Chapter 16
森は、静まり返っていた。
暗い雲が長野の空を覆い、打ち捨てられた森に陰鬱な影を落としていた。木々は密集して立ち並び、その枝葉が残されたわずかな日の光さえも遮っている。立ち入りを禁じられた森へと続く細い道には、動くものひとつなかった。
森の奥深くには、古びた桜島高校が建っていた。
廃墟となり。
忘れ去られ。
錆びついた門の向こうで、朽ち果てるに任されていた。
校門の周囲は雑草に覆われていた。金属の柵は錆に侵食され、古い校名看板も、何年もの雨と放置によって色褪せていた。校舎全体がまるで命を失ったかのようだった。時の流れさえも、この場所を見捨ててしまったかのように。
校舎の中には、入り口付近に下駄箱が残されていた。古い上履きが棚に散乱し、埃をかぶっている。隅には忘れ去られた備品が置かれ、かつての普通の学校生活で使われていた物たちが、誰かに置かれたそのままの場所に残っていた。
校舎は、不気味なほど穏やかだった。
穏やかすぎるほどに。
階段は古び、変色していた。壁にはひびが走り、床は埃に覆われている。何年もの間、誰ひとりとしてこの建物に足を踏み入れていない。そう思わせる光景だった。
それでも、その静寂は、ただ何もないだけの静けさとは違っていた。
稲妻が走り、上階の廊下を一瞬だけ照らした。
ほんの一瞬、淡い光の中に教室の扉が浮かび上がる。
そして、再び闇が戻った。
廊下の突き当たりには、錆びついた看板があった。
**二年B組。**
文字は色褪せ、看板の縁は錆に覆われていた。教室の扉はわずかに開いており、その隙間から、木製の机と椅子が整然と並ぶ室内が見えた。
どの机も、元の場所に残されていた。
ひっくり返されてもいない。
散乱してもいない。
ただ、静寂の中で何かを待ち続けているかのようだった。
教室の前方にある黒板は、ほとんど見えなかった。窓の外は暗く、廊下から差し込むかすかな光も、教室の奥までは届いていない。
その隅は、異様なほど深い闇に飲み込まれていた。
そこに、誰かが座っていた。
膝を胸元に引き寄せ、壁に向かって体を丸めている。顔は完全に隠され、その姿からは何も読み取れなかった。
動きはない。
音もない。
廃墟となった教室の隅に、ただ微動だにしない人影があった。
そのとき、闇の奥から声が響いた。
「ユトウ……」
その名前は、奇妙に歪んで聞こえた。
まるで、本来なら決して声を発するはずのない何かを通して、無理やり響かせたかのように。
一拍の沈黙。
そして――
「面白い子ね……」
声は静かで、どこか優しげだった。
だが、その声には、心の底から不安をかき立てる何かがあった。
まるで、誰もいない教室に向かって話しかけているわけではないようだった。
誰かを思い出しているかのような声だった。
すでに出会ったことのある、誰かを。
人影は壁に向かったまま、同じ姿勢で座り続けていた。
やがて、かすかな音が漏れた。
「フフッ……」
小さな笑い声。
息が漏れただけのような、か細い音だった。
それから、再び。
「フフフフ……」
その音は静まり返った教室を這うように広がり、整然と並んだ机の間にいつまでも残った。
そこには温もりなどなかった。
本当の愉しさもなかった。
ただ、その笑い声によって、闇がさらに深まったように感じられた。
ゆっくりと、人影が頭を動かし始めた。
教室の方へ、顔の一部が向く程度に。
闇が、その姿のほとんどを隠していた。
――ほとんど、すべてを。
かすかな光の境目に、口元の輪郭が浮かび上がった。
その両端が、上へと吊り上がっている。
笑みだった。
普通の笑みではない。
何かがおかしい。
そう感じさせる形だった。
けれど、闇はその理由を明かそうとはしなかった。
再び稲妻が走り、教室の外の廊下を照らした。
教室の中は、相変わらず真っ暗だった。
人影の顔には、光の欠片ひとつ届かなかった。
ほんの一瞬、目に映ったのは、不気味に歪んだその口元だけ。
そして、稲妻の光が消えた。
人影は再び、闇の中へと飲み込まれた。
古びた桜島高校に、静寂が戻った。
錆びついた門は閉ざされたまま。
森は微動だにしない。
そして、二年B組の奥の隅では、人影が座り続けていた。
闇に向かって。
笑みを浮かべたまま。
まるで――
ある一人の少年が去ったことで、ようやく楽しみにできる何かが生まれたかのように。




