔が少し消えた。
「津奈郷村につながってるんだよな?」
「ああ」
なぜか、誠一とキヨシはほとんど同時に唾を飲み込んだ。
佐藤がそれに気づく。
「ん? どうした?」
「なんでもない」
誠一はすぐに答えた。
三人はそのまま歩き続けた。
やがて、佐藤が話していた場所へたどり着く。
そして――
三人は足を止めた。
目の前には、津奈郷村へ続く土の道の入り口があった。
そこは、彼らが普段見慣れている道とは、まるで違っていた。
家はない。
自転車もない。
生徒もいない。
人の話し声さえ、遠くから聞こえてこない。
あるのは、木々の間へと消えていく、長く真っ直ぐな道だけだった。
道の両側には森が深く生い茂っている。
不規則に伸びた枝が道へ覆いかぶさり、まるでその先を隠そうとしているようだった。
夕方の太陽は、すでに沈みかけていた。
木々の向こうには薄いオレンジ色の光が残っている。
しかし、道そのものはすでに影の中へ沈み始めていた。
冷たい風が通り抜ける。
**ヒュウウウ……**
キヨシの頬を風が撫でた。
彼は道の奥を見る。
何もない。
ただ、どこまでも続いているように見える道があるだけだった。
警告板すらなかった。
「立入禁止」の看板もない。
「進入禁止」の表示もない。
何もない。
ただ、古びた土の道があるだけだった。
そして――
なぜか、それが余計に不気味だった。
その道が、長野町と津奈郷村の双方によって閉鎖されていることは明らかだった。
学校も、生徒たちがここへ来ることを禁止している。
それなのに、理由は何も説明されていない。
柵もない。
「なぜ入ってはいけないのか」を示す看板もない。
ただ……捨てられたように残されている。
誠一は両腕をさすった。
「なんか……寒くなってきたな」
佐藤も頷く。
「ああ」
三人とも口には出さなかった。
だが、同じ感覚を抱いていた。
怖いというわけではない。
そういう種類の恐怖ではなかった。
もっと静かなものだった。
ここに立っていること自体が、間違っている。
そんな感覚だった。
キヨシは道の奥を見つめる。
ほんの一瞬、風が止んだ。
すべてが完全に静まり返る。
そして――
再び葉が揺れた。
キヨシは瞬きをした。
「なあ、佐藤」
「ん?」
「なんでそこまで知ってるんだ?」
佐藤は、まるで当然のことを聞かれたような顔をした。
「は? お前バカか?」
佐藤は頬を掻く。
「さっき言っただろ。親父の話を何回か聞いたんだよ」
「ああ……」
誠一が頷いた。
「そうだったな」
キヨシは遠くへ続く道を見る。
「実際、この先には何があるんだ?」
佐藤は肩をすくめた。
「ただの道……だと思う」
キヨシは眉をひそめる。
「ただの道?」
「ああ」
「家とかは? 何もないのか?」
「知らない」
キヨシは佐藤を見つめた。
「じゃあ、俺たちの町のすぐ近くに、こんな怪しい場所があるのに……誰も実際に何があるのか知らないってことか?」
誠一が腕を組む。
「バカ。俺たちまだ十五歳だぞ。こんな放置された道のことなんて、全部知ってるわけないだろ」
キヨシはため息をついた。
「まあ……そうだけど」
佐藤は空を見上げた。
太陽はほとんど姿を消していた。
「そろそろ帰ったほうがいいと思う」
佐藤は後ろの道を指差した。
「もう暗くなるぞ」
「ああ」
誠一も同意した。
三人は振り返り、来た道を戻り始めた。
長野町の大通りへ向かうため、右側の道を選んだ。
三人の足音だけが、静かな道に響く。
**ザッ。**
**ザッ。**
**ザッ。**
キヨシは二人の後ろを歩いていた。
なぜか、この場所が気になって仕方がなかった。
理由は分からない。
ただ――
何かがおかしい。
そう感じていた。
キヨシは足を止めた。
そして、ゆっくりと振り返る。
そこには、まだ道があった。
空っぽだった。
静かだった。
何も動いていない。
キヨシは目を細める。
静寂。
何もない。
それでも、彼は見つめ続けた。
静寂。
やはり何もない。
その時――
木々の向こうから、何かが現れた。
キヨシの目が大きく見開かれる。
手――
いや。
手じゃない。
指だけだった。
五本の黒い指が、木々の端からゆっくりと伸びてきた。
まるで人間の指のようだった。
夕暮れの光の中で、その指だけが異様なほど黒く見えた。
指が、ゆっくりと曲がる。
一度。
そして、もう一度。
まるで彼を呼んでいるかのように。
**こっちへ来い。**
キヨシの呼吸が止まった。
身体が動かない。
指はそこに残っていた。
まるで、彼を待っているように。
キヨシはそれを見つめ続けた。
その時――
「おい、キヨシ!」
誰かに腕を掴まれた。
キヨシはびくりと身体を震わせる。
誠一が彼を前へ引っ張った。
「何見てるんだよ? 前見ろって!」
「あ……」
誠一が突然バランスを崩した。
「うわっ――!」
倒れそうになった誠一の肩を、佐藤が掴む。
「まず、お前が動くな!」
「動かないようにしてるだろ!」
キヨシは瞬きをした。
そして、もう一度振り返る。
指は消えていた。
木々は静かに立っている。
そこには何もなかった。
「……キヨシ?」
キヨシは誠一を見る。
「なんでもない」
「お前、幽霊でも見たみたいに森を見つめてたぞ」
キヨシは無理に小さく笑った。
「何か見えた気がしただけだ」
佐藤が笑う。
「たぶん枝だろ」
「……そうだな」
キヨシは最後にもう一度だけ振り返った。
道は空っぽだった。
何も言わなかった。
三人はそのまま歩き続けた。
数分後、土の道はついに長野町の大通りへつながった。
すぐに、町の聞き慣れた音が戻ってきた。
車の音。
自転車の音。
人々の話し声。
そして、点き始めた街灯。
佐藤が両手を空へ突き上げる。
「イェーーーイ!」
そして笑った。
「俺たち、ちゃんと帰ってこれたぞ!」
誠一が笑う。
「だから大したことないって言っただろ」
キヨシはため息をついた。
「はいはい」
そして、森のほうを振り返る。
「でも……結構な冒険だったな」
三人の誰も気づかなかった。
背後の道が、どれほど早く闇に飲み込まれていたのかを。
やがて三人はキヨシの家へたどり着いた。
佐藤が手を振る。
「じゃあな!」
「また明日!」
誠一も声をかけた。
キヨシは手を上げる。
「ああ。また明日」
二人はそれぞれの家へ向かって歩き始めた。
キヨシはしばらく家の前に立っていた。
見慣れた玄関。
今日起きたことを考えると――
なぜか、そこが妙に安心できる場所に感じられた。
キヨシは鍵を開け、家の中へ入る。
「母さん……」
返事はない。
「ただいま」
それでも返事はなかった。
キヨシはリビングへ向かう。
そして、足を止めた。
母親が食卓で眠っていた。
頭を折りたたんだ腕の上に乗せている。
キヨシは静かにため息をついた。
「まったく……」
辺りを見回す。
家の中は冷えていた。
キヨシはソファから毛布を取り、母親の肩へそっとかけた。
「ほら……」
小さく呟く。
「風邪ひくなよ」
その場を離れようとした時、キヨシは彼女のそばに置かれたスマートフォンに気づいた。
画面はまだ点いていた。
キヨシは何気なく画面を見る。
通話履歴が開かれていた。
母親の名前が何度も表示されている。
そして、その下に不在着信がいくつも並んでいた。
すべて――
**父親からだった。**
キヨシは画面を見つめた。
しばらく、何も言わなかった。
「……父さんが電話した?」
眠っている母親を見る。
彼女は動かなかった。
キヨシは静かにスマートフォンを元の場所へ戻した。
なぜ父親が何度も電話をかけてきたのか。
その理由を、自分から考えようとはしなかった。
まだ――
その時ではなかった。
キヨシは自分の部屋へ向かった。
制服を脱ぎ、短く風呂に入り、再び自分の部屋へ戻る。
いつもの静けさが、部屋を包んでいた。
キヨシはベッドへ倒れ込んだ。
ゆっくりと目を閉じる。
今日は妙な一日だった。
北門。
土の道。
森。
そして――
あの指。
キヨシは再び目を開けた。
「……枝だ」
自分に言い聞かせるように呟く。
「たぶん……ただの枝だ」
キヨシは横向きになる。
まぶたが、徐々に重くなっていく。
数分もしないうちに、キヨシは眠りに落ちた。
家の中は静まり返った。
外では、最後の光が消えていく。
そして――
長野町から遠く離れた場所。
あの捨てられた土の道の終わりで――
闇だけが、そこに残り続けていた。




