Chapter 9
サトはついに、二人を両親の部屋へ案内した。
キヨシが想像していたような、特別な捜査室なんてなかった。
ただの両親の寝室だった。
セイイチは部屋を見回す。
「……ここだけ?」
サトは眉をひそめる。
「何だよ?」
「お前の父さんなら、秘密の警察捜査室とか持ってるのかと思った」
サトはセイイチを睨んだ。
「もう黙れよ」
ため息をつく。
面倒くさい……
両親は二階にはいなかった。
母親は一階にいる。
そして父親は家にいなかった。
サトは慎重に部屋へ入った。
キヨシとセイイチは外で待っている。
部屋の中は暗かった。
カーテンの隙間から、少しだけ自然の光が入っている。
サトは父親の机へ近づいた。
そして、書類を探し始めた。
古い書類。
ノート。
ファイル。
何もない。
別の引き出しを確認する。
何もない。
また別の引き出し。
それでも何もなかった。
サトは眉をひそめる。
頼むから……
そのまま探し続ける。
すると、部屋が急に静かになった。
ずっと静かに感じる。
サトは手を止めた。
なぜか分からない。
だが――
何かが変わった。
背後の空気が違っているように感じる。
サトはゆっくりと肩越しに振り返った。
何もない。
サトは唾を飲み込む。
「……」
そして、また机のほうを向いた。
その時――
背後に何かを感じた。
誰かがいる。
気配。
近い。
とても近い。
サトの手が止まった。
心臓が跳ねる。
ゆっくりと振り返る。
暗い影が、後ろに立っていた。
それは、こちらへ近づいているように見えた。
サトは固まった。
手がゆっくりと伸びてくる。
近づく。
もっと近くへ――
サトは突然振り向いた。
その手が、彼に触れた。
「うわああああああああ!!」
サトは後ろへ飛び退いた。
胸を押さえる。
「な、なんだよこれ!?」
キヨシはサトを見る。
「俺たちだよ!」
サトは二人を指差した。
「いきなり後ろから来るなよ!」
二人が答える前に――
一階から声が聞こえた。
「サト?」
母親の声だった。
「あなたたち三人、大丈夫?」
サトはすぐに姿勢を正した。
「だ、大丈夫だよ、母さん!」
咳払いをする。
「何もないよ!」
少しの間。
「じゃあ、なんで叫び声が聞こえたの?」
サトは無理に笑った。
「えっと……」
キヨシとセイイチを見る。
「ちょっと遊んでただけ!」
母親は納得していないようだった。
「あなたたち……」
サトは待った。
そして、ようやく母親の足音が遠ざかっていくのが聞こえた。
サトは息を吐く。
「……危なかった」
セイイチはサトを見る。
「お前、バカだろ」
「うるさい」
キヨシは部屋を見回した。
「何か見つかった?」
サトはため息をついた。
「いや」
三人はさらに十分ほど探した。
何もない。
役に立ちそうな書類は一枚もない。
新聞もない。
報告書もない。
学校についての記録もない。
何もなかった。
結局、三人は諦めた。
家を出て、外へ出た。
少し空気を吸う。
空はさらに暗くなっていた。
太陽の光も、ほとんど消えている。
三人はキヨシの家へ向かって歩き始めた。
しばらく、誰も話さなかった。
やがて、サトが沈黙を破った。
「それで……」
ため息をつく。
「俺たち、何も見つけられなかったな」
キヨシは答えなかった。
頭の中は別のことを考えていた。
あの笑顔。
あの女。
学校の敷地の中に立っていた黒い姿。
目を閉じるたびに、また見えてくる。
「キヨシ?」
キヨシは瞬きをした。
セイイチが彼を見ている。
「なんでそんなに静かなんだ?」
キヨシは首を振った。
「あ……何でもない」
サトは空を見上げた。
暗い雲が二人の上に集まっていた。
「雨が降りそうだな」
そして、何かを思い出した。
だが――
サトは二人を見る。
「俺の姉ちゃんが、一度話してくれたことがある」
セイイチがサトを見る。
「お前の姉ちゃん?」
「ああ」
サトの表情が真剣になる。
「二十年くらい前、この辺りでたくさんの人が死んだらしい」
「……長野町の人?」
サトは頷いた。
「ああ」
「全部のことは知らないけど」
サトは下を向く。
「でも姉ちゃんの同級生も、その中に何人かいたらしい」
セイイチの表情が変わる。
「同級生が?」
「ああ」
「姉ちゃんは出ていく前に、俺に気をつけろって言った」
「今、お前の姉ちゃんはどこにいるんだ?」
「シオリ姉ちゃん?」
サトは頷く。
「東京の大学に通ってる」
サトは少し笑った。
「俺が十歳の時に家を出たんだ」
セイイチは前を見る。
「同級生が何人も死んだ……」
少し間を置く。
「じゃあ、なんで今は誰も騒いでないんだ?」
すぐには誰も答えなかった。
キヨシは考えた。
「何年も……」
ゆっくりと話す。
「この町で誰かが死んだなんて、聞いたことがない」
「年寄り以外は」
サトは頷いた。
「ああ」
「父さんも、この町は今は平和だっていつも言ってる」
まだ雨は降っていなかった。
だが、空気は明らかに冷たくなっていた。
キヨシは暗い空を見上げた。
この話には、何かがおかしい。
もう――
そう感じていた。
サトが口を開く。
「俺……」
キヨシを見る。
「……先にこの町のことを調べるべきだったと思う」
「それに、あの学校も」
サトの表情が固くなる。
「キヨシを森に行かせる前に」
今度は本当に悔しそうな顔をしていた。
「なんか……嫌な予感がする」
その時――
雨の一滴が、キヨシの手に落ちた。
そして、もう一滴。
また一滴。
雨が降り始めた。
キヨシは二人を見る。
「じゃあ、調べよう」
サトとセイイチがキヨシを見る。
「え?」
キヨシは暗くなっていく空を見上げた。
「明日は日曜日だ」
少し間を置く。
「この町で何が起きたのか、調べよう」
キヨシの目が少し強くなる。
「それから、あの学校が何なのかも」
サトは頷いた。
「ああ」
セイイチも笑った。
「うん!」
サトは降り始めた雨を見る。
「でも、かなり雨が降りそうだぞ」
道を指差す。
「お前ら、もう帰ったほうがいい」
キヨシは頷いた。
「分かった」
「じゃあ、また明日」
「またな」
三人は、それぞれ別の道へ向かった。
セイイチが家に着く頃には、もうほとんど夜だった。
雨の中を急いで歩く。
「あー……」
顔についた雨を拭く。
「今日はちょっと遅くなったな……」
一方――
キヨシはシャツを頭にかぶせて、雨から身を守っていた。
そして、ようやく家に着いた。
屋根の下に入り、ドアを開ける。
その瞬間――
キヨシは固まった。
視線が、床へ向く。
玄関の近くに、一足の靴が置いてあった。
キヨシはその靴を知っていた。
何度も見たことがある。
キヨシは靴を見つめた。
表情がゆっくりと変わっていく。
「……この靴……」
声が小さくなる。
キヨシは一歩だけ前へ進んだ。
「……父さんのだ」




