Chapter 15
小さなバス停は、まるで忘れ去られた場所のようだった。
古びて風雨にさらされたベンチが、待合所の屋根の下に置かれていた。木製の座面にはひびが入り、長年使われてきたせいで表面はすり減り、滑らかになっていた。色あせた塗装はあちこちで剥がれ、その下の金属製の骨組みには錆が浮き始めていた。
キヨシは祖母の隣に静かに座っていた。
二人とも、あまり話すことはなかった。
空は相変わらず曇っており、冷たい風が道路から雨の湿った匂いを運んできた。
キヨシは時折、バス停の入り口へ目を向けた。
彼は二人を待っていた。
セイイチとサト。
しかし、二人はすでに遅れていた。
遠くから、エンジンの音が響いてきた。
祖母が顔を上げた。
「ユウ、バスが来たわ。行きましょう」
キヨシは立ち上がり、小さなバッグを手に取った。
古びたバスがゆっくりとバス停へ近づいてきた。停車する際、エンジンがガタガタと音を立てた。ブレーキから長い空気音が鳴り、車体が軽く揺れてから待合所の横で止まった。
*プシューッ……*
ドアが折りたたまれるように開いた。
キヨシは最後にもう一度、道路のほうを見た。
誰もいなかった。
(本当に来ないんだな……)
キヨシは目を伏せ、祖母のあとについてバスに乗り込んだ。
車内には、ほとんど誰もいなかった。
色あせた青い座席が後方まで並び、窓には古い傷や埃の跡が残っていた。車内には、かすかにディーゼルの匂いと古びた座席の匂いが漂っていた。
二人は窓際の席を選んだ。
祖母は足元にバッグを置き、座席の背もたれに体を預けた。
「このバスは東京まで直通じゃないのよ」と祖母が説明した。「途中の停留所で降りて、別のバスに乗り換えなければならないの。少し時間がかかるわ」
「分かった」
キヨシは窓枠に腕を置いた。
外では、運転手がミラーを確認していた。
車掌が近くで待っていた数人に声をかけたが、ほかに乗り込む人はいなかった。
なぜか、この空っぽのバスは、まるで二人が来るのをずっと待っていたかのように感じられた。
キヨシは、入り口のほうを見続けていた。
もう一度だけ、二人に会いたかった。
たとえ、ほんの数秒だけでも。
運転手がキーを回した。
エンジンの音が大きくなった。
*ブルルルル……*
ギアが入ると、バスの車体が震えた。
キヨシの目は、道路に向けられたままだった。
そして、ドアが閉まった。
*ガチャン!*
バスが動き始めた。
「……」
キヨシは、窓の向こうを流れていく小さなバス停を見つめていた。
彼は、きちんと別れを告げることさえできなかった。
──────── ◇ ────────
「走れ、このバカ! 走れ!」
「お前が遅すぎるんだよ!」
「だったら、お前がもっと速く走れ!」
二人の少年が、濡れた道路を全速力で駆け下りてきた。
靴が濡れた路面を叩く。
*タッタッタッタッ!*
サトが先を走り、背中の通学カバンを跳ねさせていた。
セイイチはすぐ後ろを追いかけていたが、息が上がり、数歩進むたびに体力を使い果たしそうになっていた。
「サ、サトォォ! 待てよ!」
「もっと速く走れって言ったのはお前だろ!」
「置いていけなんて言ってねえよ!」
「だったら文句言ってないで走れ!」
二人とも、特別走るのが得意というわけではなかった。
よろめき、息を切らし、言い争いながら二十分近く走り続けたあと、ようやく小さなバス停が見えてきた。
セイイチは前方を見た。
そして、その顔から表情が消えた。
バス停には誰もいなかった。
バスも、もういなかった。
「あああああ! バス、行っちゃったじゃねえか!」
サトは前かがみになり、両手を膝について息を整えようとした。
「当たり前だろ! ほかに何を期待してたんだよ?」
「サト、お前のせいだ! 俺を背負って走ればよかったんだよ!」
サトは顔を上げた。
「はあ!? 頭おかしいのか!? 走りながら、どうやってお前を背負うんだよ!」
「やってみればよかっただろ!」
「お前、見た目より重いんだよ!」
「何だと!?」
「それに、お前だって悪いだろ! 起こしてくれって言ったのはお前じゃねえか!」
サトが言った。
「どうやって起こすんだよ! 俺たち、二人とも寝坊したんだぞ!」
二人の言い争いが、静かなバス停に響き渡った。
その時、サトはベンチの上に何かが置かれていることに気づいた。
一枚の紙が、すり減った木製の座面に置かれていた。
サトは体を起こした。
「おい、セイイチ。これを見ろよ」
「今度は何だよ?」
サトは近づき、紙を拾い上げた。
そこには、短いメッセージが書かれていた。
サトは、その筆跡をすぐに見分けた。
キヨシのものだった。
セイイチも隣にやってきた。まだ息が荒かった。
「何て書いてあるんだ?」
サトは慎重に紙を広げた。
**『お前ら二人ともバカだな。』**
しばらくの間、二人は何も話さなかった。
やがて、セイイチが小さく笑った。
「本当に……あいつらしいな」
サトは微笑んだ。
しかし、目には涙がにじみ始めていた。
「あいつ、俺たちが遅れるって分かってたんだな」
セイイチは紙を受け取り、もう一度その言葉を読んだ。
まるで、行間に何か別の意味が隠されているかのように。
けれど、何もなかった。
ただ、一つの短い文章。
いかにもキヨシらしい一言だった。
セイイチは紙を元の折り目に沿ってたたみ、指先で大切そうに持った。
そして、バスが消えていった道路を見つめた。
「キヨシ……」
今度の声は、静かだった。
「お前、東京でも元気でいろよ……」
サトは彼の隣に立っていた。
珍しく、冗談を言わなかった。
「ああ」
静かに答える。
「元気でいろよ」
二人は、もうしばらくバス停に残っていた。
やがて、セイイチはそのメモをポケットにしまった。
いつか、また会える。
少なくとも、二人はそう信じたかった。
「行こうぜ」
サトが言った。
セイイチは頷いた。
二人は一緒に、誰もいなくなったバス停をあとにした。
──────── ◇ ────────
バスは山道をガタガタと走り続けていた。
*ブルルルル……ガタガタ……ブルルルル……*
車輪がでこぼこのアスファルトを通るたび、窓が枠の中で震えた。
キヨシは窓際に座り、長野の町が少しずつ遠ざかっていくのを眺めていた。
見慣れた通りは住宅地へと変わり、やがて畑になり、その先には木々に囲まれた長い道路が続いていた。
隣では祖母が眠っていた。
頭を座席にもたせかけ、静かで規則正しい呼吸をしていた。
キヨシは祖母をちらりと見てから、再び窓の外へ目を向けた。
ここ数日で初めて、誰も彼に質問をしてこなかった。
誰も死亡事件について話していなかった。
誰も呪いについてささやいたり、父親を非難したりしていなかった。
聞こえるのは、エンジンの一定の音と、流れていく景色だけだった。
それでも、キヨシの心は休まらなかった。
(あの学校……)
森の奥深くに建っていた廃校を思い出した。
色あせた校名。
空っぽの窓。
そして、自分の前に現れた女。
彼女の声は、どこにでもいる普通の人のようだった。
とても優しかった。
けれど、あの出会いには、どうしても何かがおかしいと感じる部分があった。
(全部、俺の思い込みだったのか?)
キヨシは窓に顔を近づけた。
(本当に、あの女を見たのか?)
一瞬、目を閉じて、彼女の顔を思い出そうとした。
しかし、思い出せなかった。
思い出そうとするたびに、記憶に浮かぶのは同じ光景だった。
日差しに隠された、彼女の顔。
そして――
あの笑顔。
キヨシは目を開けた。
バスは曲がりくねった山道を登っていた。
両側には木々が生い茂り、冷たい風に枝が揺れていた。その向こうには、重たい雲の下に山々がそびえていた。
その時、あるものがキヨシの目に留まった。
木々の間に、石段が見えた。
キヨシは顔を向けた。
最初は、山の斜面へ続く普通の道かと思った。
しかし、その石段は異様なほど大きかった。
道路脇から急な斜面に沿って、石段が高く伸びていた。
一つ一つの石は、長年の雨にさらされて黒ずんでいた。縁には苔が生え、ひび割れた隙間から雑草が伸びていた。
さらに上のほうには、木々に半分隠れるようにして、古びた木製の鳥居の残骸が立っていた。
廃れた神社だった。
キヨシは背筋を伸ばした。
(こんなところに神社があるのか?)
バスはそのまま走り続けたが、キヨシは窓越しに神社を見つめていた。
入り口は古びていた。
濡れた石段には新しい足跡がなく、灯籠も、最近誰かが訪れたような痕跡も見当たらなかった。
何年も、誰もあの階段を上っていないように見えた。
その時、キヨシは奇妙なものに気づいた。
石段の途中に、大きな岩が置かれていた。
階段の一部ではなかった。
岩の表面はところどころ不自然なほど滑らかで、置かれている位置にも違和感があった。
その後ろには、絡み合った植物に半分隠されるように、岩と岩の間に細い隙間があった。
道だ。
いや、正確には道とは少し違う。
石段から離れ、山の奥へと続く通路のように見えた。
キヨシは目を細めた。
道路からは、ほとんど見えない場所だった。
普通に石段を上っていくだけなら、気づかずに通り過ぎてしまうだろう。
だが、なぜわざわざ、こんな場所に通路を隠す必要があるのだろうか?
バスがカーブを曲がった。
神社は、少しずつ木々の向こうへ消えていった。
キヨシは窓に身を寄せ、最後にもう一度見ようとした。
しかし、バスが段差を乗り越えて大きく揺れ、視界は木々に遮られてしまった。
キヨシは座席で体をひねり、後ろを振り返った。
そこには、濡れた道路が続いているだけだった。
彼はゆっくりと前を向いた。
隣では、祖母がまだ眠っていた。
ほかの乗客たちも、何も気づかずに旅を続けていた。
そして、バスは東京へ向かって走り続けていた。
キヨシは窓に映った自分の顔を見つめた。
(あそこは……何だったんだ?)
長野を離れたはずだった。
それなのに、どうしてだろう。
まるで、あの場所が何か理由があって自分の注意を引いたような気がした。
バスはさらに山奥へと登っていった。
エンジンがうなり声を上げる。
*ブルルルルル……*
そして、木々の向こうで、あの廃れた神社は霧の中へと消えていった。
キヨシは、すべてを長野に置いてきた。
目を閉じ、眠ろうとした。
それから間もなく――
バスは長野の検問所を通過した。




