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何でも直せる記憶喪失の男が、生活能力ゼロの天才博士に拾われました ~電気のない蒸気の世界の同居ラブコメ~  作者: 星島新吾


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8/21

─ おはようございます。リシェル先生 ─

翌朝。


二階物置───現在は宏朔の自室に当たる部屋で、彼はまだ微睡みの中にいた。

瞼(まぶた)の裏にこびりついて離れないのは、昨夜鏡越しに覗き込んだ、自分の胸の中身だ。小さな炉と、豆粒のような頭脳。あれが今もこの体の真ん中で、自分を生かしているものの正体で間違いない。ただ一つ問題があるとすれば......。


『アレは......一体、何なんスかね』


今の自分には逆立ちしたって再現できない代物だと悟った、あの寒気にも似た感覚を反芻する。四次元の御方が言っていた「......を作ってきてください」という言葉と、あの複雑怪奇な内部構造が、頭の中でぐるぐると結びつきそうで、結びつかない。


───もし、アレが。


もしジブンが探しているものの、答えだったとしたら。


『本当に作れるのか?』


そこまで考えたところで、彼の思考は唐突に断ち切られた。


◇


頬に押し当てられる、何か柔らかいものの感触に、彼は思わず口元を緩めた。

瞼を細く開けると、そこには大きな胸が彼の顔に乗っている。思わず視線を逸らすと、枕元には読みかけの教科書と外れた左手が無造作に置いてある。間違いなく自分の部屋だ。


『───だとしたらこのおっぱいさんは......?』


数秒の思考の遅延。


ユサユサとシャツの上から揺れる豊満な神の嶺(みね)に顔は引き締まるばかり。

ジャミングを掛けられたように、フリーズする脳みそには警鐘を鳴らすように、三つの単語が反芻(はんすう)する。


『探求せよ!』『堪能せよ!』『刮目せよ!』


そんな単語を振り払って頭の中から追い出す。

彼は自らの記憶に、『ココへ来る前に一体どんな善行を積んだのか』と問いただすと、『そんな善行本当に積んだのか?』と、逆に記憶に疑われる始末。


諦めて、彼はとにかく現実逃避は止めることにした。夢で自分の胸と向き合ったんだ。今度は、現実で誰かの胸と向き合う番に違いない。彼はそう確信して、さらにもう少し目を開けた。


視界一杯に広がるおっぱい。石川五右衛門でなくても、『絶景かな、絶景かな』と言わざるを得ない。


『......いや待てよ? この大きさ、海馬が憶えている。リシェル先生か?』


彼の予想は的中していた。ラブリークールなリシェル先生が愛用しているボタン付きの黒シャツは、今日も元気に悲鳴を上げて歪曲(わいきょく)している。曲がったことが嫌いな彼だが、この撓(たわ)みには思わず心の中でニッコリ。漏れ出る感情は表情筋を殺すことで完全にシャットアウトしていた。


宏朔は目を開き、瞼を固定すると、下から見上げるような形で視認した。一分一秒、世界がこのまま静止したとしても、なにも不満はない状況。


そんな終末を願う思考の中で、───そういえば、週に一度リシェルが人工心臓の検診にやって来る日だったと、宏朔はここでようやく思い出した。


「......あら、起きた?」


囁(ささや)き声が妙に痒(かゆ)い宏朔。観念したように、絶景を目にしながら返事をする。


「リシェル先生、おはようございます。昨日はすいません」


「......なんのこと?」


話しておこうと思ったことを、朝一番に伝える宏朔。

彼にとって今一番の心残りが彼女との一件だった。


「歯車の犬のやつっス。何かお詫びをしたくて」


「あぁ……」


宏朔の言葉に、脈を取り終えたリシェルが顔を上げる。少しの曇り顔。宏朔はやはりそんな彼女の顔を見るのが好きではなく、話を持ち出したことすら少し後悔した。


『また自分のエゴでリシェル先生を悲しませちゃったな......』


どうしたものかと頭を抱えたくなったが、残念無念、生憎とその腕はベッドの横に転がっている。そんなどうしようもなく不自由な彼を見かねたのか、リシェルは少し顔を和らげて、バインダーから目線を彼に映した。


「......恩返しがしたい、というなら少し体で払ってもらおうかしら」


彼女の申し出に思わず、宏朔は早朝だというのに完全に覚醒した。なんなら息子は既に起きていた。


「よ、喜んで⁉」


朝からなんで幸せな目覚めなんだ。そう宏朔が思ったのも束の間、彼女は愚かな彼の下半身を眇(すが)めて溜息をついた。


「処理は済ませてきなさい、坊や」


そう言ってリシェルはバインダーでポンと頭を叩くと、部屋を出て行った。出て行った途端、部屋に漏れるのは嘆息の音。同い年とは思えぬ色香に宏朔はクラクラしていた。


「あれで二十八って......勘弁してくれよ」


彼はフゥーと息を吐く。すると先ほどまでリシェルを見て隆起していたとは思えないほどあっさりと、ズボンのテントは低くなり、遂には何ごともなかったかのように、そこには静謐(せいひつ)だけが残った。


「人様の前で勝手にでしゃばるとは何ごとだよ? ......全く」


ピシャリと息子を叱りつけると、彼はそのままカーディガンを羽織って、洗面台へ向かった。



高評価・ブックマークが執筆の燃料になります。

ブックマークして、次のお話も読んで下さい(強欲)!

それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ

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